エタニティオンライン

足立韋護

パーフェクトノーマッド

 アキもまた、他の者たちと同様に口をぽかんと開け、鎧の女を見つめる。


「そんな、そんなわけないだろ!」


「……くくっ、冗談だよ。ほんの少し鎌をかけただけだ」


「まったく、勘弁してくれ。ほら、何も買わないなら出てった出てった」


 周囲の緊迫感が解け、やがてまた慌ただしく復活薬を求める声が上がり始める。アキはひどく脱力しつつ、テンマの背中を押しつつ店の出入り口に誘導した。


「おいおい、レディの体に気安く触れるなどお前の恋人が許さんのではないか?」


「恋人? 誰のことだ」


「カウンターの奥からこちらをずっと覗いている女だ。クオン、とか言ったか」


「ク、クオンは彼女なんかじゃ……!」


 そんなことを言いつつも、ちらとカウンターの向こうを見ると、じっとりとした眼差しのクオンと目が合ってしまった。顔を前に戻したアキは、とにかく、この厄介者を外につまみ出すことを優先しようと心に決める。
 店の外にまで二人が出ると、先程まで確かに並んでいた外の客がすっかり消え失せていた。周囲を見回すが、誰もいない。その明らかにおかしな様子に、アキとテンマは身構えながら神経を研ぎ澄ます。


「いるな、息遣いが聞こえる。二人、二人だ」


「よく聞こえるな。そうか、覚醒したノーマッドは全てのステータス値にもボーナス付くんだったか」


「その通り。アキ、お前は店の中で待機して、何かあったときに店を守れ」


「この細道じゃ、水神鞭の力は発揮しづらいか。わかった、任せる」


「変な冗談で店の空気を荒らした詫びになれば幸いだ」


 素直に店内に戻ったアキは、プレイヤー達に店の奥に避難するよう指示した。クオンはカウンターの前にいるアキの隣に立って窓の外を眺める。


「外のお客さん、いつの間にか居なくなったね」


「恐らくは、何かによって誘導されたか、脅されたかして、ここの店の前を空けさせられたんだろう。目的はわからないけれど、薬か金か、おおよそ検討はつく」


「なんでもやり放題……許せないね! テンマ団長やっちゃえー!」


 店の外に立つテンマは、既に敵の位置に目星をつけていた。細道からメインストリートに出るための道、オータムセキュリティがあるほうに一人。そして、民家が建ち並ぶ奥へ続く道に一人。前後に挟まれている。


「挟撃……手加減をする気などないということか。よろしい、非常によろしい」


 突如、テンマの空間がぐねりと歪んだ。それはアキがモンスターを喚起する時と同様の歪みだった。それをわかっていたかのように、テンマはその中に右腕を突っ込み、そして引き抜いた。右手に持っていたのは、巨大な銀色に光る両刃の剣だった。長さはテンマの身長ほどで、刃部分の幅は店のドアほどに広い。厚みもあり、重厚な作りになっている。切っ先に向かうほど狭く、薄く、鋭くなっている。


「では、こちらも手加減抜きで戦わせていただこう」


 テンマはその大剣を地面に向かって勢い良く、振り下ろす。その斬撃は地面を通り、歪みの中をすり抜けて行く。テンマの向いているメインストリート方面の屋根から、黒ずくめのプレイヤーが一人落下してきた。


「やはり当たりか。それにしても……」


 落下してきた男は体の足と脇腹を抑えながら、傷口から紅い鮮血を垂れ流してうずくまっている。その血はあまりにもリアルに表現されていた。


「このエタオンに流血表現などなかったはずだが、これもハッカーだかクラッカーだかのせいなのか? まあいい」


 背後に気配を感じ、ゆっくりとそちらを向けると、足を震えさせている黒ずくめのプレイヤーの女が立っていた。構えている短剣の先が、わずかに震えている。


「ステータスは中級者レベル。短剣も序盤ステージの武器。それで私を倒そうと思っている気概は、よろしい」


 テンマは宙空に再び出現した歪みに手を入れ、何かを掴んだ。その瞬間、対峙していた女がびくりと体を跳ね上がらせる。女の背後に歪みから、ぬっと腕が伸び、女の首をしっかりと掴んでいた。女は咄嗟にその腕を刺そうと、背後に短剣を突き立てる。


「おっと危ない」


 その腕は素早く引っ込み、テンマも歪みから腕を出した。宙に浮かぶその歪曲は、揺れる水面が平らかになるように消えていく。


「さて、ズルをするのにも飽きた。せっかくのサシだ、少しだけ遊んでやろう」


 そう威勢良く言い放ったテンマは急角度な前傾姿勢となり、石畳みを強く蹴り出し、突貫する。

コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品