エタニティオンライン
旱魃の荒野
「中級フィールドの旱魃の荒野まで来れば、オルフェでも比較的安全に抜けられる。アイアンゴーレムもいるし」
「……アキさんは、モンスターをたくさん持っているんですよね。どうして全員出さないんですか?」
小石を蹴り飛ばしたアキは、珍しく饒舌なオルフェの質問に答えようと考えてみるが、明確な答えを出すことはできなかった。
「使い勝手の良し悪しとか、俺が鞭を使って戦った方が早かったりとか、手間がかかったりとか、理由は様々なんだ。なにより、なんかズルい気がしてさ」
「でもそれは、アキさんの努力による成果です」
「ははっ、そうかな」
「そうです」
一緒に旅するとなったら、意外と話す子なんだな。少し安心した。終始あんなにたどたどしく話されていたら、ペースが乱れるからな。
雑魚モンスターを数体蹴散らしながら長い道のりを進んでいると、いくつも並べられた三角形の茶色いテントが見えてきた。本来ならばありはしないものに、アキは警戒心を高める。
閉塞の洞窟でラインハルトを襲ったPKのキャンプ地かもしれない。この状況下でフィールドのど真ん中でキャンプすること自体、異質である。
「オルフェ、アイアンゴーレムの後ろに」
「……っ!」
そう早口に指示されたオルフェは、返事する前にアイアンゴーレムの鎧の影に身を隠した。アキの表情が普段に比べて険しくなっていることに、オルフェは気がついた。
水神鞭を解いたアキは、モンスターの喚起も行わずに、そろそろとテントへ近づいていく。
テントの総数は三つ。テントのプレイヤー収容数は一つにつき五人まで。大所帯の可能性も出てきた。テントの入り口は全て内側を向いているおかげで、まだバレずに済んでるけど、どうすべきかな。
アキは素早くテントの側に張り付き、聞き耳を立てる。
若い男女二人の声。そこに新たな男の声が加わる。何か雑談しているようだ。
「ここら辺もめっきりプレイヤーいなくなったな。俺らの庭みたいなもんだったのによ」
「仕方ないでしょ。状況が状況なんだから。にしても、いつまでここでテント張ってなくちゃいけないのー」
「ヴァルカンにいたって『人攫い』に怯えなくちゃならないんだよ? 僕には考えられないね」
聞いている限りでは、あまり悪いプレイヤー達ではなさそうだ。アキは警戒しつつ、テントの入り口側へと回った。
「すいません、ちょっと良いですか」
男女三人組はアキの顔を一瞥し、構えた水神鞭を確認してから、一斉に武器を向けてきた。先程の気の抜けた会話からは想像もできないほど、空気が重く感じられた。
「誰だ。ここに何の用がある」
「お、俺はアキって名前だ。訳あって、ディザイアからアビス経由で、ヴァルカンまで行く予定なんだ」
「ディザイアから……? チータス、さっきの奴らもそんなこと言ってたか」
「ええ、ディザイアの精鋭隊とかなんとか」
ガタイの良い男にチータスと呼ばれた紅一点の女性プレイヤーは、はっきりと頷いた。アキは白虎達がこの道を辿って行った確信を得た。
「その精鋭隊ってもしかして、ゴツい鎧の男と魔法剣士の男、あと髪の短い女だったか?」
「女? 男二人だけだったような……」
「そうだね。女はいなかったよ。男二人の特徴は確かに一致してる」
痩せ型の男がガタイの良い男の記憶を補足する。
クオンがいない……? 別行動をとったのか?
