エタニティオンライン

足立韋護

欲望と怨恨の結託

 フラメラーズホテルの扉のノブに手をかけたアキは、中の物音がやけな激しいことに気がついた。その時、店内からわずかに、しかし確かにフラメルの悲鳴が聞こえてきた。目を開いて扉を見つめたアキはすぐさまノブを捻り、店内へと踏み込む。


「フラメルさん!」


 喫茶店スペースには、以前この店で口論になった大剣を持つ銀鎧の男がフラメルの首元に、予備に持っていたであろう短剣を、突きつけている。テーブルなどが隅に寄せられた店内に、ミスガルドとユウが真っ向から対峙し睨み合っていた。ユウは緊張しているのか、下唇を噛んだまま黙っている。


「動くんじゃねぇガキ! 変な真似したらフラメルを殺すぞ!」


 アキは背筋がひやりと冷たくなった。頭の中にサダオの言葉が過る。


『迷惑を被るのが何もお前さんだけじゃねえってのは肝に命じておくこった』


 完全に油断していた……。フラメルさんを拘束している男とミスガルドが共闘しているところを見て、なんとなく状況を察することができる。
 フラメルさんを独占したい男と、俺に取引を断られたことを理由に、ユウへ逆恨みしたミスガルド。どうして、こんな状況もあり得るのだと予想出来なかった! あの男とミスガルドが繋がっていたなんて知らなかった、じゃ済まされない。


 どうする、策はあるのか。首に剣を当てようとも、欠損の表現はないわけだから意味がない。それにフラメルさんを攫うことが目的なら、ただの脅しの可能性もある。
 万が一、フラメルさんを殺されても、ペナルティタイムが終わるまでに二人を撃退して、復活薬を使えば良い。でもそれは同時に、フラメルさんに死ぬほどの痛みを、覚悟してもらわなくちゃならないということになる。


「目的はなんだ、ミスガルド」


「おお、さすがにここまですれば『さん』付けもしなくなるか。俺は、ただこの落ちこぼれのせいで取引が失敗したから、憂さ晴らしに来ただけよ!」


「それは勘違いだって言っただろ!」


「安心しな。こいつ潰したら次はお前だよアキ。ぶっ潰してやるからな!」


 短髪に大剣。似たような特徴を持った二人。その紺と銀という鎧の色のように、目的は明確に違っていたものの、利害関係は完全に一致していた。


 ダメだ、下手な真似は出来ない。こんなときクオンがいたなら、速攻をかけられたんだけど、いないものは仕方ない。


「……ミスガルド、だったら物件一つの権利をタダで渡す。オータムストアだった物件だよ。それで、見逃してもらえないかな」


「アキさん……!」


「フラメルさん、大丈夫。どうせしばらく店はやらないつもりなんだ。今はフラメルさんとユウの安全が────」


「駄目だ」


 ミスガルドはつまらなそうに首を振った。この有利すぎる取引にも動じなかったのには、銀鎧の男も少し動揺しているようだ。


「どうして!」


「だから言ったろ? 俺は、ユウとお前をぶっ潰しに来たんだってな。味方殺し、なんて肩書きも悪くねえと思ってよ。
 さぁて、そんな話はどうでもいい。そろそろ殺し合うか落ちこぼれぇ!」


「……っ!」


 ミスガルドは大剣を頭上まで振り上げ、容赦なくユウへと、振り下ろす。床の砕ける音が周囲へ響くが、大剣が叩きつけられた床は元の通りだった。ユウは間一髪で身を逸らし、斬撃を避けていた。その瞳は戸惑いに満ちていたが、体勢を立て直すミスガルドの動きをくまなく見つめている。


「へへ、まぐれもあるもんだな。だが、これはどう、だっ!」


 大剣を真横へ大きく振りかぶったミスガルドは、両手で柄を握りながら強引にユウの足元を狙った。ユウは足先の動きで小さく跳躍し、さらに膝を限界まで折り、その足下をごうっと音を鳴らしながら、大剣が通過して行く。


「は、お前、どうして……?」


「なんでだろう、わかるんだ。気配……っていうのかな」


「ざっけんな!」


 手の甲を返したミスガルドは、大剣をもう一度真横に振りかぶる。今度は胴体を狙いにいく。その時には、既に背後に跳び、大剣の範囲の外に退いていた。華麗としか思えない彼のセンスに、アキはある言葉を思い出した。


『壺を棚から落としてしまいそうになった時、不意に隣の庭から球が飛んできた時、犬に追いかけられた時を思い出してくだされ。悠様は、壺を間一髪で受け止め、眼前にまで迫った球を首を傾げて避け、追いかけて来た犬の口を瞬時に抑え込んだ。私は知っていますよ、あなたが優秀であることを』


 あの執事の言ってたこと、まさか本当だったのか……!


「じゃあ、反撃するよ!」

コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品