彼処に咲く桜のように

ぺんた(足立韋護)

五月二十五日(二)

「ちょっと! 無視すんな!」


 気が付けば、誠司の隣には咲が立っていた。数日前と打って変わって、その表情からは毒気が抜けていた。おずおずと頭を上げた誠司は、目の前に置かれた咲の豊かな胸にまず目が行き、それからほのかに赤らんでいる咲の顔を見上げた。


「ど、どうした?」


 俺が今まで出会ったことのない、得体の知れない変態が相手だ。そこら辺の不良より、ある意味恐ろしい。


「あとで、ツラ……顔貸してよ」


 ツラも顔も同じ意味だ。


「ん、放課後なら空いてるが」


「じゃあ、放課後、体育館裏来て。大月とそっちの人は来なくていいから」


 咲は高圧的な態度でさくらと太一を指差した。そんな光景をクラスの面々は不思議そうに見守っている。咲の仲間達も戸惑った様子だった。この時点で、真相は咲のみが知っているのだと誠司は確信を得た。
 ふと、太一の視線を感じたさくらは、慌てて口元を緩ませ、笑顔を取り繕った。
 さくらは一瞬、ほんの一瞬だけ真顔になっていた。


「じゃ、そういうことだから。またね、秋元」


 言うことを言ってから、咲はさっさと教室から走って出て行ってしまった。呆然とする誠司と困惑気味のさくらが、その場に残された。太一が苦笑いしながら、身振り手振りを加えて場を和ませようとする。


「はは、あ、あいつ耳まで真っ赤にして何言ってんだかなぁ! ホントはかなり緊張してたんじゃねぇの! な、なぁ、さくらちゃん!」






「────誠司君、行くの?」




 さくらの表情は、何かを心配しているように見えた。誠司は、両肘を机につけ、両手を顔の前に組んで額に当てている。それは誰が見ても心底困った様子であるとわかった。


「訳はわからないが、行かないわけにはいかん、だろう。バイトもないからな」


「正直者だね。こういう時に限って」


「……どういう意味だ?」


 少し尖った言い方で誠司はさくらへと質問した。くたびれた表情になったさくらは、ほっとため息をついて自らの席へと移動して行ってしまう。
 さくらは、自身の中に渦巻くもやもやとした何かが理解できなかった。人生で初めて沸き起こった感情。彼女は、それに深く難儀していた。
 一方で誠司も、どこかおかしいさくらの様子と、咲の言動に当惑していた。


 良くも悪くも、この二人は似た者同士である、と太一は呆れながら弁当の最後の一口を頬張った。




 三時間目、四時間目の授業が終わり、太陽が傾き始めた頃、誠司は教室で荷物をまとめていた。
 咲に何をされるか、言われるかわからない不信感と、さくらの妙な行動が心に残りつつも、彼は教室を出た。
 その廊下には、さくらが手を後ろに組みながらぽつりと立っていた。

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