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足立韋護

ハミルとの取引

 アキはとあるNPCの木造建築の家の前に立っていた。ところどころに木材を連ねて頑丈に補修された跡がある。既にチャイムを鳴らし、家主が出てくるのを待った。


 時計塔から北側へメインストリートを進んで行き、右側五番目の横道に入る。少し先へ行くと緩い左向きのカーブがあり、そのカーブ手前の細道を右に曲がる。
 人が一人やっと通れるその細道に入って、右から四軒目の家が、今回の取引相手の家だ。極めて難解な道を行かなければならないが、わざわざこの家主を取引相手にしたのには訳があった。


 ドアが開き、若く見える恰幅の良い女が出てきた。淡く赤い洋服の上に重ね着している白いエプロンには、料理で出来たシミがところどころに付いていた。


「よぉくいらっしゃいました! 娘がいつも世話になっていますー。ささ、どうぞ中へ」


「はい、お邪魔します」


 相手がNPCといえど、無礼を働けばすぐに険悪な仲になってしまい、もちろん取引などはご破算になってしまう。細かなNPCの設定や、挙動、感情の表現を見ると、運営側がとことんリアリティを追求しているなと、つくづくアキは感心させられる。


 玄関に入ると、まずほのかに木の匂いが漂ってきた。NPCの家は洋式のため、玄関から靴を脱ぐことはなく、そのまま廊下の右側にある部屋へと案内される。
 その客間のような部屋の真ん中には、白樺の木材で作られた素朴なテーブルとイスが綺麗に並べられていた。テーブルの上にコップに入ったコーヒーと、一枚の羊皮紙が置かれてある。


「さ、そこに座って下さいな」


「ああ、はい」


 先程のサダオと同様に、対面に向かい合って座った。イスからギシッと木の軋む音が鳴りつつも程よく曲がり、腰にフィットしてくる。


「そういや、うちの子は役に立ってますか?」


「ええもう大活躍ですよ。彼女はオータムストアになくてはならない存在です」


「迷惑かけちゃいませんか?」


「とんでもありません、逆にこちらがいつも叱られてばかりで……」


「うんうん、しっかりやれているようで良かった! ほらベルってば、しっかりしてると思いきや、意外とドジ踏むもんですからぁ」


 アキは苦笑いした。ベルの母親であるハミルは、現実世界でいなくなりつつある『古き良き典型的な母親』であった。仕事先に迷惑をかけていまいか心配しつつ、我が子のこともさりげなく気にかける。アキにとって理想的な母親像でもあった。


「さて、ハミルさん、取引始めましょうか」


「あらそうだったわ、わたしったら! つい嬉しくって! たしか、家が欲しいんでしたね」


「そうです、既存物件取引……ハミルさんからその家を土地の権利ごと買い取りたいと考えています」


 すっかり浮かれていたハミルも笑みを抑えて、あらかじめテーブルに置かれていた紙を手に取って確認した。


「ベルの祖父母、わたしの両親が半年前まで住んでいた家です。街の外にハイキングに行ったところを、モンスターに……」


「それは、ご愁傷さまです。ですが、そんな大事な家を?」


「いつまでも暗くなってたんじゃ、父も母もきっと喜びませんよ。大事にしていた物は全て、もうこちらの家に移しました。あちらの家には家具だけしか残っていませんので、すぐにでも誰かを移り住めるように出来ますよ!」


 今回の場合、事故物件でもないか。なら相場通りの取引額で構わないな。


 ハミルは口元に笑みを浮かべながら、持っていた紙を渡してきた。そこには家の状態や簡単な見取り図が記載してあり、書面の下に大きく二十ゴールドと書かれてあった。さすがにサダオの提示した破格の値段とまではいかないが、それにしても安くしてもらえたものだ。


 サダオと取引する物件は、オータムストアから時計塔への道中にあるので簡単に下見できた。時間がなかったためハミルの物件はまだ見ていない。しかし、見取り図からそれなりに大きいことがわかる。


「二階建てで部屋数が五つ……。本当にこの値段で良いんですか?」


「ここと同じ木造建築だから、多少はね。あとは、いつもベルがお世話になっているお礼も兼ねて、ですよ」


 俺がわざわざここまで来た訳。それは取引相手の親族と親交があると、こういった恩恵が受けられるからだ。
 親交の度合い、期間などに左右されて数値は変動していくが、オータムストア開店のほぼ同時期から勤めているベルとの親交度は、並大抵のものではないはず。あまりにリアルだから申し訳なくなるけど、これも金稼ぎのためだ。


「わかりました。責任持って買い取らせていただきます!」


「はい、任せましたよ」


 アキは二十ゴールドをテーブルに置くと、ハミルはいそいそとそれをポケットにしまいこんだ。先程金額が書いてあった紙の裏側を見ると、家の位置が示されている。
 家から出たところでハミルに一言、声をかけられた。


「もし良ければ、うちの娘の婿さんになってやってくれませんかねぇ。アキさんなら大歓迎ですよ!」


「あはは、考えときます。それじゃあ」


 アキはその場を後にし、紙の裏側に描かれた地図を頼りに今購入した家の確認に向かいながら、わずかに首を傾げた。


 あれ、あんなセリフ……NPCに用意されてたっけ?

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