エタニティオンライン

足立韋護

思いがけない再会

────もういくつ階段を上がったかわからず、前も後ろも光がなくなった頃、アキは松明に火をつけた。


「そうだ、みんなに無事を知らせなくちゃいけない」


 そうひとりごちたアキは、メニュー画面からメッセージの送受信履歴画面へ移った。気づいていなかったが、未読メッセージを二件受信していた。一件目はテンマ、二件目はフラメルだ。


『白虎から死んだという話を聞いた。崖から落ちたのなら生きていることはまずあり得ない。あり得ないのだが、万が一ということもある。これは、期待ではなく、希望だ。もし、何がしかの理由で奇跡的生還を果たしたのなら、とにかく一報ほしい』


『クオンさんからメッセージが届いて、私、今酷く動揺しながらこのメッセージを送っています。死んでいたなら、こんなメッセージ見れるわけがないのですが……。クオンさんが変な冗談を言うとは思っていませんが、死んでいませんよね?
 ごめんなさい、支離滅裂で。どうかお返事、待っています。無事を祈っています』


 二人とも心配してくれている。特にフラメルさんなんかは、少し精神的にも不安定になってる。早めに返信しておこう。どうせまだ、段数もありそうだ。
 クオンや白虎からメッセージがないのは、目の前で落ちたからか。クオン、どうしてるんだろう。メッセージ送っておくか。
 織笠とマーベル、西倉修について伝えるのはまだ早いかな。誤魔化しておくか。


 アキは器用に松明を片手で持ちつつ、もう片手で仮想キーボードを叩いてメッセージを作成していく。


 全員にメッセージを送り終えた頃には、さすがに階段も終わりに近づいていた。しかし、出口の光が見えて来るわけでもなく、階段の終わりまでしか確認できない。
 突き当たって右側の岩が、妙に軽い。押してみると、それはドアのように開く隠し扉であることがわかった。
 長く浴びていなかった日差しが視界を覆った。思わず顔をしかめ、目を細める。


「なるほど……」


 アキの眼下二メートル先には、アキがあれから通るはずであった崖際の道が続いている。飛び降りると、足には痺れに似た痛みが走る。しかし、それが生きている証拠だとアキに再確認させた。
 アキがその場に座って回復薬を飲んでいると、思いがけない人物と遭遇した。狐のお面をした、見覚えのある金髪と着物。
 オルフェもアキに気がついたようで、足を止めた。


「オルフェなのか?」


「どうして……ここに」


 相変わらず掠れるような声で聞いてきた。アキがここにいることより、初心者であるはずのオルフェがソロで上級フィールドにいること自体不自然である。




────西倉修の協力者?




 ふとアキの脳裏によぎったその考えは、あながち筋が通っていないこともなかった。声や顔を隠しているし、初心者であるにも関わらず上級フィールドへのこのこと現れる。しかもここは織笠もいる場所である。西倉の指示で、織笠の様子を見に来たということも十二分にあり得た。


 しかし、それと同時に疑問も残った。それなら何故、以前アキの店に現れたのか。何故、ディザイアで露店を開いていたのか。協力者である場合、確認作業を終えたら早急に抜け出すべきである。
 無駄な行動が多すぎるのだ。


「アキさん、平気ですか?」


 座って考えこむアキに、オルフェは手を差し伸べた。細く、白い手を掴んで立ち上がった。落下の痛みはもうない。
 アキは単刀直入に、ここにいる理由を聞いてみることにした。


「どうしてここに? 他に仲間は?」


「アビスにログアウトホールが開いたと聞いて、行ってみたら既に閉じていると聞かされました。それから、行商をしつつ、なんとなくヴァルカンを目指してぼうっと歩いていたら、ここに」


 ヴァルカンを目指す辺りからどうにも不自然だ。


「ここは上級フィールドなんだ。初心者がソロで来られるような場所じゃない」


「上級フィールド、だったんですか」


「下手したら死ぬところだったんだよ。わかってるのか?」


 狐のお面がわずかに俯く。


「どうせ、今も生きているのか死んでいるのか、わからないんです。どっちも変わりません……」


「何言ってるんだ、ちゃんと生きてるじゃないか。息をして、考えることができて、歩くこともできてる。どこが死んでるんだ」


「抗えない力が、あると言いましたね。私の自由は……いずれ、なくなります」


 抗えない力、オルフェの言うそれは西倉修なのか? 西倉の協力者という立場じゃなく強制されて、無理やり服従させられているのか?


「前に言っていたことだな。それがなんなのか、教えてくれないか」


 オルフェは当然の如く首を振った。


「それを教えてしまえば、あなたの周りに危害が及んでしまいます。言えないのです」


「……わかった。ひとまずここは危険だ。一緒にヴァルカンまで行こう。それくらいなら、大丈夫だろう?」


 数秒動きを止めたオルフェは、頷いた。頷き返したアキは、高額で取引できなかったであろう復活薬を数個手渡す。万が一、アキがペナルティタイムに入ることがあった時、これがあるだけで二人の生存確率を飛躍的に高めることができる。


「これから、モンスターに出くわしたら基本的に俺が前衛、オルフェは後方でスペルを放ってくれ」


「はいっ……」


 先程より、僅かに声を張ったオルフェはリュックを背負い直した。荷物がパンパンに入ったリュックからは、重量感がにじみ出ていた。


「あ、そのリュック重いか。動き鈍くなってると逃げることもままならないから」


 そう言ったアキは、その場に『アイアンゴーレム』を喚起した。オルフェは初めて見たのか、身長の二倍以上はあるアイアンゴーレムをまじまじと見上げている。


「そいつにリュックを運ばせよう」


「よろしくお願いします」


 オルフェにそう言われたアイアンゴーレムは、無骨な兜を縦に振ってリュックを片側の肩にかけた。


「よし、進もう」


 風巻しまきの山脈は全フィールド中、最短の距離で終わる。山脈を超えた先より地表に至る坂を降りると、ヴァルカンへと続く『旱魃かんばつの荒野』という広大なフィールドが現れる。
 黄土色の荒地は、ところどころに緑がある程度の、名前の通りの枯渇した乾燥地帯である。


 アキとオルフェ、そしてアイアンゴーレムは短い距離の山脈を越えて、『旱魃の荒野』へと足を踏み入れていた。

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