彼処に咲く桜のように
五月八日
次の日の朝。昨日とは打って変わって、空は清々しいほどの晴天だった。それもあってか、どこか明るい雰囲気の教室内は、誠司とさくら、そして不良グループのリーダー格である咲の話題で持ちきりだった。
咲が突然髪を黒く染め直し、化粧もしていない状態で登校して来ていたことに、皆は動揺を隠せないでいる。スカートは膝下まで伸ばし、ワイシャツやブレザーも着こなしていた。
そんな話題を聞き流しつつ、誠司は、『不死の探偵』という推理小説を読み続けていた。表紙は見えずに、薄茶のカバーで隠されている。
「秋元と大月さんってさ、付き合ってるらしいぜっ」
「ボッチ同士で傷舐め合ってんだろ」
「シッ! 秋元に気付かれんだろ。あいつ地獄耳なんだからなっ」
全て丸々聞こえている。無能か、お前達は。そんな腹式呼吸で声を張っていたら、寝ている最中でも夢の中にまで聞こえてくるぞ。
声のする方へ睨み利かすと、男子生徒達はおどけながら視線をそらした。そんな視界が突然暗くなった。視界を遮るそれを、無理やり引き剥がすと、色白の華奢な手が見えた。視界の端からさくらが覗いてくる。髪からは清潔感のある匂いが漂ってきた。
「ダメだよ誠司君。怖い顔で睨んじゃ友達出来ないってば」
「お前はいちいち……朝のホームルーム前に来るな。読書の邪魔だ」
さくらはむくれながら正面に立った。
「ガールフレンドにそんなこと言うなんて、酷いよ」
「問題のタネを振りまくな。ガールフレンドならガールフレンドらしく、大人しくしていろ」
「んー? ガールフレンドって大人しくしているものなの?」
「あーそうだとも。だから黙って席に戻れ」
「厳しい世界なんだね。恋人の世界って」
難しく考え込むさくらの隣には、いつの間にか太一が並んでいた。その破顔しそうな顔を見るたびに、誠司は辟易する。
「さくらちゃん。それ全部嘘だぜ」
「えっ! ……嘘つき誠司君」
さくらにじっとりと見つめられた誠司は、ふいっと顔をそらした。
「やかましい」
「それにしたってよぉーお? 誠司ぃ。お前、さくらちゃんに手出すの、意外に早いんじゃねぇーのぉー?」
この上なくふざけた口調で、口を尖らせながら眉を上げ、誠司を煽っていく太一。こうなることを予想していたから、誠司はさくらを遠ざけたかったのだ。
誠司はみるみる顔をしかめていき、ついには目を閉じて伏せてしまった。そんな面倒そうな誠司の反応に、太一は更に頬骨を上げる。
「なになに、いつよ? いつからなんだよー教えろよー!」
意地でも答えてやらん。
「誠司君ってば、恥ずかしがってるのかな。付き合ったのは昨日だよ」
「き、きの、マジで!?」
「ふふ、まじです」
さくらの素直な言葉に、太一だけでなくクラス中がどよめいた。生徒達が知りたかったことを太一がずけずけと質問し、それをさくらが単純に答える。この軽い負の連鎖が誠司には見えていた。
「本当に……勘弁してくれ」
誰かにこの阿呆二人を拉致してほしいものだ。
その時、教室の扉が景気良くからからっと開いた。やる気のなさそうな若い男が歩いてくる。体型は痩せ方、ジャージ姿の男の手には生徒名簿が握られていた。
机に伏せた誠司は、片目だけ開け田場の姿を確認する。人生で初めて教師に感謝した誠司だった。
「はいはい那須、もうホームルームだから他クラスの奴は出て行けよー」
「しゃあねぇなぁ。今日も昼休み、ちっと生徒会あっから来られねえわ。また放課後な!」
「ああ」
「太一君、またね」
さくらが席に戻ると同時にチャイムが鳴った。名簿順に名前が呼ばれ、進級当初とは違い、やる気のない返事が飛ぶ。クラス内にはある程度グループが出来上がり、オタク、スポーツ、不良や中立などのグループに分かれていた。
