エタニティオンライン
勇敢なる騎士
────『時雨の渓谷』の霧雨はより一層濃さを増していた。
響き渡る金属音と飛散する火花が戦いの最中であることを示していた。
「『ナイトブレイブ』『粉砕牙』」
ナイトのスキルの中でも腕力の上昇率が高く、人気のある『ナイトブレイブ』によって、白虎の両拳が紅色に輝いた。同時に大槌を真横へ振りかぶる。
鈍い音が鳴った。一人分の手応えだと確信してから、ひとまず背後に飛び退き、その場から距離をとった。
視界はこれまでにないほど白く染まり、相対する敵は薄っすらとしか見えない。まるで濃霧のような渓谷で、白虎は二十分もの間、戦い続けていた。
白虎の計算によれば、先程の『粉砕牙』で殴り飛ばした者も含め、撃退した信者の数は三人中三人。よって信者はすでに残ってはいなかった。白虎は三人が痛みと恐怖でしばらくは動けないだろうと踏んだ。
しかしながら、白虎の半ば当てずっぽうの大振りは未だにシンとカグネへは届かずにいた。
「拳が見えているよ。白虎」
『ナイトブレイブ』のエフェクトによって、拳の位置を晒してしまっていた。霧雨の中ではよく目立つエフェクトだった。
シンはわざわざ敵の弱点を口に出すことで、仲間へ暗に不意打ちを指示しているのだろうと白虎は読んだ。
シンのレア武器『打天』による打撃は的確かつ強烈であった。この時、白虎は減少した体力を回復薬で癒しつつ、妙なことに気がついていた。
カグネの攻撃が届いていない。正確に表現するなら、白虎の視認できる範囲にすら入っていなかった。
「そんなことでは、動きがバレバレだ!」
白虎の思考を遮り、突如白いモヤのような霧雨の中から棍が飛び出してきた。的確に顔面を狙った一撃は、膝を折った白虎の兜上部をかすった。その反動によって白虎の兜が地面に落下する。
「チィッ!」
どこからか聞こえる舌打ちとともに、棍が視認範囲から消えていく。
周囲を警戒しつつ、素顔を晒した白虎は頭の中で一つの仮説を立てた。
「機を、窺っているのか……?」
この仮説が全て正しかったとすれば、精鋭隊を待たずともこの場の形勢を逆転できるかもしれない。そもそも精鋭隊を待っている間に敵の援軍があれば一巻の終わりである。
思考を巡らせた白虎は賭けをすることにした。失敗すれば勝つことが困難となってしまう賭けだが、この機会を逃したくなかった。
「さっきから動く気配がないけれど、仲間が来るまで待つつもりかい?」
「……そこか」
白虎は腕を真横に振り下げ、遠心力を利用して大槌を勢い付けて振り投げた。回転しつつ霧の中へ消えていった大槌は、やがて何かに激突する音を響かせた。
白虎が音の方へと近寄ると、左肩を押さえ込んで倒れているシンが見えてきた。その横には大槌が重々しく転がっている。
「まさか投擲とはね……。カグネ、回復までの時間を稼いでくれないか!」
『ナイトブレイブ』の効果が消失した白虎が辿り着く時には既に、カグネがシンの横に立っていた。表情は判別できないが、カグネの剣は間違いなく横たわるシンへと向いていた。
「『ナイトブレイブ』。抵抗すれば容赦できません」
「カグネ……?」
「シン、ごめんなさい。あなたの理想、私には理解できませんでした。永遠をこのような閉塞された世界で過ごすなど、私にとっては地獄そのもの。残ることを望まない者までも巻き込むなんて、まるで悪魔の所業、狂気の沙汰です」
カグネは涙声とともに、シンを説得するようにして話を続けた。
「シン、お願いです。手遅れになる前にこんなこともうやめにしましょう。モガミなんかの妄言に惑わされないでっ」
白虎は近寄りつつ、自身の立てた仮説が正しかったことに心底安堵した。
カグネが何らかの理由でシンの意向に反する考えを持っていたのなら、シンがトライデントアタックの詳細を知らなかったことと、白虎に攻撃が及ばなかったことが繋がる。
