エタニティオンライン

足立韋護

運営の糸口

────相良良太は一枚の紙を手に、缶コーヒーを飲みながら校門前で途方に暮れていた。


 最終関門の解読は、想像以上に困難を極めた。二進数の数列を言葉に置き換えることが出来なかった。


 今までの関門は、アナグラムなど暗号化として有名なものや発想ばかりを用いられていた。それは同時に、良太、警察ともに助かっていた面もあった。
 すでに暗号化として確立されたものには、同時に解読化も確立されているものがほとんどであったからだ。つまり極端な話、しらみ潰しに解読法を割り当てていけば、解読不可能な暗号ではなかったのだ。


「どうしたもんか。どの解読法にもヒットしないときた」


「────まだ時間はかかりそう?」


 良太が声に振り向くと、校門の鉄柵に寄りかかる京子の姿があった。両肘に手を置く腕組みをしながら、良太を見上げてきた。
 良太は、京子の周囲を眺めながら口を開いた。


「あの、警察の方々は?」


「学校に来ていた部活動の顧問に聴取中よ。わずかな情報でも欲しいのね。それで、暗号の解読は捗ってる?」


 良太は苦々しい笑みを地面に向けた。


「暗号は、まだ解けません。今までがむしゃらに暗号化がなされていた感覚でしたが、最後のこれは一見規則的なのにどうにも……」


「……今までごちゃっとしていたものが、整理された感覚ねぇ?」


 京子が良太の手に持つ紙を取り上げ、そこに書かれた二進数の文字列を眺めた。


『000010.111110.100000.110000.011100.101011.101000.000010.111001.001100.111000.111110.101011.101110』


「ちんぷんかんぷんね」


「はは……」


 良太は力なく肩を落とした。


「でも、ゼロとイチが六つずつに区切られてるというのはわかる。ゼロとイチが六つに集まった時、どんなことが起こるのか、というのが問題ね」


「その区切りのドットですら、修の罠に思えてきました。完全に迷走中です」


「ゼロとイチは例えばなにを表すの?」


「機械的な話で言えば、ゼロとイチ自体にはあまり意味はありません。それがいくつか集まってようやく意味を成すようになるんです」


「これを書いた人は、機械的な人だったの?」


 良太は口を開いたが、喉元まで出かかったところで声が詰まった。


『お前達から見て、西倉修はどう見えたのだろう。そこに人間性はあったか? 俺は、それがよくわからない。まるで自分が冷たい機械のようだ。そのように育てられたのだから仕方ないのかもしれない。ある時俺は、自分が生まれて初めて人間であると思える機会に巡り合えた』


 修は、人間性を手に入れようと努力していた。もはや取り戻しつつあったのかもしれない。事実、自分語りを始めるほど人間臭くなってた。


 良太は缶コーヒーをくいと飲み干すと、改めて口を開いた。


「機械的だった。でも、もしかしたら変わろうとしてたんだと思います」


「それならあなたも、機械的な考えを変えようとすべきじゃないかしら?」


「では真田さんなら、このイチゼロをなにに表しますか」


「そうねぇ、いっぱいあるわよ。生と死、勝ちと負け、縦と丸、凸と凹、棒と球……とかね?」


「発想の豊かさが、デザイナーのそれですね」


「くだらない発想だとしても、事件解決に繋がることなら私はなんでもする。危険にだって立ち向かう覚悟もあるわ。もう、家族は失いたくない」


 良太は、そうこぼした京子の顔を直視できなかった。良太は、空き缶を近くのゴミ箱に捨てると、いたたまれなくなって「ちとお手洗いに」と言い残し、校舎内のトイレへと向かった。


「……早く、解決しないとな」


 新戸井高校のトイレは、用をたすには快適な場所であった。


 床や壁、便器はよく清掃が行き届いており、手洗い場には手を差し出すだけで、水、洗剤、水、乾燥風といった順で手を自動的に洗えるシステムが配備され、小便器には小便が跳ねることがないよう、液体を宙空から吸引し始めるほど強力なバキューム機能が備わっていた。


 県立であるがゆえに、バリアフリーにもこだわっているようで、車椅子が入れるような造りや、音声案内スイッチ、点字などが随所に見られた。


「六つの数字……。生と死、勝ちと負け、縦と丸、凸と凹、棒と球……。修は変わろうとしていた……」


 そんなことを呟きながら個室で用をたした良太は、自動で手が洗浄されるのを「最近の学校はすげぇな……」と眺めつつ、感心しながらトイレを後にしようとした。そのとき、ふと自分の入っていた個室へ振り返った。


 良太は全身に鳥肌が立った。ウォシュレットにある、あるものを良太は確認しに行った。


 それは確かに六つの情報で、ゼロとイチに置き換えることが可能で、他人の気持ちを汲めるような人には存在意義が理解できる、そんなものだった。
 良太は校門へと駆け出した。


「真田さん! わかりましたぁぁ!」


「えっ……? 本当に!」


 良太は京子の手を固く握り、頭を下げた。


「真田さんのおかげで、見つけることができました。修は本当に変わろうと、いろんなことを勉強していたんです!」


「何が、暗号だったの?」


 良太は息を飲み、自信満々にその名を放った。




「暗号の正体は、『点字』です」





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