「御影、御影言成ぃ。今日は休み、と。皆勤失敗。五月病かぁ?」
咲が突然髪を黒く染め直し、化粧もしていない状態で登校して来ていたことに、皆は動揺を隠せないでいる。スカートは膝下まで伸ばし、ワイシャツやブレザーも着こなしていた。
そんな話題を聞き流しつつ、誠司は、『不死の探偵』という推理小説を読み続けていた。表紙は見えずに、薄茶のカバーで隠されている。
「秋元と大月さんってさ、付き合ってるらしいぜっ」
「ボッチ同士で傷舐め合ってんだろ」
「シッ! 秋元に気付かれんだろ。あいつ地獄耳なんだからなっ」
全て丸々聞こえている。無能か、お前達は。そんな腹式呼吸で声を張っていたら、寝ている最中でも夢の中にまで聞こえてくるぞ。
声のする方へ睨み利かすと、男子生徒達はおどけながら視線をそらした。そんな視界が突然暗くなった。視界を遮るそれを、無理やり引き剥がすと、色白の華奢な手が見えた。視界の端からさくらが覗いてくる。髪からは清潔感のある匂いが漂ってきた。
「ダメだよ誠司君。怖い顔で睨んじゃ友達出来ないってば」
「お前はいちいち……朝のホームルーム前に来るな。読書の邪魔だ」
さくらはむくれながら正面に立った。
「ガールフレンドにそんなこと言うなんて、酷いよ」
「問題のタネを振りまくな。ガールフレンドならガールフレンドらしく、大人しくしていろ」
「んー? ガールフレンドって大人しくしているものなの?」
「あーそうだとも。だから黙って席に戻れ」
「厳しい世界なんだね。恋人の世界って」
難しく考え込むさくらの隣には、いつの間にか太一が並んでいた。その破顔しそうな顔を見るたびに、誠司は辟易する。
「さくらちゃん。それ全部嘘だぜ」
「えっ! ……嘘つき誠司君」
さくらにじっとりと見つめられた誠司は、ふいっと顔をそらした。
「やかましい」
「それにしたってよぉーお? 誠司ぃ。お前、さくらちゃんに手出すの、意外に早いんじゃねぇーのぉー?」
この上なくふざけた口調で、口を尖らせながら眉を上げ、誠司を煽っていく太一。こうなることを予想していたから、誠司はさくらを遠ざけたかったのだ。
誠司はみるみる顔をしかめていき、ついには目を閉じて伏せてしまった。そんな面倒そうな誠司の反応に、太一は更に頬骨を上げる。
「なになに、いつよ? いつからなんだよー教えろよー!」
意地でも答えてやらん。
「誠司君ってば、恥ずかしがってるのかな。付き合ったのは昨日だよ」
「き、きの、マジで!?」
「ふふ、まじです」
さくらの素直な言葉に、太一だけでなくクラス中がどよめいた。生徒達が知りたかったことを太一がずけずけと質問し、それをさくらが単純に答える。この軽い負の連鎖が誠司には見えていた。
「本当に……勘弁してくれ」
誰かにこの阿呆二人を拉致してほしいものだ。
その時、教室の扉が景気良くからからっと開いた。やる気のなさそうな若い男が歩いてくる。体型は痩せ方、ジャージ姿の男の手には生徒名簿が握られていた。
机に伏せた誠司は、片目だけ開け田場の姿を確認する。人生で初めて教師に感謝した誠司だった。
「はいはい那須、もうホームルームだから他クラスの奴は出て行けよー」
「しゃあねぇなぁ。今日も昼休み、ちっと生徒会あっから来られねえわ。また放課後な!」
「ああ」
「太一君、またね」
さくらが席に戻ると同時にチャイムが鳴った。名簿順に名前が呼ばれ、進級当初とは違い、やる気のない返事が飛ぶ。クラス内にはある程度グループが出来上がり、オタク、スポーツ、不良や中立などのグループに分かれていた。
「御影、御影言成ぃ。今日は休み、と。皆勤失敗。五月病かぁ?」
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