彼処に咲く桜のように

足立韋護

五月八日(五)

「……ハリボテの恋人関係なんぞで、調子に乗るな」


 それはさくらへ言ったのか、自分へと言い聞かせたのか、誠司自身がわからなくなっていた。迷い、その文字が誠司の苦虫を噛んだような表情を作り出していた。
 そんな誠司に、さくらは眉尻を下げながら口尻を上げ、優しく諭すように言葉を紡ぐ。


「今は、ハリボテでも良いんだよ。最初から恋人らしい恋人なんて、多分、気持ちが悪いから」


「……時折、お前が色々と考えているんだな、と思わせられることがある」


「小さい頃、体が弱いせいであんまり自由がなくって。それにお父さんが過保護だったから、あんまり家からも出してもらえなくてさ。だからよく、本を読むか、テレビを見てた。それと、人生って何だろうーとか、命ってなんだろうーとか、絶対に答えの出ない問題を考えてることくらいしかできなかったんだ。……ふふ、子供のくせに達観してて、生意気だね」


 そう言ったさくらは、いつも通りの笑った顔を誠司へと向けた。その笑顔がどうしても、誠司には嘘臭く見えて仕方がなかった。


「本、今は読まないのか」


「読みません。体が良くなってからは、本の中より、外の世界のほうが楽しくなったの」


 少しだけ、だが、こいつは俺と似ている。本に逃げたこと、考えることを強いられたこと。そして、抗えない運命と向き合わされたこと。俺と────似ている気がした。
 さくらに、俺達は似ていると言われたことがあったか。あれはあくまで当てずっぽうだろうが、もしそれが本当なら……いつか、さくらの考えを、思いを理解出来る日が来るのだろうか。


「手帳、勝手に読んで悪かったな」


「……うん。恥ずかしいけど、今度からは言ってくれたら、見せてあげる、かも」


 一拍置いてから、誠司はくるりと反転してさくらに背を向ける。その痩せ型の背中からは、トゲトゲしい雰囲気が心なしか抜けていた。そのままの状態で、誠司は一言こぼした。


「気が向いたら、また見せてもらう。彼氏として」


「あーっ。こういう時だけ彼氏権限使うのずるいなぁ!」


「あんまり大きな声を出すな。また誰かに気付かれるかもしれないだろ」


 そう言った誠司は、廊下を確認してから、慣れた動きで滑らかに教室から出る。
 さくらが戸惑っていると、壁の下の扉から手のひらだけ現れ、くいくいと手招きされた。表情がパッと明るくなったさくらは、手帳を机の中へとしまい、うねうねとした奇妙な動きでさくらも教室から出た。


「……ふふ。なんだその動き」


「へへ」


 誠司は口に握りこぶしを当て、さくらを見下ろしながら口角を上げていた。面白おかしそうな顔に、這い出てきたさくらもまた、嘘臭さのない無垢な笑顔になった。


「さ、校庭へ戻るぞ」


「うんっ」


 誠司とさくらは、校庭まで肩を並べて歩いていく。


 二人の距離は少しずつ、少しずつ、縮まっていた。

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