「俺もその精鋭隊の一員で、その仲間達とはぐれたんだ。少し話を聞かせてもらえないかな」
「ならそっちから、武器を降ろしな。そしたら信用してやる」
「俺が武器を降ろしても、向こうにはもう一人の仲間と荷物持ちのアイアンゴーレムがいる。きっと信用しきれないと思うけどな」
そう言いつつ、アキは水神鞭を乾いた地面に落として、大人しく両手を上げた。
「……なっ、まだ仲間いんのか!」
「大丈夫、PKや追い剥ぎなんてしないから。オルフェ! アイアンゴーレム! 来てくれ!」
アキの無防備な姿に、三人組も自然と武器を降ろした。
「────てなわけで、持ち家もない俺らはこんなとこにテントを張るハメになってんだ」
元々、友好的な相手だったようでアキに敵意ないことを知ると、三人組は思いの外親切に話をしてくれた。
ガタイの良いファイターの男がムラタ。強気な女性ナイトがチータス。痩せ型の男のプリーストがタナトス、という名らしい。
その三人組とアキ、オルフェはテントの中に座り、アイアンゴーレムはテントの外で見張りをしている。
「つまり、ヴァルカンには『人攫い』がいて、やむなくこのフィールドで留まっていたってことか」
「噂どころの話じゃないのよね。実際、知り合いが一人行方不明になっているし」
人攫いをして何かメリットがあるのか。このゲームの体にはまず、スキャンの段階で生殖器官が排除されているから、そういった関連じゃないな。
観賞、虐待、強奪。動機はそのくらいか。
「そのことを精鋭隊の二人に話したら、魔法剣士のほうが血相変えて飛び出して行っちゃってね。それを鎧の人が追いかけて行ったというわけだよ」
「犯人の目星なんかはついてないのか?」
タナトスが「以ての外」とでも言いたげにおどけながら首を振った。ムラタもチータスも、呆れていた。
「犯人は複数犯だよ。間違いなくね。じゃなくちゃこの頻度で人攫いなんて出来ない。そんな得体も知れない連中に相対するなんて、とても利口じゃないよ」
「他人を助けても、私達が生き残らなければ意味はないもの」
「俺らは、生き抜かなくちゃならないんだよ」
それを聞いたアキは、何を言うわけもなく静かに立ち上がった。
「話を聞かせてくれてありがとう。これ、復活薬三つ、お礼に受け取ってくれ。精鋭隊に置いて行かれるといけない。オルフェ、行こう」
復活薬を三つ置いてから、アキとオルフェは天井の低いテントから這うようにして出てきた。
確かに利口じゃない。リスクを犯す必要なんかないんだから。正しい選択に違いない。
でもそれは……あまりにも冷たすぎる。
「アキさん?」
「俺は、助けに行く。成せるだけの力があるから」
三人組の見送りも無視し、アキは遥か遠方に薄く見える山岳都市ヴァルカンを見据えて、再び歩みを進めた。
「……アキさんは、モンスターをたくさん持っているんですよね。どうして全員出さないんですか?」
小石を蹴り飛ばしたアキは、珍しく饒舌なオルフェの質問に答えようと考えてみるが、明確な答えを出すことはできなかった。
「使い勝手の良し悪しとか、俺が鞭を使って戦った方が早かったりとか、手間がかかったりとか、理由は様々なんだ。なにより、なんかズルい気がしてさ」
「でもそれは、アキさんの努力による成果です」
「ははっ、そうかな」
「そうです」
一緒に旅するとなったら、意外と話す子なんだな。少し安心した。終始あんなにたどたどしく話されていたら、ペースが乱れるからな。
雑魚モンスターを数体蹴散らしながら長い道のりを進んでいると、いくつも並べられた三角形の茶色いテントが見えてきた。本来ならばありはしないものに、アキは警戒心を高める。
閉塞の洞窟でラインハルトを襲ったPKのキャンプ地かもしれない。この状況下でフィールドのど真ん中でキャンプすること自体、異質である。
「オルフェ、アイアンゴーレムの後ろに」
「……っ!」
そう早口に指示されたオルフェは、返事する前にアイアンゴーレムの鎧の影に身を隠した。アキの表情が普段に比べて険しくなっていることに、オルフェは気がついた。
水神鞭を解いたアキは、モンスターの喚起も行わずに、そろそろとテントへ近づいていく。
テントの総数は三つ。テントのプレイヤー収容数は一つにつき五人まで。大所帯の可能性も出てきた。テントの入り口は全て内側を向いているおかげで、まだバレずに済んでるけど、どうすべきかな。
