エタニティオンライン
抗えぬ絶対の力
サイクロプスはじたんだを踏みながら、更に咆哮を放つが、アイアンゴーレムにはさほど効果なかった。アイアンゴーレムは静かに両手を構え、戦闘の体勢をとった。
サイクロプスから顔面へ向けて放たれる右フックを左腕で防いだ。間髪なく青い腕を両手で肩に担ぎ、サイクロプスの巨体を背負い投げた。とてつもなく大きい落下音と、小さな地震が間近に座るオルフェを怯ませる。
そこにアキが駆け寄り、しゃがみこんだ。
「オルフェ! 平気か!」
「アキさん!」
「武器による切断表現はあるけど、骨折とかの表現はなされてないみたいだ。おかげでまだ走れる」
「良かった……」
オルフェは仮面の奥でため息をついた。アキは立ち上がり、アイテムチェストから回復薬を取り出して一気に飲み干した。
「さて、一気にカタをつける」
サイクロプスと出くわした時以上に鋭い視線を放つアキは、水神鞭で空気を数回叩き鳴らし、アイアンゴーレムへと指差した。
「アイアンゴーレム、そのまま地面に押さえつけるんだ」
サイクロプスを投げ倒したアイアンゴーレムは、サイクロプスの両腕を真上から押さえつけた。
それに合わせるようにして、水神鞭がサイクロプスの体を痛めつけていく。毒の効果もあり、サイクロプスの体から徐々に力が失われていった。
「勝てましたか?」
「絵面はカッコつかないけどな……。一応勝てたみたいだ」
苦笑しながらアキは思い出した。その扱いづらさに加えて、戦闘時の格好悪さも、鞭の、ひいてはそれを扱うモンスターテイマーの不人気に繋がっているのだと。
職業によって武器の指定はない。しかし、職業ごとに特定の武器を媒介しなければ発動しないスキルやスペルが多く存在するため、大半のプレイヤーが職業に合わせた武器を用いている。アキは今更ながらそれを恨んだ。
「アキさんと冒険するの、本当に楽しいです……」
どこか含みのあるような、影が残るような言い方で呟いたオルフェは尻の土埃を手で払いながら立ち上がる。
二人は再びヴァルカンを目指して歩き始めた。
「どうしても、ずっと一緒にいるってわけにはいかないのか」
「……私のこの行動も知れてしまうかもしれません。逆らえば、殺されてしまいます」
「前に言ってた『抗えない絶対的な力』っていうのは、何故オルフェだけを狙う?」
その口は一旦閉ざされた。やはり教えてはもらえないかとアキが諦めかけたとき、オルフェは再び仮面越しに口を開いた。
「……私だけではありません。幾人か、私以外にも利用されているプレイヤーがいます。皆、目的もわからないことを、させられています」
そうなると、絶対的な力は西倉修じゃない……?
アキは、ドロップアイテムを回収し終えたアイアンゴーレムを迎えつつ、「例えば?」と尋ねた。
「私と同じ目に遭っている二人に、偶然会ったことがあります。その二人は『指示した位置の、指示した時間に現れるプレイヤーを襲え』と。
私にはただ『素性を明かさず、誰とも行動するな。新たな指示があればそれに従え』とだけ……。今は、一人でいることだけ指示されています」
やっぱりそうか。プレイヤーにできることだけを指示してる。そして相手もプレイヤーの格好をしてる。織笠の言うとおり、警察の監視下にある西倉修はログインすることなどできない。『協力者』はログインログアウトを自在に出来、かつ西倉修のサポートを行えるほどの人物。
発言や性格、戦い方からオルフェが『協力者』ではない可能性が高まったな。もっと詳しく説明してくれたならオルフェのことを完全に信用しても良い。
「そいつの格好は? どうやって絶対的な力があるとわかったんだ?」
オルフェは暫し黙りこくった。またも答えようか迷っているようだ。周囲を軽く見回したあと、先程よりも小さめな声で話し始めた。
「姿は、全身鎧に包まれてわかりませんでした。市販の物や、天馬騎士団のものとも違い、ボイスチェンジ機能もついていました」
「なら、そいつはブラックスミス……?」
「わかりません」
「武器は持ってた?」
「何もなかったと思います……。そこまで大柄でもありませんでしたから、隠せないはず」
