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足立韋護

ヘッドハンティング

 突然の攻撃にも関わらず、女はテンマが想像していた以上にこちらの動きを見ていた。足を踏み込み、巨大な剣を振るう一挙一動、冷静に捉えている。しかし、テンマは剣を振り下ろすのをやめない。両手で真正面から振りかぶった斬撃の軌道を、女はその小さな短剣でいとも簡単にずらして見せた。
 大きな剣を構え直そうとしている隙を見計らい、今度は女が短剣を逆さに持ち、テンマの懐に入り込む。視界を天馬騎士団の鎧が覆ったが、その継ぎ目を狙い澄まし、素早く短剣で突いた。


「誰が、この鎧の奥が素肌だと言った?」


 兜を外したテンマが、余裕の笑みを浮かべながら見下ろしてきている。それに気がついた女は、テンマの脇から背後へと周りこみ、人二人分程度の距離をとる。ゆらりと振り向いたテンマは、一つ一つその深い紺色の鎧をその場に落として行く。
 重い音が幾度か鳴り響き、鎧を脱ぎ去ったテンマが剣を肩に担いでいる。綿の洋服を着込み、その上には緻密に編まれた鎖かたびらが、全身にくまなく装着してあった。


「重い防具は、ダメージを軽減させる代わりに、その素早さを極端に落とす特徴がある。本来、この鎧は騎士団の象徴なだけであり、私には必要のなかったものだ」


 女の体が強張った。それを見下すようにして口元を歪めるテンマは、巨大な剣を一振りして、呟く。


「続きを始めよう」


 先程とは違い、歩いてくるテンマに多少動揺した女だったが、腰に携えていた三本のナイフをテンマへと投擲した。ナイフはテンマの目の前で歪みに飲み込まれ、テンマの背後から後方へ飛んで行った。


「勝ちに行く。その心意気は、よろしいと言った。だが、この私が鎧を脱いでまで相手をしてやると言っているのだ。正々堂々、その短剣で私を突きに来たらどうなんだ」


 歯ぎしりした女が何かを呟いたと思えば、その足が青白く光輝き始めた。『ブーストアップ』、スカウトの敏捷性を上げるスキルの一つだ。女は地面から跳躍し、壁伝いに走りながら、テンマへと短剣を突き出した。テンマは膝を曲げて身を屈めると、短剣は頭上を掠めていく。その隙に、下段に構えてあった片手で大剣を振り上げ、短剣を真上へと跳ね上げる。
 女は空中で体をひねり、右足でテンマの顔面を狙う。大剣を振り直す時間はない。テンマは大剣をその場で手放し、背中側から倒れ、両手を肩の上で準備する。


 顔面を狙っていた足は、超低姿勢のブリッジによって、テンマの腹から顔の上を素通りして行く。テンマは膝を屈伸させて逆立ちし、曲げていた腕を伸ばし、美しく足から地面に着地した。


「良い体術を持っているな。どうだ騎士団に入らないか」


 平然としているテンマは肩で息をする女を見たまま、空から降って来た短剣を片手で取って見せた。それを器用に手のひらの上で回転させ、柄を女に向けて差し出した。


「私に戦いを挑んだことも、評価してのことだ。騎士団に入る気はないか」


 黒ずくめの女は苦渋の表情で俯いた。


「……裏切れば、きっと制裁が下る」


「この街に、私以外に何者かを制裁しようという輩がいるのか。ならば、潰してやろう」


「でも、報酬の復活薬は、どうしても確保しておきたい」


「なるほど……ではこうしよう。お前の所属組織は今日中に、この私が潰す。路頭に迷ったお前を、私が雇おう。もちろん、復活薬は騎士団にある分使ってもらって構わない」


「どうして。アタシ達、迷惑かけたのに」


「私はね、命の危険がある時にこそ、人の真の力が発揮されると思っているんだ。私に殺される危険があるにもかかわらず、お前は私に立ち向かって来た。怯えていたのに、だ。そういう人材こそ、私は真に欲している」


 女には、テンマがエタニティオンライン最強と言われる理由が、なんとなくわかった気がした。テンマに差し出された短剣を、女は受け取った。

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