テンマがトライデントアタックの詳細を省いたのではなく、テンマとシンの連絡係を務めていたカグネが意図的に省いたのだった。
白虎がトライデントアタックの事実を教えた際、周囲の動揺やシンの反応に比べて、カグネは表情一つ変えることなく冷静沈着であった。
味方同士とはいえ実力で及ばないシンに、どうすれば有利な立場で話し合いの場を設けることができるのか。結果、敵の力を借りることであった。
なぜ不意打ちでなく、話し合いにしたかったのか。それをカグネの発言から白虎は汲み取ることができた。
「ヴァルカンの人々をみんな脱出させたら、一緒にログアウトしようって言ってくれたよね。現実世界でお茶でもして、この事件を一緒に振り返りたいって言ってくれたよね。
真一郎、もう帰ろう? 私はあなたと一緒に帰りたいよ」
「私もカグネと共にいたいと思っている。しかし……」
二人の会話を聞きながら、白虎は「……霧が晴れてきた」と呟いた。霧雨が止み始めていた。
差し伸べられたカグネの手をシンは渋い顔で見つめている。
突然、カグネは背中に衝撃を受けたようにして、シンの上に覆い被さって倒れた。
「カグネ!」
カグネの背後には手に短剣を携えた信者の一人が立っていた。
「何故カグネを攻撃した!」
「こ、拳が光っていたから……」
シンは乱暴に『打天』をその信者へと投げつけ、カグネに回復薬を飲ませるために瓶の口をカグネの唇に当てた。
「早く、早く飲むんだ!」
カグネは首を振った。虚ろな眼は晴れつつある空を見上げていた。
「一緒に帰る、と、言って……下さい」
シンは息を大きく吸ってから、何度も繰り返し頷いた。カグネは固まった表情を崩して穏やかに笑って見せた。
口を開き、シンの回復薬を受け入れた。
白虎は、この光景すらもカグネの計算の内だったのかもしれない、と瞼を閉じて僅かに口端を上げた。
響き渡る金属音と飛散する火花が戦いの最中であることを示していた。
「『ナイトブレイブ』『粉砕牙』」
ナイトのスキルの中でも腕力の上昇率が高く、人気のある『ナイトブレイブ』によって、白虎の両拳が紅色に輝いた。同時に大槌を真横へ振りかぶる。
鈍い音が鳴った。一人分の手応えだと確信してから、ひとまず背後に飛び退き、その場から距離をとった。
視界はこれまでにないほど白く染まり、相対する敵は薄っすらとしか見えない。まるで濃霧のような渓谷で、白虎は二十分もの間、戦い続けていた。
白虎の計算によれば、先程の『粉砕牙』で殴り飛ばした者も含め、撃退した信者の数は三人中三人。よって信者はすでに残ってはいなかった。白虎は三人が痛みと恐怖でしばらくは動けないだろうと踏んだ。
しかしながら、白虎の半ば当てずっぽうの大振りは未だにシンとカグネへは届かずにいた。
「拳が見えているよ。白虎」
『ナイトブレイブ』のエフェクトによって、拳の位置を晒してしまっていた。霧雨の中ではよく目立つエフェクトだった。
シンはわざわざ敵の弱点を口に出すことで、仲間へ暗に不意打ちを指示しているのだろうと白虎は読んだ。
シンのレア武器『打天』による打撃は的確かつ強烈であった。この時、白虎は減少した体力を回復薬で癒しつつ、妙なことに気がついていた。
カグネの攻撃が届いていない。正確に表現するなら、白虎の視認できる範囲にすら入っていなかった。
「そんなことでは、動きがバレバレだ!」
白虎の思考を遮り、突如白いモヤのような霧雨の中から棍が飛び出してきた。的確に顔面を狙った一撃は、膝を折った白虎の兜上部をかすった。その反動によって白虎の兜が地面に落下する。
「チィッ!」
どこからか聞こえる舌打ちとともに、棍が視認範囲から消えていく。
周囲を警戒しつつ、素顔を晒した白虎は頭の中で一つの仮説を立てた。
「機を、窺っているのか……?」