大柄じゃないなら白虎ではないな。ブラックスミス……なのに武器がない。あーダメだ、可能性の幅が広すぎる。絞り込めない。
「私と残り三人のプレイヤーは、『組まないか』と道端で声をかけられ、ディザイアの端に位置する、とある家に集められました。そこで指示が出されたというわけです。騙されたとわかった一人のプレイヤーが、その人に斬りかかったのですが……」
アキは言葉の濁り方から、先を読んだ。
「返り討ちに遭ったと」
頷いたオルフェは続きを話した。
「あの人には、攻撃が一切効きませんでした。そして斬りかかった人物は、触れられただけで、死にました」
「攻撃が、効かない。それに即死……」
「何をされても、衝撃すら感じていないようにビクともしていませんでした。そして『命令に違反すれば、必ず殺しに行く』とだけ言い残して、去っていきました。あんなチーター、誰にも勝てるわけがないんです」
「いや『WAS』がある限りは、そこまで大きなチート行為はできないはず。多分……」
俺が知る限り、このゲームに今のところチーターは存在しない。
チーターはゲームなんかでチートを使う人のことを指す。チートは英語で騙すという意味。つまりはズルをするって意味になる。
チートにも様々あり、オンラインゲームではダメージの無効化、通貨の増殖がなんてものがあった。酷いものだと自由にステータスを弄ったり、テクスチャなんかを変えることだって出来たらしい。
エタニティオンラインのセキュリティにおいて利用されているのが、自動適応セキュリティシステム『WAS』だ。
本来なら不正アクセスとかチートとか、それらが行われる度に運営側がパッチを当てるなどして防ぎ、またチーター側が抜け道を見つけ出し、また防ぎ……のいたちごっことなるのが従来の、もはや日常風景だったらしい。
ところが『WAS』の登場によって、そのいたちごっこはあっさり終息を迎えた。『WAS』は少しでも怪しい形跡があれば、すぐさま感知して追跡、対応する。万が一、チート行為やハッキングを許した場合にも、自動的にセキュリティを強化したり、パッチを作り出してしまう最先端のシステムだ。
だから、本来ならチートなんて出来っこないと、断言しようとしたんだけど……相手は今回の事件を画策した西倉修。どんな手段を使うかわからない。
「アキさん、もうすぐヴァルカンです」
「お、早かったな、着くの」
ディザイアやアビスのように灰色の石壁に囲まれた街は、周囲の茶黒いスルト火山の影響か、だいぶ暗い印象だった。
他二つの都市との違いといえば、山の麓から中腹にかけて斜めにヴァルカンの街が形成されているため、平らかな荒野から見たとき街の全容が把握できること。それに、不規則に立ち並ぶ石と木で建てられた家々だった。
アキが門をくぐろうとしたとき、オルフェの足が止まった。
「オルフェ?」
「ここからはひと気が多い。あの人の関係者に見られるかもしれません。ここで、お別れです」
「……そっか」
彼女自身の命がかかっているのだ。無理強いも説得もできなかった。
「短い間でしたが、アキさんとの旅、本当に本当に楽しかった。なんだか希望が湧きました。事件が終わったら……安全になったら……私も仲間に入れてもらえますか?」
オルフェは狐の仮面越しに、こちらを見つめてくる。声が震えていた。
アキは憂いを帯びた、無理に作った笑顔で頷いた。オルフェは安心したように振り向く。
「最後に……私を縛っている存在に関して、もし情報を得ても関わらないで下さい」
「…………」
残念だけど、それは確約できない。もし、その存在が織笠の言っていた西倉修の『協力者』なら、現実世界の西倉修を押さえ込んだところで、共犯者をみすみす見逃すことになる。目の前に現れたなら、なんとかしなければならない。
「それでは行きます。ご無事で」
突然、早口でそう言い残したオルフェは走り去って行った。そのとき、門の方から耳慣れた声が聞こえてきた。人が来たから急いだのかと納得した。
声のする方向に顔を向けると、大柄な鎧を身につける白虎と、その横にちょこんと立つラインハルトが手を振っている姿が見えた。
