エタニティオンライン

足立韋護

最後の大勝負

 気がつけば外は薄暗く、道の端にある街灯が柔らかく灯っていた。ひと気がなくなる前に店を閉め、ベルを帰らせる。それからエンジェルを返還し、クオンにはオータムセキュリティのほうで店番をしていたミールと共に休んでもらった。そして、店の扉を施錠する。営業を終了していても店内に入ることのできる仕様だが、建造物を破壊する術はないため施錠さえしてしまえば夜間の安全は保証される。
 エタニティオンラインでは、擬似睡眠の機能も備わっていた。夜から朝にかけての六時間、現実時間で換算すると三時間程度、擬似睡眠が可能である。


 アキは柔らかなベッドに横たわり、これからの自分のすべきことを考えてから、メニュー画面を開き、オーブの並ぶ画面の左下に小さく表示されている『睡眠』と書かれた箇所をタッチした。


『注意! 擬似睡眠を利用すると、現実時間の三時間分をゲーム内にて睡眠することになります。利用規約に同意してからご利用ください』


 表示された警告メッセージの下にある利用規約を長々とスクロールし、『利用規約に同意する』の隣にあるチェックボックスにチェックを入れた。


「目が覚めたらログアウト可能になっていますように……」


 一度合掌してから『擬似睡眠する』と書かれている箇所をタッチした。直後、突然視界がまどろみ、瞼を閉じると意識が混濁していく。思考が緩やかになっていき、やがて停止した。


────翌朝、その噂を耳にしたのは、客の来なくなったフラメラーズホテルのカウンターで、アキ、クオン、フラメル、ユウが横並びに座り、今後の話し合いをしているときだった。


「そういえば、天馬騎士団の掲示板で団長がどこかの薬屋を潰したって書いてあるけど、まさかアキのところではないよね?」


 アキとクオンは顔を見合わせた。まさか本当に一晩にして犯人を見つけ出し、更に店まで潰してしまうとは思ってもいなかった。


「それ、アッキーんとこじゃないんだよ」


「オータムストアの営業妨害を画策してたライバル店がいて、まあ諸々あって、テンマがその店を探し出すってとこまでは聞いてたんだけど。まさか潰すとは……」


「アキさんとクオンさんのところは大変だったのですね」


「そう言うフラメルさんのとこは、なんだか寂しいですね」


 五つある円卓の上に椅子が逆さまに立てられ、営業時間とは思えないほどの寂れ具合だった。


「時間がもったいないから、僕達はいかに効率良く食糧を集めるか、を考えていたんだ」


 そっか、さすがに優秀な二人がずっと怠けていたわけはないな。
 ユウの話をまとめると、現状では、今回の事件を長い目で見ているプレイヤーはごく少数で、そのおかげで食糧の価格高騰などは今のところ心配ないらしい。なので、フラメルさんの資金で、四人分の最低限必要な食糧を調達しつつ、俺たちは金稼ぎに注力してほしいとのことだ。一度に買い占めてしまうと、混乱や暴動に繋がりかねないという判断から、NPCの店からちまちま買うことに決めたらしい。
 今のフラメルさん達にお金を稼ぐ力はない。でもその知恵は、唯一無二のものだ。相変わらず俺は、そんな優秀な二人を尊敬してる。


「今朝から本格始動した素材半額セール、そしてオータムセキュリティとの連携は上手く行ってる。これでもう少し稼いだら、俺に一つ大きな賭けをさせてもらえないかな」


「賭け?」


 ユウとクオンは首を傾げ、フラメルはニヤリと口元を歪める。


「アキさん、まさか『不動産取引』ですか」


「そう。これが俺のできる最後の大勝負になるかもしれない」


「最後の……。僕はお金稼ぎについての知恵は少ないからわからないけれど、賭けってどういうこと?」


「まあそう焦るなよ。まずエタオンでの『不動産取引』ってのは、家や店を買ったり、造ったりすることだよな。その一つの方法として『土地取引』がある。これは金さえあれば、運営が自動管理しているフリーの土地に家や店を建てることができる。ゲーム内の店、それにここは大きな街だ。それはもう土地にも建築にも莫大な金が必要になる。商売しているプレイヤーや『一儲け』したプレイヤーでもなければ、到底手は届かないだろうな」


 補足するように、フラメルが口を挟んだ。


「しかし、自由な構造の建築物が作れる代わりに、費用が高くなり、更には完成までに時間もかかります」


「そこで出てくるのが『既存物件取引』。俺とフラメルさんは、この取引方法で建物を買って、店にしたんだ。まだ誰も目をつけてないと思ってたけど、やっぱりフラメルさんはすげえや」


 フラメルが満足げに微笑む横で、クオンは顔をしかめて、拳を突き出した。


鬼踆武拳きぞんぶけん?」


「ずいぶん強そうな武術だな……。さっきの『土地取引』は、単純に土地から買って建物を造ること。
 もう一つの『既存物件取引』は、他のプレイヤーかNPCから、既に建ててあるものを土地ごと買い取ることだ。こっちの利点は、中古であることによって価格が安い場合が多い。そんで、既に造ってあるからすぐに使えるってこと。運営を介さない取引だから、現状でも使える。ここまで説明すれば、もうわかるよなクオン!」


 アキの期待の眼差しに、クオンは瞳を輝かして頷いた。


鬼踆武拳きぞんぶけんってのが今必要とされてるんだよね!」


「頼む、冗談であってくれ……」


 アキはカウンターにうなだれた。その脱力した背中をクオンは優しく撫でて慰めてやる。アキから一番離れた席に座るユウが、少し大きな声で話しかけてきた。


「つまり、アキは今のオータムストアの物件を売るっていうこと? いやでも、それだとお金は必要ない。なら、中古物件を復活薬の売上で買って、それを転売するってことか!」


「そうそれそれ!」

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