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足立韋護

賑やかなホテル

「どうも、こんにちは。アキさん」


 茶の入った湯呑みをテーブルに置き、ゆっくりとこちらを見上げてきたのは、織笠文その人であった。その隣に腰掛けている人物は、もちろん織笠の護衛役であるマーベル。いつも通りの、幼い体つきの少女だ。


 アキは大体の状況を悟った。


 事情を説明するフラメルと織笠の話と自分の理解とを併せることで真相を掴むことができた。


 テンマから、俺が崖から落下して助かった理由を聞いたついでに、織笠文やマーベルのことを教えてもらっていたんだ。
 崖の下に急造の棚があることの説明をする上で、二人の情報は必要不可欠だ。


 問題はそこから。フラメルさんは街の有志数人とわざわざ『風巻の山脈』へ訪れたのだという。俺達精鋭隊の力になるために。


 その後、俺が死んでしまっては西倉修の計画の阻止を頼める人物がいなくなってしまう、ということを織笠が危惧してわざわざ出向いてくれたらしい。
 マーベルの喚起した『クリムゾンドラゴン』に織笠、マーベル、フラメルらが乗って、『風巻しまきの山脈』から『時雨の渓谷』へとすぐに向かってきた。


 こうして、あの天変地異とも見紛う現象が発生したのだ。


「へっぽこめ! 負けそうになってたじゃない!」


 マーベルは席を立ってアキを指差すと、テンマがアキの前へ庇うようにして立った。


「まんまと人質を取られたのは、私の作戦が甘かったせいだ。私の責任なのだ。むしろアキは優秀な戦略を即興で組み立て、成功して見せた。女子よ、彼は褒められるべき男だ」


「お、おなご……。でもアキはどんな理由があろうと、お姉ちゃんの願いを達成させないといけないんだよ! だから力添えしたのに!」


「マーベル、それまでにしなさい。続きは私から話します」


「確かに、マーベルの言う通り織笠さんの言うことを聞くだけなら、ログアウトホールに入ることができた時点で、無理にでもログアウトすべきだった。
 でも、『協力者』がいる限り、たとえ西倉修を捕らえたとしてもその罪は勝手に増えていく。このままだと西倉修を完全に救うことはできない、と思ったんだ」


「……なるほど」


 その意見を予想していたように、織笠は素直に頷いた。


「それに現実世界では既に西倉修が追われる身になってる。犯人を伝える役割を担った俺の仕事は、現実の大人達が終わらせてくれた。俺にできることは、この世界で『協力者』を見つけ出して捕まえることだけなんだ」


 テンマみたいな立派な動機じゃない。ただ、きっと俺は真相を知らなくちゃいけないんだ。


「お優しいんですね。あなたは」


「え?」


 織笠文は席に座ったまま俯いていた。膝の上で握った拳は、薄っすら白くなっている。


「他の方のために動かれていたことは、フラメルさんから聞きました。それは私達にとっても例外ではありません。なんだか、自分が情けなくなりました。私一人では修を叱りつけることも、改心させることもできない」


 部屋の中がしんと静まり返った。


「……ココア、持ってきますね」


 フラメルはそう言い残して部屋から出て行った。テンマもなんと声をかけていいやら考えあぐねているようだ。
 アキは一歩前に進んで織笠を見下ろした。


「初めて会って話したとき、織笠さんも西倉の仲間だと思ってしばらく敵視していました。身勝手な理由で俺達ユーザーの命まで弄んだ西倉の、その事情を全て知っていて、尚且つ不本意とはいえこの事件の発端を担ってしまったのだから。
 でも今は織笠さんのことを敵視してない」


「……どうしてですか?」


「織笠さんも俺達と同じく、身勝手な理由で命を弄ばれた被害者。だからだよ」


 織笠はふと顔を上げると、憂いを帯びたアキの視線がこちらに向いていた。その視線は織笠を見ているようで、どこか遠くを眺めているようにも見えた。


「西倉修がもしこの世界に降り立ってしまったなら、自分の素直な思いをぶつけてみるべきだ」


 織笠は立ち上がった。落ち着いた雰囲気はそのままに、どこか瞳に光が灯ったかのようであった。その瞳が改めてアキを捉えた。


「あなたとお話ができて良かった。マーベル家へ帰りましょう」


「え、お姉ちゃん?」


「私にもやるべきこと、備えるべきことがありますよ。『協力者』は彼らに任せましょう」


 織笠が部屋の扉を開けようとすると、先にフラメルが向こうから開けてきた。


「あっ、織笠さん、もう行くのでしょうか?」


 織笠はトレーに並べられたココア入りのカップを一つ持ち上げ、クッと飲み干した。


「ご馳走様」


 一言呟いてカップをトレーに戻し、うやうやしく頭を下げた織笠はフラメルの横を通り過ぎ、フラメラーズホテルから去っていった。マーベルも焦ったようにその後を追いかけていった。


「あ、忘れてた。フラメルさん、わざわざ『俺達』のためにありがとうございました。お陰で一人も人質を犠牲にせずに済みました」


「んー……少し違いますが、まあ良しとしましょう。アキさん、テンマさん、ココアをどうぞ」


 フラメルから手渡されたココアを口にしてみると、程よく温かく、程よく甘く、そして何より手渡した人の思いが入っているように思えてならなかった。


「美味しい」


 アキは穏やかに笑って見せた。

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