エタニティオンライン

足立韋護

隠された洞穴

 走馬灯を見たアキは全身に強い痛みを感じたまま、瞼を閉じていた。しかし、それ以上は体に変化はない。疑問に感じ、静かに瞼を開けた。仰向けに転がっていたようだ。
 上空には青空、左には途方もなく高い崖肌。右を見ると、他の山と比べても三合目ほどの高さはあった。では、自分はどこにいるのだ、と立ち上がる。


「なんだ、ここ」


 どうやらアキは崖から突き出た、半径五メートルほどの岩場に落下していたようだった。この場所以外に岩場はなく、ここでなければ麓まで真っ逆さまだったに違いない。まさか、あの道に埋まっていた透明な石が目印だったのか。
 周囲をよく観察すると岩の足場から岩山の中へと入れる隙間があった。どうにもここにしか行けないらしいので、その隙間を通り抜けていく。狭いのは入り口だけで、その先の通路は人一人分の幅は確保されている。


「一体なんだってこんなとこに」


 暗い洞穴内からは物音ひとつせず、アキの独り言だけが響き渡る。松明を取り出して照らしてみた。壁や地面は灰色の岩で、道の狭さ以外に閉塞の洞窟と違いはない。その一本道を、アキはひたすら進んだ。


 俺は、助かったのかな。それとも、死後の世界ってこんな感じなのか? まだ頭がぼんやりとして、なかなか状況が整理できない。


 松明の光が何かを照らし出した。それは木製の扉だった。この場に似つかわしくない人工物。取っ手を引くと、それは軋む音を立てながらあっさりと開いた。
 アキは息を飲んだ。ドアの向こうにはディザイアにあるような、ちゃんとした木造の内装が施された玄関があったからだ。匂いもしっかりとした木のものだった。


「なんでこんなとこに……。辺りの岩にめり込んで造られてる家なんて、聞いたことがない」


 すると、家の中から軽い足音が聞こえてくる。人の気配に、アキは水神鞭に手を置き、警戒した。
 玄関にまで迎えてきたのは、アキの腰ほどの高さの、金色で短い髪を携えた幼い女の子だった。そのあどけない笑顔は、アキを見た途端に動転して引き返していった。


「いつもの人と違うよお姉ちゃん!」


「いつもの人? お姉ちゃん?」


 奥から先程の子と、もう一人、ずいぶん大人びた髪の長い奇麗な女性が歩いてきた。白いローブのようなものに身を包み、漆黒の髪とよく似合っていた。
 その女性も驚いていたが、何かを悟ったように落ち着きを取り戻し、頭を下げてきた。


「靴はそのままで結構です。奥へどうぞ」


 アキは言われるまま、二人に案内された。キッチンのある部屋に着くと、椅子に腰掛けるよう言われた。様々な山菜や果物、肉が吊るされており、生活感に満ち溢れている。


「質問したいこと、たくさんあるでしょう。ですが一つ先に聞かせてください。あなたは偶然ここへ降りてきた。合ってますか?」


「あ、ああうん。クリムゾンドラゴンに叩かれて、落ちたらあの岩場で……」


 女性はポットから注いだお茶の入ったコップを、アキへと差し出した。それから安心したような笑みを見せ、女性と幼女も対面の椅子へと座った。


「私は、織笠文おりかさふみ。こっちはマーベル」


 マーベルはぎこちなく頭を下げた。アキは、彼女がエタニティオンラインの名前ではないことに違和感を覚えた。まさかオリカサフミという奇怪なプレイヤーネームでもないだろう。


「俺はアキ。アキで良いよ」


「アキ、あなたが故意にここへ来られたなら、それは大変なことでした。偶然で良かった」


「織笠さんとマーベルは、どうして、いやどうやってこんなところに? いつから?」


 織笠はそれを聞かれ、視線を落とす。マーベルは心配げな顔をして、隣の織笠を見つめている。


「このエタニティオンラインというゲームは、全て仕組まれたものです」


 そう言い放った織笠の瞳は迷いに満ちていた。嘘ではなさそうだ。


「仕組まれた……誰に?」


「西倉修。私の恋人です」


 西倉修、確かこのゲームの開発に大きく携わっている人だったな。まさか、この事件の犯人は西倉修なのか。


「彼は、彼の父である西倉つとむの精神転送技術を元にして、このエタニティオンラインを完成させました」


「西倉功……ニュースとかによく出てる人だ。そうか、苗字が同じなのは親子だったからなんだ」


「少し、昔話をしますね。修は元々、離婚前の両親に強制され、英才教育を受け、高度なコンピュータ技術と膨大な知識を身につけていきました。十六歳の高校生のとき、私と修は出会いました。私は文芸書、彼は機械の専門書、互いに知らない知識を教え合ううちに、惹かれあっていきました」


「馴れ初め。それがエタニティオンラインに関係があるのか」


 織笠はゆったり頷く。


「功さんは、コンピュータの技術と知識を完全に備えた修に、次は人を愛することを覚えるよう言ったようです。修は、私に好意を抱いてくれてたようで、私達はすぐに恋人となりました。その頃、ご両親が離婚されたようで、修は妹と別れたことを非常に残念がっていました」


 アキは茶をすすりながらひたすら話を聞く。恐らくこの人が、事件の真相に近い人なのだと感じた。


「彼は、愛や恋は曖昧だが面白いと口癖のように語っていました。そんな矢先、事件が、いや、事故が起こりました」


「事故?」






「────私が死んだんです」

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