エタニティオンライン

足立韋護

合流地点

 村からアビスへは見通しの良い草原を通る。剥き出しになった土の道を辿っていく。フィールド名『潮風の平原』とメニュー画面に表記してある通り、東側に見える木々の向こう側には海があるため微かに潮の匂いが香ってくる。
 アキ達は背後の山脈地帯が薄らぐ位置まで歩いてきた。体感では一時間程度だったが、もっと短いような気もする。そんな時、クオンが突然前方を指差した。


「ねね、あれなんだろう」


 アキとテンマが指の先を追って見ると、平原に自生していた木の陰にモンスターが二匹倒れている。
 近づいていくにつれて、アキの両瞼が大きく開いていく。


「プチベビーワイバーン、それにコボルトも! 追跡は振り切られたか。消えてないってことは、幸いまだ死んでないな」


 アキは先行して二体に駆け寄り、腰に携えた水神鞭を取り出した。スキルメニューを開き、左上にある水色のアイコンを押すと水神鞭から無色透明な液状の触手が出現し、プチベビーワイバーンとコボルトの体にまとわりついた。


「ほほう、それは水神鞭の力か」


「ああ。自分が喚起したモンスターを一度に三体まで回復してやれる。あと二十秒くらいで満タンになるかな」


「毎度思うんだけどその触手気持ち悪いね」


「何言ってるんだよ。これは水神の御手。れっきとした手だ」


 そんな話をしている間に、触手のような水神の御手は水神鞭の中へ戻っていく。それと同時に、プチベビーワイバーンとコボルトは元気よく立ち上がった。


「もう帰してやるからな、お疲れさん。『プチベビーワイバーン』『コボルト』返還」


 地面に開いた穴にプチベビーワイバーンとコボルトが入っていくのを、アキ達は見送った。


「そのままにしておかないの?」


「喚起した奴らは奴隷じゃないんだ。主人が気に入らなきゃすぐに逃げる。だから機嫌をとりつつ協力してもらわなきゃならない」


「私達のステータス同様、隠されたステータス『友好度』だな。どのNPCにもある機能だ」


「それと前にも言ったとおり、俺はそういうのズルい感じがして好きじゃないんだ」


「あれ、そんなこと言ってたっけ……? でも大変そうだね」


 アキは水神鞭を巻いて腰の紐に取り付ける。


「ひとまず奴らがここを通って行ったってことに間違いないな。この先にはもう、アビスしかない」


 いつの間にかアビスは俺に関係する人々ばかりになっていた。精鋭隊や騎士団、キュータ、仮面の一味、そしてユウ。どう転んだとしても戦いは避けられない。


「行こう」


 アキを先頭にして、一行は草原地帯を歩き続けた。
 中級者向けフィールド『潮風の草原』は、モンスターも弱く、出現頻度も少ない比較的安全な地帯だった。目立って邪魔されることなく歩みを進めることができた。
 道中、アキはテンマがワームホールを開き、手だけを突っ込んで何かしていることに気がついた。


「時々そうやってワームホールを開いてるけど、何やってるんだ?」


「ああ。武器の場所を変えているのだ」


「武器ってあの格好良い剣のことか」


「激レア……SSR武器である『バルムンク』。ワームホールの有効範囲は半径二十メートル。ワームホールですぐに取り出せるように、この範囲内に置いているのだ。前方をよく見てみろ」


 アキとクオンが草原の先を見てみると、両刃で幅のある宝玉の付いた大剣がひとりでに揺れ動いている。よく見るとその柄を手が掴んでいた。


「まあこういうことだ。いつも半径二十メートル以内にあの武器があるように調整している」


「でもさぁ、私みたいにアイテムチェストに入れておけば解決じゃない?」


「ふふん、このワームホールから出したほうが、格好良いだろう?」


 テンマは兜の顎に手を置いた。その奥の表情はにやけているに違いない。


 剥き出している土の道が徐々に曲がり始め、やがて『港へ続く道』に東側から合流した。かつてアースイーターを使役した『鬱屈の湿地帯』方面の道を見ると、『閉塞の洞窟』へ続く分かれ道が見えた。アビスからヴァルカンへ行く際に通った道だ。
 そしてアキは反転した。すぐ目の前には港町にして三大都市の一つ、アビスの石壁と門が見える。


「久々だね」


「……ああ」
 

「覚悟はできているのか? ユウは恐らく、ここにいる」


 覚悟があるかと問われれば、即答は出来ない。必要とあらば人を殺せるかと問われれば、俺は俯くと思う。まだ迷いはある。
 でも進まないわけにはいかない。役に立つために、助けるために、この世界から脱出するために。俺にはその力があるんだから。


「ありがとう。大丈夫だ」


 アビスへ向けて、アキ達は足を踏み出した。

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