エタニティオンライン

足立韋護

アンカニーバレー

────ぼんやりと町中を歩き回った。「考えを整理したい」とテンマに伝えてから、閑散とした町中を、ひたすら歩き続けた。
 日も暮れ、視界の中の街灯が燈り始める。坂を登り降りしつつ、当てもなく歩きながら暗くなりゆく空を眺めた。


「死んだ」


 自らの頭の悪さにはほとほと呆れてしまう。身近な人間が死んで初めて、今のエタニティオンラインがどれほど危険なのかを、正しく認識することができた。
 呑気にしてる場合じゃない。人は、あんなにも簡単に死んでしまうものなんだ。俺は……俺には、何が出来た?
 俺には、誰かを守るために戦う覚悟があるのか。


「俺がモンスターを喚起さえしていれば……」


 何が管理だ。何がズルだ。
 そもそもユウの刀が変貌したのは、ミスガルドを刺したせい。あの時俺が喚起していれば、あの場を制圧して最終的にユウの命を守ることができたかもしれない。
 ラインハルトに復活薬を持ったモンスターを付けていれば、ユリカさんを助けられたかもしれない。そうすればラインハルトだってああはならなかった。
 タナトスもアドルフも、俺が初めからモンスターを喚起していれば守れたかもしれないじゃないか。


 俺はいくつもの機会を逃していた。助けたい守りたいと口で言いながら、実際にはこの世界の戦いから目を背けていた。


「どうすれば良い」


 この世界のプレイヤー全員を守るのは無理だ。それなら、それなら……周りのプレイヤー、仲間だけでも、喚起でもなんでもして俺が守らなくちゃいけない。
 もう手段は選ばない。


 アキは腰にある水神鞭の持ち手を固く握りしめる。
 何の目的もなく歩いていると、クエストの受注などができるディザイアにもあった『憩いの酒場』が視界に入った。歩いているうちにアビスの町の出入り口付近まで回ってきていたようだ。
 使い古された木の扉を開け、木の軋む心地良い音とともに店内に足を踏み入れた。


「たまには一人で過ごすのも、悪くないか」


 ここ数日、単独で行動することが極端に減っていた。気の休まる時間を見つけたアキは、平和に暮らすNPC達を横目で見ながらカウンターに座った。もちろんプレイヤーはアキ以外一人もいない。


「アイスココアとスクランブルエッグ」


「はいよ!」


 威勢良く返事をしたマスターは、どこからともなくココアの入ったマグカップと出来立てのスクランブルエッグを取り出した。即座に置かれたそれらをアキはじっと見つめた。


「現実に似てる。けれど、どれだけ似せても現実じゃない。現実じゃ、ココアとスクランブルエッグは一瞬で出てこないんだよ」


「にいちゃん何言ってんだ。ここじゃこれが当たり前だぜ」


「あんたも客達も、ココアもスクランブルエッグも、結局ただのデータだ」


 マスターはおどけたように肩をすくめながら、カウンターの奥へ歩いていく。
 アキはアイスココアに口をつける。甘く芳しい香りが鼻を抜ける。


「フラメラーズホテルのココアと、同じ味だ」


 途端にスクランブルエッグを激しくかきこみ、アイスココアを一気に飲み干したアキはマスターにお代を払って店を出た。アキは煌めく星々を見上げて一言呟いた。




「俺はこの世界を────」




 近くにあるアビスの出入り口が騒がしいことに気がついた。小走りで向かうと、テンマと何者かが言い争っているようだった。テンマの話し相手は、仮面を付けていた。


「貴様らなんぞに町を明け渡してたまるか」


「それは残念。では、全面戦争ということになります」


「話し合いも出来ん相手には武力行使するしかあるまい。お前達を率いる者に伝えろ。受けて立つとな」


「確かに。それでは」


 仮面をつけたプレイヤーは颯爽と草原の奥へ消えていった。
 アキがテンマへと駆け寄ると、向こうも気がついたようで片手を上げてきた。


「頭の整理はできたのか?」


「ああ。それより、さっきのはもしかして」


「その通り、仮面の一味だ。天馬騎士団は町から出て行け。さもなくば戦争を仕掛ける、と使者を通じて宣告された」


「……許せないな」


「ああ。いつ襲ってくるかわからない。一度作戦を立てることにしよう」


 テンマがちらと門の向こうを見て、その目を疑ったように注視する。アキが視線を追うと、草原の向こうには四十人余りの仮面を顔につけたプレイヤー達がゆっくりとアビスへ向かってきていた。


「初めから戦うつもりだったのだな」


「そっちがそのつもりなら……」


 アキは鋭い眼光で、仮面のプレイヤー達を睨みつける。

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