アキは、後ろ髪引かれる思いをどうにか断ち切り、二人の元へと駆けて行った。
サイクロプスから顔面へ向けて放たれる右フックを左腕で防いだ。間髪なく青い腕を両手で肩に担ぎ、サイクロプスの巨体を背負い投げた。とてつもなく大きい落下音と、小さな地震が間近に座るオルフェを怯ませる。
そこにアキが駆け寄り、しゃがみこんだ。
「オルフェ! 平気か!」
「アキさん!」
「武器による切断表現はあるけど、骨折とかの表現はなされてないみたいだ。おかげでまだ走れる」
「良かった……」
オルフェは仮面の奥でため息をついた。アキは立ち上がり、アイテムチェストから回復薬を取り出して一気に飲み干した。
「さて、一気にカタをつける」
サイクロプスと出くわした時以上に鋭い視線を放つアキは、水神鞭で空気を数回叩き鳴らし、アイアンゴーレムへと指差した。
「アイアンゴーレム、そのまま地面に押さえつけるんだ」
サイクロプスを投げ倒したアイアンゴーレムは、サイクロプスの両腕を真上から押さえつけた。
それに合わせるようにして、水神鞭がサイクロプスの体を痛めつけていく。毒の効果もあり、サイクロプスの体から徐々に力が失われていった。
「勝てましたか?」
「絵面はカッコつかないけどな……。一応勝てたみたいだ」
苦笑しながらアキは思い出した。その扱いづらさに加えて、戦闘時の格好悪さも、鞭の、ひいてはそれを扱うモンスターテイマーの不人気に繋がっているのだと。
職業によって武器の指定はない。しかし、職業ごとに特定の武器を媒介しなければ発動しないスキルやスペルが多く存在するため、大半のプレイヤーが職業に合わせた武器を用いている。アキは今更ながらそれを恨んだ。
「アキさんと冒険するの、本当に楽しいです……」
どこか含みのあるような、影が残るような言い方で呟いたオルフェは尻の土埃を手で払いながら立ち上がる。
二人は再びヴァルカンを目指して歩き始めた。
「どうしても、ずっと一緒にいるってわけにはいかないのか」
「……私のこの行動も知れてしまうかもしれません。逆らえば、殺されてしまいます」
「前に言ってた『抗えない絶対的な力』っていうのは、何故オルフェだけを狙う?」
その口は一旦閉ざされた。やはり教えてはもらえないかとアキが諦めかけたとき、オルフェは再び仮面越しに口を開いた。
「……私だけではありません。幾人か、私以外にも利用されているプレイヤーがいます。皆、目的もわからないことを、させられています」
そうなると、絶対的な力は西倉修じゃない……?
アキは、ドロップアイテムを回収し終えたアイアンゴーレムを迎えつつ、「例えば?」と尋ねた。
「私と同じ目に遭っている二人に、偶然会ったことがあります。その二人は『指示した位置の、指示した時間に現れるプレイヤーを襲え』と。
私にはただ『素性を明かさず、誰とも行動するな。新たな指示があればそれに従え』とだけ……。今は、一人でいることだけ指示されています」
やっぱりそうか。プレイヤーにできることだけを指示してる。そして相手もプレイヤーの格好をしてる。織笠の言うとおり、警察の監視下にある西倉修はログインすることなどできない。『協力者』はログインログアウトを自在に出来、かつ西倉修のサポートを行えるほどの人物。
発言や性格、戦い方からオルフェが『協力者』ではない可能性が高まったな。もっと詳しく説明してくれたならオルフェのことを完全に信用しても良い。
「そいつの格好は? どうやって絶対的な力があるとわかったんだ?」
オルフェは暫し黙りこくった。またも答えようか迷っているようだ。周囲を軽く見回したあと、先程よりも小さめな声で話し始めた。
「姿は、全身鎧に包まれてわかりませんでした。市販の物や、天馬騎士団のものとも違い、ボイスチェンジ機能もついていました」
「なら、そいつはブラックスミス……?」
「わかりません」
「武器は持ってた?」
「何もなかったと思います……。そこまで大柄でもありませんでしたから、隠せないはず」
大柄じゃないなら白虎ではないな。ブラックスミス……なのに武器がない。あーダメだ、可能性の幅が広すぎる。絞り込めない。
