エタニティオンライン

足立韋護

小さな不安と小さな痛み

 雨も上がり、視界は良好と言えるまでになった渓谷で、精鋭隊とフールギャザリングは戦に相応しい規模の戦闘を繰り広げていた。


「白虎、無理やり連れられた街の人達とモガミの姿が見えない。一応警戒しておこう」


 白虎は頷いた。
 よく見てみると戦闘中のテンマも時折周囲を見回していた。頻繁に転移を繰り返しているテンマですら、モガミの姿は見つけられていないようだった。


 それが気になりつつもアキはもう一度スキルメニューを確認し、口の端を上げた。


「『ロックサイクロプス』喚起」


 走り続けるアキ達の前方に岩の巨人が出現した。アキを確認すると、のそのそと歩いてきた。


「ロックサイクロプス、俺達の右側に付いてきてくれ」


 ロックサイクロプスはその意図を理解していないものの、言葉通りにアキ達の右側に付いて歩行速度を合わせた。


 インターバルタイムの終了が間に合った! ロックサイクロプスを壁に使えば、正面の右方の攻撃をある程度防ぐことができる。左は崖だから、あとは前方と後方に気をつける。


 アキは心の奥にチクリと痛みを感じつつも、前方を凝視し続けた。
 前方の陣形は特に乱れ、クオンと青龍がいかに荒らしたかが理解できた。


────爆音が鳴り響く。真横のロックサイクロプスが黒煙を上げて走り続けていた。
 右方から放たれた火炎スペルのようだ。回復薬を取り出そうとしたアキだったが、胸中の何かをくっと堪えて水神鞭に持ち替えた。


「……撹乱の効果か、こちらへ向かう攻撃も少ない」


「確かに、思ってみればそうだ」


「隊列の動きがスムーズだ。お陰でそろそろ、接敵するぞ」


「ああ」


 鞭を大きくしならせ、前方の剣を持って待ち構えている信者の手の甲を叩きつけた。不意の攻撃に、信者は悲鳴を上げながら剣を落とした。手の甲からは血が滴り落ちている。
 アキは走りながら、数々の信者達の顔面や武器を持つ手を的確に狙った。


 真横の白虎が『地隆爪ぢりゅうそう』と言い、槌を地面へ叩きつけると地面が隆起し、それが前方に連なって加速していく。
 やがて信者達の足下で跳ね上がるようにして隆起し、三人の信者がこちらへ向かって飛ばされてきた。


「……大量だ」


 大槌を左から強く振りかぶった。肉と骨の砕ける音が鳴り響き、二人の信者が右側へと飛ばされていく。白虎は残る一人の信者を視線で探した。
 先に飛ばされた二人の信者を踏み台にして強引に後退していたのか、残された一人は無傷で済んでいた。


 その信者は滑らかに体勢を立て直し、姿勢を低くして白虎へと迫る。


「チィッ……!」


 大槌を振りかぶり過ぎたせいで体勢を戻す機会が遅れた。
 アキは咄嗟に水神鞭を信者の足元へと伸ばした。上手く足首に絡みついた鞭は、信者の足をもつれさせる。


「手間をかけさせないで。『ファイアボール』」


 信者が体勢を立て直す前に白虎の後ろから火球が飛んでいく。それは信者の胴体部に当たると輝く光を放って爆発した。
 白虎が振り向くと、カトレアがじろりと見上げてきた。


「助かった。二人とも」


「慢心しない。油断しない。足を止めない。もうMPが底を尽きそうだから、あとは頼むわよ」


「絶対に離れちゃダメだ。こうして補い合える!」


「ああ……!」


 アキは背後のモンスター達へと顔を向けた。


「ここまで来れば背後からの攻撃は心配なさそうだ。みんな、まだ戦えるな! 前方に総攻撃だ!」


 足の速いバーンウルフが先行した。そのあとをプチベビーワイバーンとコボルトが追いかけ、ゴブリンロードとプチエンジェル、プチゴーレムがアキ達に並んだ。
 バーンウルフは既に接敵しており、それほどまでに半円形の陣形にまで接近することができた。

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