彼処に咲く桜のように

足立韋護

四月二日(二)

────始業式。


 始業式を行う広い体育館には徐々に全校生徒が集まり始めていた。スマートフォンをいじり倒し、一向に並ばない生徒達に担任教師達が必死に声かけをしている。そんな中に誠司は混ざっていた。いつも通り、心の中で悪態をつく。


 うんざりするな。同じ制服、似たような髪型、似たような髪色、似たようなツラ。オリジナリティのかけらもないコピペ共が。


 そんな誠司の視界の端には、大月さくらの姿があった。その手に持っているやけに分厚い手帳は、かなり書き込んでいるようで、遠くから見てもヨレヨレであることがわかる。そして、彼女は相変わらず居心地の良さそうな表情をしていた。対する誠司は居心地悪そうな表情で視線を逸らす。


「チッ、何が楽しくて……」


────放課後、校門にて太一と待ち合わせ、帰途についた。
 歩いて駅まで行く道中、二人は学校について話していた。那須太一なすたいちは学校でもかなりの情報通で、教師らからも一目置かれる存在だ。内ポケットに入っている手帳には、あらゆる生徒達や教師達の情報が詰め込まれている、という都市伝説まで存在するほどだった。


「しっかしお前んとこのクラス、可愛い子多くて良いなぁ~」


「それ目的でわざわざクラスまで来てたのか。害悪め」


 太一はブレザーのポケットに手を突っ込んだまま、呑気に笑って見せる。道が下り坂に差し掛かった時、ふと寂しげな表情で俯いた。普段は決して見せない、素の表情の一つであると誠司はわかっていた。


「お前、確か家族の四回忌って、明日だよな……」


「……今年は来なくて良いぞ。どうせ金もない。墓参りだけだ」


「お前がそう言うなら、遠慮させてもらおうかね」


 太一にしては潔く引き下がったか。真面目な話になると、こうも聞き分けの良い奴なんだがな。


 話しているうちに着いた駅は、誠司達の通う戸井とい高校の最寄り駅、戸井駅だ。都心に近い駅で快特の電車や新幹線なども停まるため、昼間でも多くの人々が利用している。
 電車を待っている間も、二人は絶え間なくだらだらと会話を続けていた。


「さーて、今日は早めに終わったし、家帰ってゲームしよっと」


「今度また、お前の家にゲームをしに行かせてもらうぞ」


「そこはせめて俺と遊ぶ名目にしとけよ! ま、お前らしいけどな」


 戸井駅から電車でわずか二駅のところに、彼らの住む新戸井駅がある。電車に乗り込んだ二人はドア付近を陣取り、流れ行く街並みを眺めていた。


 ビル、家、ビル、ビル、家。同じようなものばかりだ。辟易する。正直なところ、生きる価値もない世界に見えてしまう。


「誠司、また変なこと考えてたろ。『世の中達観してる俺カッケー』、的な」


「そんなことはない」


「はーあ。暗いし重いなぁ、相変わらず」


「悪いか」


 誠司は眉間にシワを寄せ、腕組みをした。正面のつり革に掴まっている太一を、そのつり上がっても垂れてもいない目で、じっとり睨みつける。
 そんな太一の黒目がゆっくりと円を描き、目線は宙で止まった。いつも通りの意地の悪い笑顔を誠司に向けて見せる。


「んー、悪かない」


「そうかよ」


 電車内には多くの学生が立ち並んでいる。皆新学期に入ったばかりで、誠司らと同様に帰りが早い。
 誠司達の車両には、髪を染め、耳にピアスをした不良のような風貌の男子学生が、くちゃくちゃとガムを噛みつつ、携帯電話に大声で話しかけている。
 周りの乗客は明らかにその男を避けていた。誠司と太一はそれを察し、敢えて無視を決め込んだ。


「ギャヒャヒャ、ヤベェな! あいつマジで死ねよ!」


 誠司の眉がピクリと動いた。同時に会話の主をジロリと睨みつける。それを察した太一が、誠司の両瞼に手を重ね、耳元でボソリと呟いた。


「……誠司、面倒なことはやめろ」


「わかっている。早くその手をどけろ」


 そんなやり取りをしているうちに、二人の降りる予定の新戸井駅に到着した。新戸井駅という名称だが、戸井駅のほうが後に改装されたため、新戸井駅のほうが若干寂れている雰囲気がある。太一が誠司の腕を引き、足早に赤い電車から降り、人の多い改札を出た。


「ったくよぉ! あんな睨んでたら、気付かれて喧嘩になることくらいわかるだろ!」


「……手間、かけさせたな。じゃあバイトに行ってくる」


「ったく、しゃあねぇな。また明日」


 その場から逃げるようにして、誠司はアルバイト先である地元の大型スーパーへと向かって行った。それを見送った太一は腰に手を当て呆れつつも、誠司とは反対方向へと歩いていく。


────アルバイトが終わり、誠司が家へと帰ってきた。ごくごく一般的な一軒家は二階建てだ。そのやけに大きいドアを開け、廊下を進むと、家の主である叔父と叔母が狭いリビングでテレビを見ていた。
 誠司に気づいた二人は、眉をピクリと動かしたまま、何も言わずにテレビに視線を戻した。狭い一軒家、その中で誠司とその叔母と叔父は住んでいる。


 出来る限り互いに干渉し合わない。きっとそれが、俺とこの人らにとって、最善なんだ。


 リビングの奥にある木目調のドアを開け、ベッドのみの味気ない自室へと入った誠司は、おもむろにカバンのポケットから一枚の写真を取り出した。そこには中学生時代の誠司と、それより小さい男の子と女の子が写っていた。三人とも無邪気な笑顔をこちらに向けている。


「兄ちゃんも、そっちに行って良いかな」


 写真へと声をかけても少年と少女は何も答えず、その優しげな声は空気の中へと消えていく。弟と妹の二人はただひたすらに、写真を眺める誠司へと笑顔を向けてくるのみだ。誠司は自嘲しつつ、自らの足先に視線を落とす。


「良いわけない。お前達の分も生きなきゃならないからな……。でも、何のために……俺は」

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