エタニティオンライン

足立韋護

しんとする森の中で

 クァーッという鳥類モンスターの鳴き声が遠くに聞こえるのみで、あとはアキ達が草をかき分ける音と土を踏み鳴らす音だけがその空間に響いていた。鼻に一瞬だけ、すんと刺激の強い臭いが漂ってきた。鳥類モンスターの糞の臭い。普段ならば、こういった激臭に見舞われたとき瞬時に感覚が十一分の一になったものだが、その臭いは通常の感覚のまま、影響を及ぼしてきた。アキはこのとき、ようやく自らの置かれている状況を実感した。


「アキちゃん、誰かいる」


 そう早口に言ったサキュバスは木の陰に隠れる。現在では探知能力と魔法に優れる強力な味方のサキュバスも、かつては『竜狩りの秘宝』限定ダンジョンの最奥部付近に現れる強力なモンスターだった。その通常モンスターとは思えぬ強さと、魅惑的な格好に当時はよく話題になっていた。
 アキもアイアンゴーレムとともに周囲の茂みに屈んだが、アイアンゴーレムはその巨体を隠しきれていない。
 しかしながら、この街中ですら警戒するような危険な状況のときに、視界の悪いこの森を探索している人間など、そうそういないだろう。サキュバスに視線を送ると、ゆっくりと指をひとつ立てた。相手は一人のようだ。不用意に呼びかけたなら、PKだったとき先制攻撃されるかもしれない。PKでもクオンでもなかった場合、きっと警戒されてしまうだろう。だがそんなことは承知の上で、たまらずアキは茂みの中から声を張り上げた。


「そこのプレイヤーさん! いるなら名前を教えてほしいんですが!」


 森の中はしんとし、やがて相手から返事があった。


「あれっ、アキかな?」


 アキが茂みから顔を出し、声のした方向を見ると、散々心配していた姿が現れた。クオンは何事もなかったように目を瞬きさせながら、首を傾げている。その瞬間、アキは今年一番と言える大きなため息を吐いた。


「はぁぁぁ……。クオン、捜したよ。ちょっと今はまずい状況だから、一旦街に戻ろう」


 サキュバスとアイアンゴーレムとともにその身を露わにし、クオンへと近付いていった。


「あー、あの緊急告知だよねっ? そうそう、だからそれ見て今から帰ろうとしてたんだよー!」


「そうだったのか。いや、まあ……無事なら良かった」


「うんうん、私ってばピンピンよ!」


 アキにとって、杞憂に過ぎなかったことが何よりの報酬だった。そのにこやかな顔を拝めただけでも、この森にまで来た価値はあったというものだ。
 それから、サキュバスとアイアンゴーレムを先行させて、帰り道を辿って行こうとしたそのとき、サキュバスが突然身構えた。それに合わせて、アキ、クオン、アイアンゴーレムもそれぞれに構える。NPCであるサキュバスが身構えるときは、相手が敵意のあるモンスターか、PK歴のあるプレイヤーのどちらかになるため、熟練プレイヤーは戦闘が避けられないものと判断する。


「PK歴のある子が二人。ゾクゾクさせてちょうだい……!」


「サキュバスとアイアンゴーレムは協力して一人を相手にしてくれ。もう一人はクオンと俺でやる!」


 指示を出している最中に、敵プレイヤーの二人が現れた。よく映画やアニメで出てくる、にやけ面の敵役ではなく、どちらも至って真顔の男性プレイヤーだ。PKとはいえ相手も真剣であることがうかがえる。
 サキュバスが片手を構え、その指先から眩い光線が放たれた。スキル名を読まずに、スキルの使用ができるのは使役モンスターの特権であった。その光線は二人組の間をすり抜ける。咄嗟に左右に散った二人組は、サキュバスによって分断された。


 二対一に持ち込まれても引く気配はない。無謀なのか、よほどの自信があるのか。もしかしたら、緊急告知を知らないのかもしれない。少し呼びかけてみるか。

コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品