彼処に咲く桜のように

足立韋護

五月七日

 それからは、昼休みを三人で過ごすことが格段に増えた。毎度お馴染みとなった誠司の机に三人は集まり、他愛もない雑談を交わすことが日常となっていった。
 桜も、見慣れた頃にはあっさりと散り落ち、温暖になってきたことが肌でわかる。そんな、ゴールデンウィーク明けの五月七日。空には暗雲が広がっていた。


 誠司のいるいつもの教室は、騒然としていた。机が前方へと勢いよく倒れる。昼休み開始とともに、不良女子グループのリーダーである倉嶋咲くらしまさきが、さくらの机を蹴り飛ばしたのだ。咲は、申し訳なさそうに俯きながら座っているさくらを、これでもかと睨みつけた。


「あんたさぁ、マジ最近調子乗ってるよねェ」


「……ご、ごめんね、調子はいつも通りなんだけど」


 その厚化粧した顔が憎しみに歪む。さくらの悪い噂を流していた張本人である咲は、その短いスカートと人目を引く大きな乳を揺らしながら、さくらの座る椅子の足を蹴った。そんな状況を、誠司は窓際の席から眺めていた。


 今はさくらを庇うべきだろうか。いや、もう少しどうするか見てみたい気もするが……。あまりにもエスカレートしたなら、止めてやろう。


「最近さァ、男子たぶらかして、のうのうと一緒に昼飯なんか食ってんじゃん。あんた自分の立場わかってんの?」


「誠司君と、たい、太一君の、ことかな」


「生意気、もう名前で呼んじゃってるし。きもすぎ」


 この場面に出くわしていた言成は、さくらを庇おうと席を立とうとしたが、咲に敵対することは、学年の不良女子全員を敵に回すことと同義である。自らの頭の良さを悔やみながら、腰を引き、やむなく見て見ぬ振りをした。
 眉をハの字にしたさくらだったが、それでも口角は若干上がったままだ。


「ヘラヘラしてんなよブス! なんか言い返したらどうなんだよオラァ!」


 椅子の足を蹴り続けられているさくらは、その度に体を縮こまらせる。手帳を胸に抱え、ただひたすらに俯いていた。反応が薄いことに、更に苛立った咲は、さくらの持つ手帳に目をつけた。


「そのクソ汚ねえ手帳よこせよ。ゴミはゴミ箱に捨ててやる」


「それは、やめて!」


 咲がさくらの手帳を奪おうと、手を伸ばしたところで、その腕がピタリと止まった。手首を掴まれた咲が、その腕を辿って行くと、そこには無愛想な表情の誠司が立っていた。怯みながらも、誠司を睨みつけた。


「んだよ」


「その辺にしろ。これ以上は見ていられない」


 咲はさくらと誠司を見比べ、一人で下品に笑って見せた。咲の不良仲間の藍田あいだ青山あおやまは、教室の隅でニヤつきながら行く末を見守っている。


「あんたら、まさか付き合ってんのぉ? 嫌われ者同士で、付き合ってんのぉー? ぎゃははは! きんめぇえええ!」


「そんなことは────」








「付き合ってるよ」








「なっ……」


 突然の発言に、誠司は驚きを隠せない。クラス中も更にざわめき始め、言成はイスから転げ落ち、唖然とした。事情を聞くためと、厄介事から回避するため、誠司がさくらを教室から連れ出そうとした時、冷めた口調で咲は言い放った。


「マジかよ、ホントキモいのな。死ねクソビッチ。車にでも轢かれて死ね」






 その瞬間、誠司の動きが静止した。ゆっくりと振り返り、咲を開いた瞳孔と見開いた瞳で捉えた。

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