「私と残り三人のプレイヤーは、『組まないか』と道端で声をかけられ、ディザイアの端に位置する、とある家に集められました。そこで指示が出されたというわけです。騙されたとわかった一人のプレイヤーが、その人に斬りかかったのですが……」
アキは言葉の濁り方から、先を読んだ。
「返り討ちに遭ったと」
頷いたオルフェは続きを話した。
「あの人には、攻撃が一切効きませんでした。そして斬りかかった人物は、触れられただけで、死にました」
「攻撃が、効かない。それに即死……」
「何をされても、衝撃すら感じていないようにビクともしていませんでした。そして『命令に違反すれば、必ず殺しに行く』とだけ言い残して、去っていきました。あんなチーター、誰にも勝てるわけがないんです」
「いや『WAS』がある限りは、そこまで大きなチート行為はできないはず。多分……」
俺が知る限り、このゲームに今のところチーターは存在しない。
チーターはゲームなんかでチートを使う人のことを指す。チートは英語で騙すという意味。つまりはズルをするって意味になる。
チートにも様々あり、オンラインゲームではダメージの無効化、通貨の増殖がなんてものがあった。酷いものだと自由にステータスを弄ったり、テクスチャなんかを変えることだって出来たらしい。
エタニティオンラインのセキュリティにおいて利用されているのが、自動適応セキュリティシステム『WAS』だ。
本来なら不正アクセスとかチートとか、それらが行われる度に運営側がパッチを当てるなどして防ぎ、またチーター側が抜け道を見つけ出し、また防ぎ……のいたちごっことなるのが従来の、もはや日常風景だったらしい。
ところが『WAS』の登場によって、そのいたちごっこはあっさり終息を迎えた。『WAS』は少しでも怪しい形跡があれば、すぐさま感知して追跡、対応する。万が一、チート行為やハッキングを許した場合にも、自動的にセキュリティを強化したり、パッチを作り出してしまう最先端のシステムだ。
だから、本来ならチートなんて出来っこないと、断言しようとしたんだけど……相手は今回の事件を画策した西倉修。どんな手段を使うかわからない。
「アキさん、もうすぐヴァルカンです」
「お、早かったな、着くの」
ディザイアやアビスのように灰色の石壁に囲まれた街は、周囲の茶黒いスルト火山の影響か、だいぶ暗い印象だった。
他二つの都市との違いといえば、山の麓から中腹にかけて斜めにヴァルカンの街が形成されているため、平らかな荒野から見たとき街の全容が把握できること。それに、不規則に立ち並ぶ石と木で建てられた家々だった。
アキが門をくぐろうとしたとき、オルフェの足が止まった。
「オルフェ?」
「ここからはひと気が多い。あの人の関係者に見られるかもしれません。ここで、お別れです」
「……そっか」
彼女自身の命がかかっているのだ。無理強いも説得もできなかった。
「短い間でしたが、アキさんとの旅、本当に本当に楽しかった。なんだか希望が湧きました。事件が終わったら……安全になったら……私も仲間に入れてもらえますか?」
オルフェは狐の仮面越しに、こちらを見つめてくる。声が震えていた。
アキは憂いを帯びた、無理に作った笑顔で頷いた。オルフェは安心したように振り向く。
「最後に……私を縛っている存在に関して、もし情報を得ても関わらないで下さい」
「…………」
残念だけど、それは確約できない。もし、その存在が織笠の言っていた西倉修の『協力者』なら、現実世界の西倉修を押さえ込んだところで、共犯者をみすみす見逃すことになる。目の前に現れたなら、なんとかしなければならない。
「それでは行きます。ご無事で」
突然、早口でそう言い残したオルフェは走り去って行った。そのとき、門の方から耳慣れた声が聞こえてきた。人が来たから急いだのかと納得した。
声のする方向に顔を向けると、大柄な鎧を身につける白虎と、その横にちょこんと立つラインハルトが手を振っている姿が見えた。
アキは、後ろ髪引かれる思いをどうにか断ち切り、二人の元へと駆けて行った。
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