彼処に咲く桜のように

足立韋護

五月七日(三)

 誠司は、一度嘆息をもらしてから、淡々と語り出した。


「……まずはキツく叱られた。それから、俺と倉嶋咲に事情を聞き、あいつはさくらに詰め寄ったことを白状した。それから、何故だか倉嶋咲は俺を許して、松坂は、俺がさくらを庇ったと勘違いして、今回のことは不問になった。これで十分か?」


 さくらは自らの背後に手を回し、腰で手を組んだ。そのまま真顔で誠司の顔を覗き込む。


「十分じゃないよ」


「はぁ……今日は本当にバイトなんだ。勘弁してくれ」


「……誠司君は、どうしてあそこまで怒ったの?」


「ん……」


 さくらは、更に顔を近づける。


「だっておかしいよね。誠司君、私を庇ってくれた時は、まだ冷静だったよ」


 口の中で言葉を詰まらせた誠司は、困ったようにボサボサの頭を掻いた。しかし、その真相を打ち明けることなく、席を立ち上がる。さくらは目線だけで誠司を追う。


「大体、何故あそこで、俺達が付き合っていることにしたんだ。そこからしておかしいだろ」


「……ずるいなぁ」


 さくらは、意味深に呟く。姿勢を正してから、残念そうに窓の外の景色を眺めている。花弁のない立派な桜の木が、校庭を駆ける野球部員たちを見下ろしていた。桜の木の根元には、散って変色した花弁と、何の種類かもわからない草が、無造作に生えている。
 残念そうなさくらをよそに、誠司は、交際に関しての話を強引に続けた。


「ああいうことは、軽々しく口にすべきではない」


「ちょっと、言い返したかったって気持ちはあったかな。でも私はね、もっと誠司君のことが知りたいんだよ。その行為が、恋人同士だって周りから思われる行為なら、それでも良い。今は誠司君を見ていたい」


 そう言いつつ、さくらは誠司に真正面から向き合った。その真摯な瞳に、誠司はただただ困惑するばかりだ。狼狽した誠司は、思わず声を荒らげる。


「ば、ばかなことを抜かすな! どうして俺に、そんなに執着するんだ!」


 まるで、誠司が放ったその言葉を待っていたかのように、彼女は思いのほか早く言葉を紡ぎ出した。




「だって、似てるから」


 似てるだと? 俺とさくらが? 何をどう勘違いすれば、こいつと俺が似ているという錯覚に陥るのか、誰か俺に教えてくれ。


「……もう付き合うなり何なり勝手にしろ。俺は行くぞ」


「はい。バイト頑張ってね」


 教室から出て行く際、チラと背後を確認する。さくらは、手を振ったまま、いつもの微笑を加えて見送っていた。誠司は、つくづくさくらのことがわからなくなってしまった。


 食品スーパーのアルバイトの中でも、誠司は、さくらのことが頭から離れなかった。
 白いワイシャツに黒いズボンの制服姿、それに紺色のエプロンをかけた誠司は、パック詰めされた乾麺をダンボールから取り出したが、手先が疎かになっていたせいで、地面に落としてしまった。
 隣で作業していた現場担当の沼崎が、呆れ気味に誠司へ視線を向ける。


「ちょっと秋元君、ちゃんとしてくれないと困るよ」


「すいません……」


 誠司は素早く落とした品物を拾った。沼崎は誠司から品物を取り上げ、中身を確認し、わざとらしくため息をついて見せた。


「あーあ、乾麺割れちゃってるよ。最近ミスが多いけどさぁ、給料泥棒だけはやめてくれよ」


「すいません、すいません」


 誠司はへこへこと頭を下げた。


「すいませんじゃなくて、すみませんでしょうが。あとさぁ、なんでも謝りゃいいってもんじゃないよ、君? はぁ、もういいや、さっさと作業戻って」


 沼崎は、そのビール腹を揺らしながら、品物を持って店の奥へと消えていった。


 黙れデブ。俺だって失敗したくてしたわけじゃない。それにアルバイトの身分じゃ、ひたすら謝る以外に方法がないだろハゲデブ。
 もういい、さくらのことは置いておこう。いくら考えたって答えが出るわけでもあるまい。今は、目の前のことに集中しないとな。


 誠司は、自身を落ち着かせるように目を閉じ、深呼吸してから、作業へと戻った。

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