エタニティオンライン
精鋭の向かう先
────アキは、一睡もできなかった。
エタニティオンラインでは眠気と呼べる概念は存在しない。機能の一つである擬似睡眠も、脳の活動を一時的に低下させることで体感時間を短縮しているだけであった。
アキにとってそんなことはとうに知れている。そうであるならなおさら、決行前夜にのんきに寝てなどいられなかった。
如何なる状況にも対処できるようにシミュレーションをしていたのだ。
もし何かの拍子に『協力者』が現れたとして……一撃必殺の前では、まず勝つのは不可能に近い。これに関してだけは、どれだけシミュレーションをしようが敵うとは思えない。
それなら『協力者』を無視して、みんなで脱出する方法……。
「テンマの推測通りなら……みんなを脱出させることができるかもしれない」
しかし、もしこの選択をした場合、俺は確実に残らなくちゃならない。
いや、そもそも『それ』が分かった時点でこれは俺個人の戦いになる。他の人達を巻き込むわけにはいかない。
俺が、残ろう。
一瞬、『死』が頭をよぎったが、アキの呼吸は乱れなかった。ようやく心から、この場に存在できた気がした。
まるで縛り付けていた鎖が崩れ落ちたように、体は柔らかく動く。
「よし」
────アキはクオンが目覚めるのを待ってから、共にフラメラーズホテルへと向かった。時刻は十一時を過ぎた頃だった。
『作戦決行まで、残り四十五分』
突き抜けるように青い空と柔そうな白い雲、眩いばかりの太陽がディザイアを見下ろしていた。
「今日はがんばろうねアキ!」
「そうだな、これも重大な作戦の一つ。何もないことを祈るばかりだよ」
メインストリートを歩く二人が他愛もない会話をしていると、あっという間にフラメラーズホテルへと到着した。
扉を開けると、フラメラーズカフェから数人の声が聞こえてきた。二人でそちらへ向かうと、精鋭隊の面々が揃っていた。
テンマ、青龍、白虎、カトレアがカフェ入り口に立つアキとクオンに振り向く。
「よし、玄武の二人が来たな」
「はぁ。面倒だけど仕方ないかぁ」
「青龍、ここまで残っておいてその発言は、ただの照れ隠しにしか見えないわよ」
「ハハッ、誰が」
「……テンマ、始めよう」
白虎に促されたテンマは席を立ち、大きく二度手を叩いた。
「注目! 我々は時計塔より東西南北へ別れ、ディザイアに残ったプレイヤーを一斉に捜索、護衛、誘導してログアウトホールへと入ってもらう!
この際、何者かの邪魔が入った場合は早急に連絡、集合すること。
より詳細な説明は時計塔の下で行う。では皆の者、出発するぞ!」
精鋭隊の面々はいつになく緊張した面持ちで椅子から立ち上がった。
隣に立つクオンが、肘でアキの脇腹を突いてきた。
「ねぇねぇアキ、フラメルさんいなかったね」
「あー確かに」
二人の会話を聞いたテンマが、アキの代わりに答えた。
「フラメルならば食糧を買いに行っている。まあ、備えあれば憂いなしということだ」
クオンは「ほへー」と目を丸くするばかりであった。
準備が済んだ精鋭隊はフラメラーズホテルを後にし、時計塔へと歩き出した。
「そういえばさ、こうやって街中をみんなで歩くのって久々だね!」
「そうね。思えば、この集まりも長くなったものね」
「初めは『ディザイア精鋭調査隊』だったのだが、『アビスへの遠征、調査』って目的がなくなってから自然と精鋭隊、と略すようになったのだ」
当初の目的は、アビスへ遠征に行くだけだったんだよな。それから山脈でこの事件の真相を知り、ヴァルカンで惨劇を目の当たりにして、アビスで大切な友人達を失い、そしてディザイアに帰ってきたんだ。
「全部、忘れるわけにはいかない過去だよ」
「……アキの言うとおりだ」
白虎は自らの手の感触を再確認するように、掌をこすった。
「んま、強い人らと一緒にいればきっと面白いと予想したのは、的中したねぇ」
「幻の竜使いアキ、これを発見でき、正式な謝罪が聞けただけでもこの旅は大収穫だったわ。今では、良き仲間でもあるし」
カトレアは横目でアキを見た。口元には笑みを浮かべ、そのつり目は珍しく優しい光を放っている。
「あとはこの作戦を成功させるだけ、か」
そう呟いたアキが遠方に見えてきた時計塔を眺めた。心拍数が上昇しているのが手に取るようにわかる。だが、幸い体にも顔にもそれは現れていない。
『作戦決行まで、残り五分』