アキは素早くテントの側に張り付き、聞き耳を立てる。
若い男女二人の声。そこに新たな男の声が加わる。何か雑談しているようだ。
「ここら辺もめっきりプレイヤーいなくなったな。俺らの庭みたいなもんだったのによ」
「仕方ないでしょ。状況が状況なんだから。にしても、いつまでここでテント張ってなくちゃいけないのー」
「ヴァルカンにいたって『人攫い』に怯えなくちゃならないんだよ? 僕には考えられないね」
聞いている限りでは、あまり悪いプレイヤー達ではなさそうだ。アキは警戒しつつ、テントの入り口側へと回った。
「すいません、ちょっと良いですか」
男女三人組はアキの顔を一瞥し、構えた水神鞭を確認してから、一斉に武器を向けてきた。先程の気の抜けた会話からは想像もできないほど、空気が重く感じられた。
「誰だ。ここに何の用がある」
「お、俺はアキって名前だ。訳あって、ディザイアからアビス経由で、ヴァルカンまで行く予定なんだ」
「ディザイアから……? チータス、さっきの奴らもそんなこと言ってたか」
「ええ、ディザイアの精鋭隊とかなんとか」
ガタイの良い男にチータスと呼ばれた紅一点の女性プレイヤーは、はっきりと頷いた。アキは白虎達がこの道を辿って行った確信を得た。
「その精鋭隊ってもしかして、ゴツい鎧の男と魔法剣士の男、あと髪の短い女だったか?」
「女? 男二人だけだったような……」
「そうだね。女はいなかったよ。男二人の特徴は確かに一致してる」
痩せ型の男がガタイの良い男の記憶を補足する。
クオンがいない……? 別行動をとったのか?
「俺もその精鋭隊の一員で、その仲間達とはぐれたんだ。少し話を聞かせてもらえないかな」
「ならそっちから、武器を降ろしな。そしたら信用してやる」
「俺が武器を降ろしても、向こうにはもう一人の仲間と荷物持ちのアイアンゴーレムがいる。きっと信用しきれないと思うけどな」
そう言いつつ、アキは水神鞭を乾いた地面に落として、大人しく両手を上げた。
「……なっ、まだ仲間いんのか!」
「大丈夫、PKや追い剥ぎなんてしないから。オルフェ! アイアンゴーレム! 来てくれ!」
アキの無防備な姿に、三人組も自然と武器を降ろした。
「────てなわけで、持ち家もない俺らはこんなとこにテントを張るハメになってんだ」
元々、友好的な相手だったようでアキに敵意ないことを知ると、三人組は思いの外親切に話をしてくれた。
ガタイの良いファイターの男がムラタ。強気な女性ナイトがチータス。痩せ型の男のプリーストがタナトス、という名らしい。
その三人組とアキ、オルフェはテントの中に座り、アイアンゴーレムはテントの外で見張りをしている。
「つまり、ヴァルカンには『人攫い』がいて、やむなくこのフィールドで留まっていたってことか」
「噂どころの話じゃないのよね。実際、知り合いが一人行方不明になっているし」
人攫いをして何かメリットがあるのか。このゲームの体にはまず、スキャンの段階で生殖器官が排除されているから、そういった関連じゃないな。
観賞、虐待、強奪。動機はそのくらいか。
「そのことを精鋭隊の二人に話したら、魔法剣士のほうが血相変えて飛び出して行っちゃってね。それを鎧の人が追いかけて行ったというわけだよ」
「犯人の目星なんかはついてないのか?」
タナトスが「以ての外」とでも言いたげにおどけながら首を振った。ムラタもチータスも、呆れていた。
「犯人は複数犯だよ。間違いなくね。じゃなくちゃこの頻度で人攫いなんて出来ない。そんな得体も知れない連中に相対するなんて、とても利口じゃないよ」
「他人を助けても、私達が生き残らなければ意味はないもの」
「俺らは、生き抜かなくちゃならないんだよ」
それを聞いたアキは、何を言うわけもなく静かに立ち上がった。
「話を聞かせてくれてありがとう。これ、復活薬三つ、お礼に受け取ってくれ。精鋭隊に置いて行かれるといけない。オルフェ、行こう」
復活薬を三つ置いてから、アキとオルフェは天井の低いテントから這うようにして出てきた。
確かに利口じゃない。リスクを犯す必要なんかないんだから。正しい選択に違いない。
でもそれは……あまりにも冷たすぎる。
「アキさん?」
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