エタニティオンライン

足立韋護

疑惑の洋館

 ヴァルカン支部も他の街と同様に、ほとんどの騎士団員が役目を果たさずに、屋内にこもるか、道端に無気力に座り込んでいる。
 合同作戦に参加できたのは、先程の円卓の部屋にいたメンバーのみだった。


 荒野へと到達するまでの短い間にカグネが本来円卓の部屋にて受けるべきだった説明をしてくれた。
 ログアウトホールに関する意見交換、ディザイア、アビスとの比較によるヴァルカンの治安改善を合同で行いたかったとのこと。現在のプレイヤー数などの詳しい調査はすでに済ませてあるということだった。
 アキは先ほどの行方不明者リストと言い、シンとカグネからヴァルカンへの並々ならぬ熱意が感じられた。




 シンとカグネを先頭に、アキ達は再び干魃の荒野へと足を踏み入れた。そこから西側へと直進したところでいくつもの岩が大きく隆起した地帯が見えてきた。


「私とカグネはここのエリアの奥に建物を見つけた。それもクラン単位で所有する建物、人目につきづらい配置、明らかにおかしいと思わないか?」


「確かに、不自然だな……」


「僕、物件取引とは縁がないのでわからないんだけど……街じゃなくてもそういうの建てられるのかい?」


 ラインハルトの質問に他のメンバー全員がすぐさま頷いた。隣に歩くアキが、日頃初心者に指導してきたように手短に教える。


「クランの建物で、決められたエリアに、街中より格段の高値、の三点が条件だけどな。拠点設定は街の中だけだから、本当に使い勝手悪くて、ほとんどのクランが使ってない機能なんだ」


「どうしてそんな機能が?」


「プレイヤーが増えた時のことを考えてだよ。エタオンリリース直後に、街が満杯になった時の対応策だった。
 でも今ではエタオンの世界がアップデートの度に広がり続けて、その分街の土地も広がる。それで土地の余りを捻出してるから必要無くなったんだ」


 真剣に話を聞くラインハルトに、カグネが補足を加える。


「ですから、エタニティオンラインの世界はリリース時より相当広くなったのです。その分、移動は面倒になりました」


「まだ僕は始めて一年くらいだけど全然知らなかったや」


 先頭のシンが手を真横に突き出し、立ち止まった。


「話の途中すまないね。そろそろだ」


 一同はシンの動きに合わせて、岩の影に身を潜め、シンの指差す方へ顔を出した。
 大きな岩に隠れるようにして、洋館のような横に長い建物が現れた。窓がいくつもあり、中央に両開きのドアが設置されてある。
 景観や配置などに気を配っていない乱雑な印象がある。そしてドアの前には、皮防具の見張りが二人立っていた。


「ここに、ユリカが……!」


「街のプレイヤー達からも、ここのクランのプレイヤーが、品定めするように見てきたとの話が複数寄せられている」


「でも、もし間違えてたら?」


「そこは任せて欲しい。合図したら、来てくれ」


 そう言うとシンは立ち上がり、アイテムチェストから赤い薬と黄緑の薬を取り出し、豪快に飲み干した。
 空き瓶をその場に置き、洋館のほうへ一人で歩いて行ってしまった。


「なあカグネ、シンは武器も持ってないけど大丈夫なのか?」


「すぐにわかります」


 武器も携えずに、シンは見張りの二人と何かを話している。
 突如、見張りがシンへと攻撃を始めた。一人はスペルを放ち、一人は剣を振りかざしている。しかし、シンは落ち着き払った様子でアイテムチェストから次々と回復薬を取り出した。


「さっきの赤い薬は魔法攻撃耐性薬、黄緑の薬は物理攻撃耐性薬か! どっちも店で買うと、復活薬の何倍も高価なはず……」


 シンは攻撃されながらも片手で回復薬を飲み続けている。シンのHPは増減を繰り返している状況だった。
 やがてスペルの枯渇した見張りの一人は、剣を持つもう一人の見張りの背後に回る。
 それを眺めるシンはアイテムチェストから更に紫色の薬を取り出し、慣れた手つきで蓋を開けて飲み干した。


 市販されているとはいえ、格闘強化薬まであんな簡単に消費するなんて……。


 シンは歩きつつ振り下ろされた剣を手甲で弾き飛ばし、得物がなくなった見張りの首を締め上げた。そして、もう一人のスペルが使えない見張りに何か言いつけている。
 そうすると見張りは素直に言うことを聞き、洋館のドアの鍵を開けた。右手で再び回復薬を口にしてからその場に捨て、アキ達へと手招きしてきた。


「すごい戦い方だな……」


「ですが、テンマ以外には無敗です」


 洋館前に着いたところで、見張りの二人は逃げ出してしまった。シンはそれを見送りながら愉快そうに笑っていた。


「はっは、中にいる連中と同じことをしてやると言ったら逃げ出してしまったよ。やはり、当たりだったようだね」


「確認と解錠のためにあんなことを?」


「もちろんだとも。私の武器は本来これだからね」


 シンはアイテムチェストから赤と白、そして金を基調とした太い棒を取り出した。振り回しやすいような加工がなされ、無用な装飾などはなかった。
 それを目にした白虎はぼそりと呟く。


「……レア武器『打天だてん』」


「さすがテンマの言っていた通り、優秀なブラックスミスだ。まあ余計な話は後にしておこうか。準備は良いか?」


 アイアンゴーレムはオルフェとの別れ際に返還したから、しばらくは使えない。屋内は無駄に喚起してしまえば邪魔になるだけだ。なら小回りがきく足の早い連中か。


「『バーンウルフ』『コボルト』喚起!」


 地面から体に真紅の炎を纏った白い狼と、犬の顔を持ち木槌を背負う獣人が現れた。二匹は何も言わず、アキの指示を待っている。
 洋館を見上げるラインハルトの瞳には、決意の色が浮かんでいた。


「ユリカ……」


 アキはふと、風巻の山脈でのラインハルトの言葉が頭をよぎる。




『絶対、守らなきゃいけないって思ってる人なんだ』




「『プチベビーワイバーン』喚起」


 二匹の後に続いて現れたのは、地面から美しい緑の鱗を持つ小さな小さな竜だった。アキの肩に乗り、頬をすり合わせてくる。


「シン、行こう」


「よし」


 シンが扉を開けた。全員が武器を構え、絶えず警戒を続けながら洋館内へと進入する。

コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品