彼処に咲く桜のように

足立韋護

四月四日(六)

 その頃、さくらと太一は教室まで鞄を取りに帰っていた。夕日が窓から教室の中全体を照らして、昼の終わりを告げる。
 教室で鞄を肩にかけたさくらへ、不意に太一が声をかけた。


「なぁ大月さん」


「さくらで良いよっ」


「あぁ、ごめんごめん。さくらちゃん、正直なところ、誠司のことどう思ってる?」


 さくらは、質問の意図が掴めなかった。口をぽかんと開けて、思考を巡らせる。そんな様子に、太一が申し訳なさそうに手を合わせた。


「あー、意味わからないよな。悪い悪い。えっと、人としてどうか、ってことなんだけど……」


 さくらは、太一の寂しげな表情で、彼の心根が少しだけ理解できた気がした。そして振り返り、夕日眺めながら、今までの誠司のことを思い返してみる。


「……たった少しの間、一緒にいただけで良いなら、答えられるよ」


「それ以上は望んじゃいないさ」


 パッと振り向いたさくらの表情は笑っていなかった。至って真摯な態度で答えようとしていた。


「一言で表すなら────」


「表すなら……?」


「温かい」


「温か……へ?」


 素直で真剣で、意外な一言に、太一は思わず腹の内で笑う。それが次第に表情にも現れ始めると、さくらは数回瞬きをした。


「どうしたの?」


「ははっ、いや、今までは『かっこいい』とか『正直者』とか答えてられてたんだけどなぁ。温度で来るとは意外だった」


 会話の流れのままに、さくらは身長の高い太一を見上げた。


「ひとつ聞いていいかな?」


「ん?」


「どうしてそういう質問をしたのかなと思ったんだ。私以外にもしてるみたいだから」


 太一はそのやわらかい口調から繰り出される鋭い質問に、思わず両眉を上げた。そして、口角を上げながら得意げに、その質問に答えた。


「誠司と仲良くなろうとしてる奴を心配して、だな」


「んん?」


「誠司って、よく見れば顔整ってんだろ。そんでもって少し悪ぶってる。だからさ、そういうイロモノに集る奴らもいるんだよ。そういうのは大抵、誠司から罵詈雑言を食らって、嫌な思いしちまって離れてく。それでまた悪い評判が広まっていくんだ。だから、それを未然に防いでやろうってことさ」


「なるほど、そうだったんだね」


「はあ~あ、でもまあ、さくらちゃんなら、誠司と仲良くできそうだ。安心した」


 さくらが満足そうに笑みを見せる。それに合わせて太一も可笑しげに笑った。しかし表情はそのままに、さくらは淀みなく言い放つ。






「いけないことだよ」






「……何?」


 太一はその言葉を脳内で反すうさせた。しかしいくら噛み砕こうとも、その言葉の意図はつかめない。表情は曇り、怪訝な視線をさくらへと向ける。
 微笑むさくらは、真っ直ぐな視線を太一へと向ける。大きな体格に気圧されることなく、太一の間違いを告げた。


「誠司君の出会いを、那須君が制限するのは、きっといけないことなんだよ」


 何故、彼女が優しげに微笑みながら、そんなにも不可解なことを口にするのか、太一には理解できなかった。


「何が、言いたい?」


「ごめんね。那須君のしてることは、誠司君の可能性を狭めてるんだ」


 そこまで言われてようやく、太一はさくらの考えが理解できた。
 誠司の作った人脈を、他人である太一が了解もなしに制限することは、誠司の内にある可能性を狭めることになり、あまり褒められたことではない、ということを、さくらはどうしても太一に伝えたかった。
 太一は、その意見に一理ある、と思った。むしろ自分よりずっと、真の意味で誠司を思っているとさえ感じた。


「でも、那須君と誠司君の絆だからこそ、だとも思う。それは、決して悪いことではないと思うんだ」


「……わーかったよ。少し、考え直してみるぜ。こりゃ一本、いや、二本くらい取られたなぁ」


「ふふ、ありがとう。じゃあ、私達も帰ろう?」


「はいよ。あと、俺のことは、太一で良いぜ」


 その嬉しそうなさくらの表情を見て、太一は、誠司がさくらを気にかける理由が、なんとなくわかった気がした。



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