エタニティオンライン

足立韋護

異常者

 皆がざわついた。真の首謀者が目の前に立ちはだかっていた。


 そうだ。この世界でのタイムリミットが二日後だからといって、西倉がちょうど二日後にログインする保証なんてどこにもなかった。


 そんな中でも、俺は西倉から自己紹介を受ける直前、全てを理解していた。俺や精鋭隊、クオンですら西倉の盤上で動かされていた駒だったのだ。


「お兄ちゃん! 助けに来てくれたの?」


「いや、違うな。ここにいる者達を迎えに来た」


「どういうこと……?」


 アキは二人の会話を遮り、修へと問いを投げかける。


「織笠さんも、俺を騙していたのか」


「それも違う。俺がこのような形になるよう指示を出していたのは、マーベルだけだ。文は……織笠は今も、あの家で俺を待っている」


「風巻の山脈で俺を襲ったドラゴン。まさかあれもか?」


「その通り」


「……まさか、アースイーターも?」


「鋭いな」


「アキ、どういうことなのだ?」


 さすがのテンマであっても、即座に状況を飲み込めずにいるようだった。


「テンマ……俺は、今まであらかじめ用意された物語の上を歩かされてたみたいだ」


 その噛み締めるような言葉に、ようやくテンマも気がつき始めたようだ。


「ね、ねぇアキ、お兄ちゃん、なに? なんの話をしてるの?」


「西倉修は、あらかじめ俺とクオンとの関係性を把握していた。その上で、俺が生き残れるよう様々な仕掛けを用意した。わざとアースイーターを使役させ、その後、ドラゴンを使ってマーベルのいる場所へ誘導し、ステータス上昇、ダークネスドラゴンの解放、更には『絶対服従の糸』にデバッグモードですら抑え込む追加効果を付与した」


「アキが言ってたことと辻褄が合ってる……。でも、まさかそんな……!」


 背中側からクオンの驚嘆しているような声が聞こえる。


「俺がクオンに捕らわれるのを知っていたんだ。その上で、そこまで生き残れるような多くの力と、デバッグモードを抑え込める力を与えた。そしてクオンに苦戦を強いられることを想定して、援軍をわざわざこの建物へ連れ込んだ。これがフラメルさんとサダオさんだった。最後にはこの通り、俺がクオンを抑え込む形になった。全て筋書き通りだったんだ。俺も、クオンも」


「お、お兄ちゃん……嘘だよね?」


「お前にはこの事件に加担してもらった。だが、ここでの永遠の生は、向こうでの死を意味する。お前はまだ、向こうで生きていける。そう思った」


 クオンは強引にアキの肩から落ち、地べたに這いつくばりながら、修を見上げた。


「利用するだけ利用して、いらなくなったら捨てるの!?」


「若子、俺がお前に手伝いを請うた時、初め俺を諭したな。お前はまだ俺ほど、向こうの世界に絶望してもいなければ、この世界に執着しているわけでもない。故に、お前にこの世界で過ごす覚悟はない。その青年と、アキと共にいる理由を作るために、無理をしている。その無理はいずれ、破綻する」


「それでも私の望みなの。私の希望なの……」


「ふむ……。ではアキ、この世界と現実世界、過ごすならどちらだ」


「俺は────」


 俺は、どうしたいんだろう。
 現実世界にいた頃は面白いことなんて大してなかった。どちらかといえば、不平不満のほうが多かった気がする。だから寝ても覚めても、エタニティオンラインのことばかり考えてた。
 クオンへの感情も、今は憎しみより、申し訳なさのほうが先にある。永遠を共にしているうちに変化が訪れる可能性だって、なくはない。


「若子、今のアキは、きっとお前より深くこの世界と現実世界へ思考を巡らせている」


 でも、いくら心が変わろうとこの世界に変化は訪れない。いずれ様々なことをやり尽くす。生殖器がないのだから新たな命が生まれることもない。物を作れたとしても、あらかじめ設定されたものに限定される。世界の果ては近い。探検するまでもない。新たな知識も、刺激もない。不変すぎる。
 あまりにも、可能性がなさすぎる。


 その間にも、現実世界では新たなものが生まれ、変化をもたらし続けている。
 どちらが面白いか。そんなの決まってる────


「現実世界だ」


「というわけだ、若子。お前は彼のいないこの世界であっても永遠にいるつもりか」


 クオンは床に額をつき、歯を食いしばりながら涙を流していた。修はそれをただただ無表情に見下ろした。


「話はおしまいだ。ドラゴンを用意してある。それで街へ戻り、ログアウトホールへ向かえ。そろそろ、あいつが俺へ辿り着く頃合いだろう」


「あいつ?」


 アキが首を傾げると、「こちらの話だ」と返事をしてから、修は話を続けた。


「タイムリミットを決める。今より半日、それでログアウトできなければ、永遠の世界へ巻き込む。その後、俺の手で消去する。期限は、半日。忘れずにログアウトすることだ」


 修が手を挙げると、くすんだ赤いドラゴンが上空から降下し、やがて崖付近で羽根を羽ばたかせて対空した。その上には、マーベルが騎乗していた。
 アキはそれを一瞥して、修へ視線を戻した。


「西倉修……最後に一つだけ聞いても良いか」


「構わない」


「多くの人が死んだ。あんたほどの人なら、この世界での死をログアウトという形にだって出来たはず。どうしてそうしなかった」


「俺にとって見知らぬ大多数の人間より、見知っている少数のほうが大事だ。生温くこのシステムを使えないようにしたところで、会社や世間からすればただの損失にしか思われないだろう。そうなれば、部署の仲間達や関係者に責任が分配されてしまう。
 だから、ただ一人の異常者によって引き起こされた大事件、ということにした。巻き込まれて哀れだ、と思わせる。そこに彼らの落ち度はないと、例外として処理させる必要があった」


 カトレアが身を乗り出そうとしたところで、テンマがそれを手で制止した。テンマは静かに口を開く。


「西倉修、あなたは『そういうことにする』以前に異常者だ。普通の人は、その目的一つで大量の人を殺すことなどできない」


「確かにその通りだ。そういう意味では、この場に立っている全員、ある種の異常者だと思っている。お前達は勇者ではなく、ただの狂人だ」


 カトレアは湯気が出そうなほどに顔を赤くした。今にも火炎魔法を放つ勢いだったため、アキはさっさと話を終わらすことにした。


「そうまでしないと、守れない命もある。俺も、それに救われた。だからこれで良いんだ」


 アキはクオンを肩に担ぎ直し、西倉を横切って、マーベルの乗るドラゴンの背中へと尾からよじ登った。ひやりと冷たい鱗の感触が手に伝わる。騎乗と言えども、馬のように馬具があるわけでもない。捕まる場所などない不安定な背中だ。


「久しぶり」


 マーベルが笑いかけてきた。


「西倉の手先なのに、なんだか最後までマーベルだけは憎めないな。助けてもらったことしかないからかな」


「ダークネスドラゴンは独断で解放したからね、実際。役立ったでしょ?」


 マーベルにウィンクされたアキは、暫し唖然としてから、頭をかいて笑った。
 ドラゴンを二度叩いたマーベルは声を張り上げた。


「みんな、ドラゴンの鱗の間にしっかり指挟んで! 身を屈めて、太ももに力入れてね! いくよ!」


 一瞬の浮遊感と共にドラゴンは急降下した。風が頬を揺らすようになった。散々歩き回った木々や大地の上を、ドラゴンが滑空していた。振り返ると遠くに修の姿が見えた。もう表情はわからない。

コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品