彼処に咲く桜のように

足立韋護

五月二十五日

 桜もあっさりと散り、青い葉が見え始めた五月二十五日。小高い丘に立つ戸井高等学校からは淡々とした空気が流れ出していた。新学期の高揚が完全に消え失せ、そのせいで五月病が流行っていた。
 その五月病にかかったとされていた御影は早々に復帰していた。以前と変わったことと言えば、時折恨めしそうに誠司を見つめるようになったことくらいであった。
 当の誠司とさくらと太一は、いつも通り一緒に昼食をとっていた。以前に比べ、さくらに対する誠司の対応はどこか少し変わっていた。


「誠司君、いつもパン一つじゃ、体大きくならないよ?」


「好きで一つなわけじゃない。購買があんなんだからな。仕方ないんだ」


「なんだよ、学校来る前に買ってくりゃ良いじゃん」


 太一は弁当箱に詰め込まれている、色とりどりのおかずを箸でつまんで口に放り込んだ。誠司は、手のひらより多少大きい焼きそばパンを頬張り、太一を指差した。


「お前はわかっていないな、太一。なるべく、ホームルームにギリギリ間に合う時間に家から出たい。そうするとだな、必然的にコンビニに寄る時間なんてなくなるわけだ」


 そんな誠司に、さくらはローカロリー弁当をつまみながら、強く二回ほど頷いた。


「そうなんだよね。なるべく朝は、体を動かしたくないって、思うんだよ」


「お前らめんどくさがりかよ! 数分寄るだけだろ!」


「そう言われてもな。習慣はなかなか変えられん」


「うんうん」


 太一は、誠司とさくらを交互に見つめ、軽くため息を吐く。そこで途端に雰囲気を切り替え、二人に顔を近づけ、声を抑えて話し始めた。


「それはそうと、なんか背後からの視線がすごいんだけどよ。なんだよあれ」


 太一が困惑した表情で割り箸を背後に向け、答えを促した。誠司は体をずらし太一の後ろを見ると、黒板の横には、強張った面持ちで腕組みしている倉嶋咲が、誠司をひたすらに見つめていた。


「うぉ……」


 視線が合った誠司は思わず顔をそらした。もう一度チラと見てみると、咲は窓を開け、わざとらしく、艶やかな黒髪をなびかせて見せた。その間にもチラチラと誠司の様子を伺っている。


 な、なんだ。何が目的だ、倉嶋。


 三人は顔を近付け、声を極力抑えながら話し合う。


「やっぱり、あれ誠司に惚れてるぜ」


「意味がわからんぞ。ほんとに」


「学年一の女番長を、一体全体どうやって惚れさせたんだ誠司」


「水槽に、頭を突っ込ませてくれたから……かなぁ?」


 さくらの発言に、誠司と太一は暫しの間硬直した。


「さくらちゃん、それこそ意味わからないぜ。……いや、でも、あっさりと誠司を許したタイミングから察するに、そこしかない、のか?」


「それまでは至って健全に俺を敵視していたからな」


 三人は、恐る恐る咲へ視線を移し、再び顔を寄せ合う。そして声を揃えて、一言。


「どM……?」

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