エタニティオンライン

足立韋護

吐露

────気がつけば暁影はベッドに横たわっていた。


「……俺……?」


「起きたのね」


 横を見ると京子が安堵したようにため息をついていた。腰掛けを前に寄せ、暁影からよく見える位置に移動した。


「もうしばらくは学校休めるわよ。ラッキーね」


「どう、して……病院……?」


 暁影はしきりに病室を見回す。落ち着いた個室で、カーテンが風で優しく揺れている。違和感のある腕を上げてみると、管が刺さっていた。それから病衣を着ていることがわかり、暁影は顔をしかめて考え出した。


「疲れちゃったみたいよ、心がね。話は聞いたわ。向こうの世界で、張り切りすぎたんだって?」


 向こうの世界、というのはきっとエタニティオンラインのことだろう。すぐに察しがついた。しかし不思議なことにエタニティオンラインと聞いた瞬間、感覚がおかしくなりそうになる。ここがエタニティオンラインなのでは、というおかしな感覚だ。


「……あのゲームで、人が死ぬのをたくさん見た。俺も人をたくさん殺した。狂った人だって少なくなかったんだ。きっと俺もその一人だった。そうしないと、体が動かなかった」


「うん」


「でも、一番守らなくちゃいけなかった人達を守れなかった。死にたくないって言ってた。……何でいつも、大切な人は守れないんだろう」


「……うん」


 うわ言のように話す暁影は、その一つ一つの言葉によって、徐々に現実を正しく自覚していき、苦渋の表情のまま頭を抱えた。


「どうして……俺は……!」


「────そう喚くな」


 その聞き覚えのある声に暁影は跳ねるようにして体を起こした。京子も背後から聞こえた声にゆっくり振り向く。
 そこには、暗い栗色の長い髪の毛を後ろで一つに束ねた、大人しめな印象の女性が車椅子に座っていた。しかしその目つきと、口調で暁影には誰かすぐに判断がついた。


「テンマ……?」


 そう言うと、女性は笑みをこぼしたあと車椅子のレバーを前に倒した。機械音もせずに、車椅子はベッドの横側へと並んだ。


「この世界での名は天音だ、真田暁影」


「あま、ね……天音か」


 天音は頷くと、京子へ視線をやった。


「言った通り、知り合いだったろう」


「そうみたいね。でもこんなに手厚い治療が受けられるなんて、誰だって疑うに決まってるでしょう?」


「ふふ、それもそうか」


 京子のベッドに置かれた右手が不意に掴まれた。京子が暁影へ視線を落とすと、いつになく険しい眼差しで京子を見つめ返した。


「知り合いどころじゃない。テンマ……天音とは向こうの世界で協力し合った仲間だったんだ」


「いくつ死線をくぐり抜けたか数えきれんな。戦友という表現も間違いではない」


 暁影の手を両手で包んだ京子は、深く頷いた。
 それを見て軽くため息をついた天音だったが、再び一呼吸してから暁影へ向き直った。真剣な眼差しだった。


「暁影、あまり気負うなと言ったろう。常人があの惨劇や自身の過ちを真っ向から受け止めてしまったら、おかしくなるのも仕方がないのだ」


「……なんだか、変なんだ。頭の中の映像が膨らめば膨らむほど、自分に負荷がかかって、それでも思い出すのをやめられない」


「罪の意識に苛まれているからだ。苦しみや後悔、不安から自分を慰めるために、傷つけて、痛みで和らげようとしている」


「どうしたら良いんだ。どうして天音は平気でいられる?」


「一つは、どうでもいいと思うように努めている。結果は結果。変えられはしない。そして、もう一つは私の物語はまだ終わってはいないからだ。まだ私は歩みを止めるわけにはいかない」


「大切な人が死んだ。どうでもいいじゃ済まないこともある」


 天音は大きなため息を天井に吐きつけた。やや語気を強めて、その鋭い眼差しを暁影へ向ける。


「暁影、お前は自分が思っている以上に無能な上に無力だ。雑魚も同然のくせに自分を過大評価しているどうしようもない愚か者だ」


「なっ……! そんなこと!」


 大人しい外見にあまりに似つかわしくない罵声に、暁影は狼狽しつつ前のめりになった。それを見た天音は大きく口を開く。


「私も同じだ!」


「同じ……?」


「人は協力しなければ、何も果たすことなどできない。一人の力では限界がある。私の団員も、何人の犠牲が出たかわからない。私が守るべきだったのに……! ユウを守ることも! もっと私に力があれば、私の知能が優れていれば、多くの人々を守れたかもしれない! この結果はなんだ! いっそ狂ってしまえば、心が病んだと床に伏せれば、楽になるのか! 教えてくれぇ!」


「テンマ……」


 涙を流し、鼻水を垂らしている天音は暁影を睨みつけた。暁影も、完璧だと思っていた天音の心の内がわかり、自然と涙が溢れ出した。
 暁影はベッドから無理やり這い出て、車椅子に座る天音を力強く抱き締めた。


「……ごめん。俺は甘えてた。これからは、未来を考えることにする。俺達は生きてる。それが責任ってことだよな」


「……くく、それで良い。世話の焼ける奴め。情けない姿を見せてしまったな、互いに」


 少し枯れた声でそう呟いた天音は、暁影の病衣で涙と鼻水を拭ってから、暁影にとびきりの笑顔を見せてやった。


「ふん、この私に抱きついた罰だ」


「うわ! 何がお嬢様だよ、汚いなぁ!」


 暁影が愚痴を垂れながらティッシュで鼻水を拭っている姿に、京子はつい口端を上げて笑い出した。それを見た暁影もつられて穏やかな表情になった。


 過去は取り戻せない。どうでもいいなんて感情に徹することはできないけど、ちゃんと前を向いて生きることが償いになるなら、俺はそれをしようと思う。俺の物語も、まだ終わっちゃいない。

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