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足立韋護

待望の港町アビス

「誰か……解毒を……うぅっ!」


 アキ達の背後から、青龍のかすれた声が微かに耳に入った。毒の痛みと痺れに苦しみ、もはやまともに動けていない青龍が、悶え転がっていた。


「アキアキ、苦しんでるよ! 解毒薬ある?」


「店で取り扱ってたんだ。ないわけないだろ?」


「さっすがー!」


 うつ伏せている青龍の周りに精鋭隊が集まった。白虎が青龍を仰向けに向かせると、それすら痛みになってしまうのか、悲痛な叫びとともに顔を歪め、荒く呼吸をした。
 アキは、アイテムチェストから手のひらに収まる大きさの、青紫色の解毒薬の瓶を取り出す。コルクのような栓を抜き、青龍へとなるべく静かに飲ませた。テンマが心配げに青龍へと呼びかける。


「どうだ青龍?」


「……よーやく、楽になったって感じだねぇ。あーあ、はは。ヘマしちゃったよったく、情けない」


────やがて、元の状態にまで回復した青龍は、湖沼へと潜ってすばやく双剣を探し出してきた。それから一行は湿地帯を抜け、ようやく『港へ続く道』へとたどり着いた。その頃には、空が橙色から紺色へのグラデーションに彩られていた。


 『港へ続く道』は『燦然たる街道』に似た作りになっており、草原に土の道がひたすら伸びている。ただ一つ違うところと言えば、すぐそこの断崖絶壁と、その向こうに広がる海が望めるというところだった。
 左側に見える水平線に日が沈みかけていた。気持ちの良い海風が短い草を揺らし、アキの服が緩やかにたなびく。


 相変わらずいがみ合うサキュバスとエンジェルに弱い敵を任せ、崖沿いを歩きつつ、遠方に見え始めた港町、アビスに向けひたすら歩いた。さすがにここまで情報が浸透した中で、PvPを行っているプレイヤーなど見かけることはなくなった。
 ディザイアと同程度の、アキの二倍ほどあるアビスの門まで行くと、天馬騎士団の鎧が一つ見えてきた。テンマが手を振ると、向こうも左右に手を振り返してきた。どうやら、連絡していた相手のようだ。


「アドルフ! 無事のようだな!」


「テンマさん、あなたこそよくご無事で!」


 アビスの騎士団は、少なからず機能してるみたいだな。大人びた雰囲気を放つ髪の短い男、アドルフは俺より少し身長が高く、白虎より若干低い程度だ。
 腰に身につけているのは、長剣と中盾。まさに騎士に相応しい装備類だ。その両方とも、上級のダンジョンでしか手に入らないもので、どれだけやりこんでいるかがわかる。


「紹介する。天馬騎士団アビス支部の支部長であるアドルフだ」


「あなた方が精鋭隊ですね。あれ、結構幼い方もいるようで……?」


 アドルフはテンマへと答えを促すように顔を向けつつ、クオンを指差している。
 半笑いしたアキが、テンマの代わりに答えた。


「クオンはこう見えてハタチ超えの会社員だよ」


「あ、ああ! いやいや、これは失礼。お若いんですね」


「もうアキったら! そんな気軽にリアルのことバラさないでよ!」


「子供に見られるよかマシだろ? これからやりづらくなったらいけない」


「んー、むむむ、確かに言われてみれば……そうなのかも」


 アドルフが背中に付けている鷹の文様が入った青いマントを翻し、ついて来るように言ってきた。精鋭隊はテンマを先頭に、待ち望んだアビスへと入っていく。


 ディザイアとは若干街並みが異なり、家の屋根の色は朱色、壁の色は白に統一されている。地面はディザイアのゴツゴツとした石畳みではなく、凹凸の少ない自然石で整備されたものであった。
 木造は海から来る湿気に弱い。そのため、木造建築の家屋は一切存在せず、中世を彷彿とさせるレンガ造りや石造りの建物ばかりだ。海に向かって下り坂になっている街は、家々の屋根がまるで階段のように段々になっている。


 三大都市とされるアビスには、数千人のプレイヤーが拠点として利用しているはずであった。しかし、それらプレイヤー達の姿はどこにも見えず、道は閑散としていた。


「アッキー、人あんまりいないね」


「きっとみんな脱出したんだ」


 しかし、アキ達が案内された街の中央に位置する噴水広場には、何百ものプレイヤー達が待機している。皆が皆、何かを待ち望んでいるかのようだった。


「アドルフ、どういう状況なのだ?」


「報告の通り、全員に見え、使用出来ていたログアウトホールは、この中央広場に突如出現しました。それで既に、大半のプレイヤーはログアウトホールへと入って行きました。
 しかし、テンマさん達がここへ至る十分ほど前に、完全に消失。そして取り残された彼らは、今もログアウトホールが再び出現すると信じて、待ち構えているわけです」


「……色々と、考えを整理する必要があるな。今日はもう日が暮れる。アドルフ、騎士団の部屋を彼らに貸してやってくれ」


「御意。では皆さん、支部までご案内します」


 いちいちマントを翻して振り向きながら、アドルフは横道に入って行った。
 街の中心部とはかけ離れた辺りに、天馬騎士団の支部はあった。ディザイアにある本部ほどの高さはないが、その大きさや外装は相変わらず城さながらである。
 その扉の前でテンマが振り向き、声を張った。


「精鋭隊諸君、本日はご苦労であった。これより自由行動とする。明日、朝八時にこの扉の前に集合だ。部屋は自由に使ってもらって構わん。では、解散!」


 テンマとアドルフは支部の中へと入って行った。カトレア、白虎、青龍は軽くため息をつきながらそれに続いて行く。そのまま部屋で休むようだ。
 アキがそれを見送っていると、後ろから肩をちょんちょんと指で突つかれた。振り向くと、クオンが大きな瞳を爛々と輝かせている。


「ねね、少し街中探索してきても良いかなぁ?」


「あー、あんまり遅くならなきゃ良いんじゃないか?」


「わかった、じゃあ行ってくるね!」


 軽快にスキップしつつ、クオンはアビスの街角に消えていった。


「放浪癖は相変わらず、か。夕暮れでも見に行くのかな……。俺もNPCの店でアイテム補充してから、部屋で休もう。お腹も空いたしな」


 ゲーム内であるため、あれだけ動いても疲労の感覚は少ない。だが多少なりとも手足が重く感じる。休息は必要不可欠。こんなところまで再現する運営部の面々の顔を、アキは見たくなった。


 そういえば、運営部仕切ってる人、西倉修って言ったっけ。一度だけ、ネット配信のエタオン運営部特集でちらっと見たことあるけど……なーんか知り合いに似た顔がいた気がするなあ。
 んまあ、どこにでもいそうな顔だったし、今はそんなこと考えてる場合じゃないか。

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