エタニティオンライン

足立韋護

与奪の感触

 カグネが深々と頭を下げ、その横のシンはテンマが来ることを予期していたように驚くこともなく、平然としていた。


「ではここからは私ではなく、テンマが仕切ったほうが良いだろうね」


 テンマはシンと真逆、最も入り口に近い椅子に腰掛ける。


「わかった。シン、ご苦労だったな。メッセージ機能でシンから粗方説明は受けている。ひとまずラインハルト、お前は一度ここから出て行け」


「え……?」


「大切な人を失ったのだろう? そんな状態で会議に参加させるのは酷というものだ。その人の家に赴くなり、ログアウトするなり、好きにすれば良い。それからまだ私達と関わり合いたいというのなら、明日までにまた戻って来い」


 それはテンマなりの気遣いだった。事実、ラインハルトは会議に参加し、洋館での出来事を細かに説明できるほどの精神状態ではなかった。
 ラインハルトは沈黙しつつ部屋から出ていった。もはや目的を失った彼がエタニティオンラインに留まる理由はない。アキは、ログアウトするであろうラインハルトを申し訳なさそうに見送った。


「ヴァルカンのプレイヤー数は本来の約二割から一割程度まで減少した。恐らくは他の街も同様だ。運営の告知を信じなかった者、エタオンで悪事を働こうとしている者、誰かを待っている者……目的はそれぞれ異なるが、自分の意思に反して残っている者は今のところいない。
 そこで、お前達の中にログアウトしたいと思っているプレイヤーはいるか? ログアウトホールがまた閉じる可能性を加味して考えてほしい」


 場が静まり返り、アキは神妙な面持ちで考え込む。


 俺も出来るなら早く脱出してしまいたい。母さんや久野、水戸先生に元気な姿を見せてやりたい。そう考えていた。
 ただひとつ気になるのは、西倉修の『協力者』だ。不自然なログアウトホール、不自然なNPCの挙動……。そしてもしオルフェの言っていた『絶対的な力の存在』が『協力者』と同一人物なら、その不自然な指示にも疑問が残る。
 間違いなく、この世界で何か企んでいる。それを暴かずに西倉だけを捕らえてもすべて解決したことにはならない。




 結局、ログアウト希望者はいなかった。


「クオン、お前はログアウトすべきだ。こっちに何の目的もないんだろ」


「水くさいなー。ここまで来たんだから、最後まで付き合うよ。パートナーでしょ?」


 アキは深々ため息をつき、説得を諦めた。だが実際のところ戦力としては申し分なく、立ち回りや作戦の飲み込みも早い。優秀な戦闘要員である。
 テンマが力強く頷いた。


「決まりだな」


 タイミングを見計らっていたシンがテンマへ疑問をぶつけた。


「しかし、それぞれの目的は違うかもしれないよ? 私の目的、責務はヴァルカンの安全保持。ヴァルカンのプレイヤーが全員ログアウトしてしまえば、私は正直それで満足なんだ。ログアウトホールがまだあるのなら、その時点で入ってしまいたい。だがここにいる皆が皆、そういうわけにもいかない」


「シンと同じく」


 カグネもシンと同じ目的のようだ。


 確かに。そうなるとシンとカグネはヴァルカンに張り付かなくちゃならない。西倉修の協力者探しをするには、街を転々としなくちゃならない可能性がある。
 シンの疑問は的を得ていた。


「目的が同じ者、類似している者がチームを組む。また別の目的の者達も同じだ。目的が一人違う者には完全自由行動をしてもらう。必要があれば情報交換や協力を行おう。どうだ?」


「天馬騎士団は通常営業、精鋭隊は目的に合わせて変動、こういうことかね?」


「そうだ。皆も異論はないな! 明日までにそれぞれの持つ『目的』を持って来るように。では解散!」


 勝手に決まってしまった……。どちらにせよ、このままで精鋭隊として集団行動をし続けるのは難しいだろう。けれど、より多くの情報が必要になる。テンマの提案に異論はなかった。


 それぞれが部屋を後にしていく中、アキは自然と白虎を呼び止めていた。部屋には、アキ、クオン、白虎の三人しかいなかった。


「白虎、お前は何が目的で残るんだ?」


「……わからない」


「わからない?」


「……娯楽だった、エタニティオンラインは確かに娯楽だった。皆が楽しげに笑い、戦い、感動していた」


 白虎の大きな背中からは、彼の抱える悩みが垣間見えた気がした。


「それが地獄と化した時、俺は何をすべきなんだ。娯楽で得た力が人の命を救える力と奪える力に変貌した時、どんな心持ちでその力を振りかざせばいい?」


「白虎……」


「あの洋館で俺は犯人の一人を捕らえ、事件の真相を吐かせた。悪逆非道の集団は、泣いて媚びようが問答無用で弄び痛めつけていたらしい。被害者には発狂した者もいたようだ……。俺は激昂し、犯人を殺めてしまった。槌で潰した命の感触が、まだ手に残っている」


 何も言えなかった。他人に立ち上がって前を向けと元気づけてくれた男が迷いに満ちていたことなど、知る由もなかった。
 アキが言葉を喉に詰まらせて無言になっていたところで、意外にもクオンが口を開いた。


「ログアウトしなよ。この世界にいる限り、白虎は後悔し続ける。外の世界で時間が経つのを待つしかないと思うよ」


「……そうなのかもしれん」


「殺したのは決して良いことじゃないけれど、人間は完璧じゃないよ。間違いはするものだと思う。向こうで自分なりの答え……見つけて」


「……考えておく」


 白虎はクオンに励まされながら部屋を歩いて出て行った。


「アキも疲れたでしょ。部屋で休もうよ!」


「ああ、色々ありすぎたよ……ほんとにな。そういやクオンは白虎達と別れた後、どこに行ってたんだ?」


「うーん、あまりにもショックだったからよく覚えてないんだけど、干魃の荒野辺りでボーッとしてたよ。メッセージ見てからは、ソッコーでヴァルカンに向かったけどさ!」


「まあ何にしろ再開できて良かった。さ、部屋戻ろうか」


「うんっ!」


 ゲーム内じゃ眠気は感じないはずなのに、疲労と眠気のようなものを感じる。精神面は完全に参っているようだ。
 のんびり歩いていると、クオンが「私はこっちだから! じゃあね!」と手を振って廊下の角を曲がっていった。
 今回は部屋を別々にしたいらしい。いや、疲れてる俺に気を遣ってくれたのかな。白虎に対する気遣いもしていたし。こういう時はさすが大人、頼りになるなあ。


 廊下の窓から見える空は赤く染まりつつあった。

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