この仮説が全て正しかったとすれば、精鋭隊を待たずともこの場の形勢を逆転できるかもしれない。そもそも精鋭隊を待っている間に敵の援軍があれば一巻の終わりである。
思考を巡らせた白虎は賭けをすることにした。失敗すれば勝つことが困難となってしまう賭けだが、この機会を逃したくなかった。
「さっきから動く気配がないけれど、仲間が来るまで待つつもりかい?」
「……そこか」
白虎は腕を真横に振り下げ、遠心力を利用して大槌を勢い付けて振り投げた。回転しつつ霧の中へ消えていった大槌は、やがて何かに激突する音を響かせた。
白虎が音の方へと近寄ると、左肩を押さえ込んで倒れているシンが見えてきた。その横には大槌が重々しく転がっている。
「まさか投擲とはね……。カグネ、回復までの時間を稼いでくれないか!」
『ナイトブレイブ』の効果が消失した白虎が辿り着く時には既に、カグネがシンの横に立っていた。表情は判別できないが、カグネの剣は間違いなく横たわるシンへと向いていた。
「『ナイトブレイブ』。抵抗すれば容赦できません」
「カグネ……?」
「シン、ごめんなさい。あなたの理想、私には理解できませんでした。永遠をこのような閉塞された世界で過ごすなど、私にとっては地獄そのもの。残ることを望まない者までも巻き込むなんて、まるで悪魔の所業、狂気の沙汰です」
カグネは涙声とともに、シンを説得するようにして話を続けた。
「シン、お願いです。手遅れになる前にこんなこともうやめにしましょう。モガミなんかの妄言に惑わされないでっ」
白虎は近寄りつつ、自身の立てた仮説が正しかったことに心底安堵した。
カグネが何らかの理由でシンの意向に反する考えを持っていたのなら、シンがトライデントアタックの詳細を知らなかったことと、白虎に攻撃が及ばなかったことが繋がる。
テンマがトライデントアタックの詳細を省いたのではなく、テンマとシンの連絡係を務めていたカグネが意図的に省いたのだった。
白虎がトライデントアタックの事実を教えた際、周囲の動揺やシンの反応に比べて、カグネは表情一つ変えることなく冷静沈着であった。
味方同士とはいえ実力で及ばないシンに、どうすれば有利な立場で話し合いの場を設けることができるのか。結果、敵の力を借りることであった。
なぜ不意打ちでなく、話し合いにしたかったのか。それをカグネの発言から白虎は汲み取ることができた。
「ヴァルカンの人々をみんな脱出させたら、一緒にログアウトしようって言ってくれたよね。現実世界でお茶でもして、この事件を一緒に振り返りたいって言ってくれたよね。
真一郎、もう帰ろう? 私はあなたと一緒に帰りたいよ」
「私もカグネと共にいたいと思っている。しかし……」
二人の会話を聞きながら、白虎は「……霧が晴れてきた」と呟いた。霧雨が止み始めていた。
差し伸べられたカグネの手をシンは渋い顔で見つめている。
突然、カグネは背中に衝撃を受けたようにして、シンの上に覆い被さって倒れた。
「カグネ!」
カグネの背後には手に短剣を携えた信者の一人が立っていた。
「何故カグネを攻撃した!」
「こ、拳が光っていたから……」
シンは乱暴に『打天』をその信者へと投げつけ、カグネに回復薬を飲ませるために瓶の口をカグネの唇に当てた。
「早く、早く飲むんだ!」
カグネは首を振った。虚ろな眼は晴れつつある空を見上げていた。
「一緒に帰る、と、言って……下さい」
シンは息を大きく吸ってから、何度も繰り返し頷いた。カグネは固まった表情を崩して穏やかに笑って見せた。
口を開き、シンの回復薬を受け入れた。
白虎は、この光景すらもカグネの計算の内だったのかもしれない、と瞼を閉じて僅かに口端を上げた。
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