エタニティオンラインでは眠気と呼べる概念は存在しない。機能の一つである擬似睡眠も、脳の活動を一時的に低下させることで体感時間を短縮しているだけであった。
アキにとってそんなことはとうに知れている。そうであるならなおさら、決行前夜にのんきに寝てなどいられなかった。
如何なる状況にも対処できるようにシミュレーションをしていたのだ。
もし何かの拍子に『協力者』が現れたとして……一撃必殺の前では、まず勝つのは不可能に近い。これに関してだけは、どれだけシミュレーションをしようが敵うとは思えない。
それなら『協力者』を無視して、みんなで脱出する方法……。
「テンマの推測通りなら……みんなを脱出させることができるかもしれない」
しかし、もしこの選択をした場合、俺は確実に残らなくちゃならない。
いや、そもそも『それ』が分かった時点でこれは俺個人の戦いになる。他の人達を巻き込むわけにはいかない。
俺が、残ろう。
一瞬、『死』が頭をよぎったが、アキの呼吸は乱れなかった。ようやく心から、この場に存在できた気がした。
まるで縛り付けていた鎖が崩れ落ちたように、体は柔らかく動く。
「よし」
────アキはクオンが目覚めるのを待ってから、共にフラメラーズホテルへと向かった。時刻は十一時を過ぎた頃だった。
『作戦決行まで、残り四十五分』
突き抜けるように青い空と柔そうな白い雲、眩いばかりの太陽がディザイアを見下ろしていた。
「今日はがんばろうねアキ!」
「そうだな、これも重大な作戦の一つ。何もないことを祈るばかりだよ」
メインストリートを歩く二人が他愛もない会話をしていると、あっという間にフラメラーズホテルへと到着した。
扉を開けると、フラメラーズカフェから数人の声が聞こえてきた。二人でそちらへ向かうと、精鋭隊の面々が揃っていた。
テンマ、青龍、白虎、カトレアがカフェ入り口に立つアキとクオンに振り向く。
「よし、玄武の二人が来たな」
「はぁ。面倒だけど仕方ないかぁ」
「青龍、ここまで残っておいてその発言は、ただの照れ隠しにしか見えないわよ」
「ハハッ、誰が」
「……テンマ、始めよう」
白虎に促されたテンマは席を立ち、大きく二度手を叩いた。
「注目! 我々は時計塔より東西南北へ別れ、ディザイアに残ったプレイヤーを一斉に捜索、護衛、誘導してログアウトホールへと入ってもらう!
この際、何者かの邪魔が入った場合は早急に連絡、集合すること。
より詳細な説明は時計塔の下で行う。では皆の者、出発するぞ!」
精鋭隊の面々はいつになく緊張した面持ちで椅子から立ち上がった。
隣に立つクオンが、肘でアキの脇腹を突いてきた。
「ねぇねぇアキ、フラメルさんいなかったね」
「あー確かに」
二人の会話を聞いたテンマが、アキの代わりに答えた。
「フラメルならば食糧を買いに行っている。まあ、備えあれば憂いなしということだ」
クオンは「ほへー」と目を丸くするばかりであった。
準備が済んだ精鋭隊はフラメラーズホテルを後にし、時計塔へと歩き出した。
「そういえばさ、こうやって街中をみんなで歩くのって久々だね!」
「そうね。思えば、この集まりも長くなったものね」
「初めは『ディザイア精鋭調査隊』だったのだが、『アビスへの遠征、調査』って目的がなくなってから自然と精鋭隊、と略すようになったのだ」
当初の目的は、アビスへ遠征に行くだけだったんだよな。それから山脈でこの事件の真相を知り、ヴァルカンで惨劇を目の当たりにして、アビスで大切な友人達を失い、そしてディザイアに帰ってきたんだ。
「全部、忘れるわけにはいかない過去だよ」
「……アキの言うとおりだ」
白虎は自らの手の感触を再確認するように、掌をこすった。
「んま、強い人らと一緒にいればきっと面白いと予想したのは、的中したねぇ」
「幻の竜使いアキ、これを発見でき、正式な謝罪が聞けただけでもこの旅は大収穫だったわ。今では、良き仲間でもあるし」
カトレアは横目でアキを見た。口元には笑みを浮かべ、そのつり目は珍しく優しい光を放っている。
「あとはこの作戦を成功させるだけ、か」
そう呟いたアキが遠方に見えてきた時計塔を眺めた。心拍数が上昇しているのが手に取るようにわかる。だが、幸い体にも顔にもそれは現れていない。
『作戦決行まで、残り五分』
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