彼処に咲く桜のように

足立韋護

四月四日(三)



「本当に! 嬉しいな」


 喜ぶさくらの後ろに誠司も並び、その場にしゃがみ込む。さくらはただでさえ長いスカートを、左手で抑え、頬をほのかに赤く染めながら背後の誠司を見つめた。


「見えてないよね……?」


「地面に頭を擦り付けたって見えないだろ」


「そ、それなら良いんだっ、うん」


 鉄網の穴を抜けた二人は、不思議な解放感に、自然と表情も柔らかくなる。心地よい風が一戸建ての多い住宅街の路地から吹き抜けてきた。それと同時に校庭に咲いていた桜の花びらが舞い落ちてくる。
 ふと横に歩くさくらを見てみると、長い髪を風でなびかせながら、目を細め、微笑している。様になっている、と柄になく誠司は感じた。突然さくらが、こちらに顔を向けてきたせいで、二人の視線が交わる。


「誠司君」


「なんだ」


「朝のお話の続き……。私ね、小さい頃、臓器が悪くて、学校を休みがちだったんだ。だから、昔から友達が少なくて、自分から話しかけるのも苦手だったの」


「そうか……」


 野暮なことは聞くまい、と心に決め、誠司は、なるべく歩幅を狭めて歩いた。


「私のせいなんだ。そんなんだから、中学校でも高校でも、友達が出来ないんだ」


「……何故一人ぼっちの奴に、友達が出来ないか、わかるか」


 微笑んでいたさくらは、それを聞いた途端に、珍しく真剣な表情になり目を伏せた。その様子はいつもとは違い、知性的で大人びて見える。しかし彼女は何も言葉を発さない。
 あくまでも傷つけないよう、語気を弱めて、自分の言葉に繋げた。


「それは多分、普通じゃないからだ。前へならえをして、足並みを揃えて、皆と同じ顔をしなくちゃならない。どうして……こんなにも生きづらい世の中なんだろうな」


 何を話してるんだ、俺は……。馬鹿馬鹿しい。どこぞの心理カウンセラーじゃあるまいし。どうにも、こいつ相手だと調子が狂う。


「きっとね────」


「ん?」


「きっと、誠司君の言うとおりなんだとしたら、いつかみんなと友達になれる気がするよ、私は」


「……はっ、言ってろ」


「うん、言ってる。ありがとう」


 二人がコンビニへと着くと、時刻は十二時二十五分を回っていた。店内には惰気満々の若い男の店員と、禿げ上がった中年の男の店員が雑談を交わしていた。


「ここら辺は平和でいっすよねー。それにし……あしゃせー」


 あしゃせーって何だ。いくら弛む平日の昼時でも、もう少し気合いがあっても良いだろうに。まあいいか、さっさと選ばせて帰ろう。


 さくらは手を体の後ろで組みながら、コンビニの中をぐるりと回ってきた。ひとまず水分だけは確保したいようで、ペットボトルに入ったお茶が握られている。
 出入り口付近に立つ誠司は、通りすがるさくらへと話しかけた。


「弁当は?」


「どれも塩分とカロリーが多くて、今悩んでるんだ」


「そんな詳細まで成分表示を見るのは、メタボリックな中年くらいだと思っていたぞ」


「し、失礼なっ。塩分は高血圧の原因にもなって、高血圧は血管の壁を厚くするから、動脈硬化だって引き起こすかもしれないんだよ! 侮れないんだよ!」


 俺の目の前に立つさくらは、顔をしかめながら手に持ったお茶をカシャカシャと振って泡立たせた。まだ買ってないぞ、それ。しかし意外だな。


「じゃあ店員に、そういう体に優しい弁当があるか聞いてこい。待っててやるから」


「え……わ、わかった」


 さくらは顔を強張らせながら、俯き気味にレジへと歩いて行く。既に話終えていた禿げ上がったほうの店員が、さくらに視線を向けた。


「どうかなされました?」


「あ、あの、そうなんです。どうか、してるんです」


 たどたどしい口調に、中年の店員は首を傾げてレジの向こうから身を乗り出した。
 赤の他人の、大人の男へ、自分から話しかける状況に、さくらの心拍数は格段に上がっていく。


「ええと、どうされたんです?」

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