エタニティオンライン
仮想現実からの帰還
『ログアウト中……。ログアウト完了しました』
聞き慣れた無機質なアナウンスが脳内へと響き渡る。一歩も動いていなかったにも関わらず、体はどこか気だるさを感じていた。
自らの入っていたカプセルの扉がプシュという噴射音と共に、下へとスライドして行く。カプセルから這うように出ると、見慣れた自室がそこにはあった。
無機質な灰色の部屋の中央には、茶色のテーブルにシルバーのパソコン。その隣にはベッドとタンスが奇麗に並べられていた。
そのテーブルに折り畳まれている紙には、『通知表 真田暁影』と書かれていた。相変わらず簡素な部屋だ、と暁影自身感じていた。
「ふぅ……よっこいしょ」
軽く吐息を漏らしながら立ち上がった。ふと窓の外を眺めると、暗い空と住宅の明々とした灯りが確認できる。それを見て、ようやく今が夜であることに気がついた。
外の大通りを走る車のエンジン音が心地悪く鼓膜を揺らす。オンラインゲームをやっているとこういった日常にどうしようもなく懐かしい感覚が沸き起こってくる。
明日は学校、明後日からは夏休み。夏休みに入れば用事もないし、『エタニティオンライン』をずっとやれる。
そう思っていた折に部屋のドアがノックされた。ドアの向こうから人の声を模した機械音が呼びかけてきた。
「アキカゲ、『エタオン』は終わりましたか? キョーコがお呼びですよ」
「母さんが? そうか、もう夕食の時間だもんな……。わかった、今行くよ」
ドアを開けた向こうには、白いボディの人型のロボットが待っていた。暁影より若干背の低い人型ロボットは、先導するように前をカシャンカシャンと滑らかに歩いて行く。背中には『ジャクソン』とゴシック体の黒字で掘ってあり、黒色の関節は細部まで動いているのが見える。
一階へ降りたところで、エプロン姿の京子がリビングから出てきた。京子の体にはシワやシミ、たるみなどが目立たなくなる特殊なクリームを塗ってある。そのおかげで四十路にして、外見は二十歳前後に見えた。
「ほら、早く。せっかく作ったご飯が冷めちゃうわ」
「正確にはこのアシストロボットが作った、でしょ」
京子は何の前触れもなく、手に持つおたまを見せつけてきた。そのおたまからは茶色い液体が滴り落ちている。匂いからして味噌汁のようだ。
「ジャクソンだけが作ったわけじゃないわ。お母さんもね、お味噌汁は作ったのよ、ちゃんと!」
「へぇ! 今の時代、料理なんてロボットがやってくれるのに。相変わらず凝り性だなあ」
「ふふん。ほら、リビング行くわよ」
滴り落ちた味噌汁をジャクソンが布巾で拭った。それを腹にあるポケットにしまい、洗濯機へと運んで行く。それを横目で眺めつつリビングへと歩いて行く。リビング内はログハウスを彷彿とさせる内装であった。
暁影は周囲を見回しつつ、イスに腰掛けた。
「母さんまた内装変えたの?」
「ま、それがデザイナーであるお母さんの仕事でもあるからねぇ。お母さんがあんたくらいの時は、ナマのログハウス結構あったんだから!」
夕食は白米に鯖の味噌煮、それに味噌風味のサラダボウルと京子特製の味噌汁だった。味噌がやたらに使用されているのは、京子が若かりし頃に流行っていた味噌健康法の名残である。
暁影はそれらを箸でつまみ、ひょいと口の中へ放り込んだ。鯖の味噌煮とサラダボウルが正しすぎる味なせいか、あまり心踊らなかった。むしろ、京子手作りの少し塩辛いわかめと豆腐入り味噌汁のほうが、何故だか美味しく感じる。
「美味しい」
「ふふふん、そうでしょう?」
京子は得意げに笑った。
内装は、天井の各所に埋め込まれている直径十センチほどの簡易物質投影機、通称『SMP』による恩恵であった。今や国内の八割の建築物に利用されているほどのシェアを誇る。家具や壁の元々の触り心地はそのままなので、あくまで娯楽目的の商品である。
このSMPをオフにした途端、部屋は特殊な合成素材によって作られた、コンクリートのような灰色の無機質な生活空間へと戻ってしまう。
暁影にはこれがハリボテの中で暮らしているようで、どうしても気に入らなった。
聞き慣れた無機質なアナウンスが脳内へと響き渡る。一歩も動いていなかったにも関わらず、体はどこか気だるさを感じていた。
自らの入っていたカプセルの扉がプシュという噴射音と共に、下へとスライドして行く。カプセルから這うように出ると、見慣れた自室がそこにはあった。
無機質な灰色の部屋の中央には、茶色のテーブルにシルバーのパソコン。その隣にはベッドとタンスが奇麗に並べられていた。
そのテーブルに折り畳まれている紙には、『通知表 真田暁影』と書かれていた。相変わらず簡素な部屋だ、と暁影自身感じていた。
「ふぅ……よっこいしょ」
軽く吐息を漏らしながら立ち上がった。ふと窓の外を眺めると、暗い空と住宅の明々とした灯りが確認できる。それを見て、ようやく今が夜であることに気がついた。
外の大通りを走る車のエンジン音が心地悪く鼓膜を揺らす。オンラインゲームをやっているとこういった日常にどうしようもなく懐かしい感覚が沸き起こってくる。
明日は学校、明後日からは夏休み。夏休みに入れば用事もないし、『エタニティオンライン』をずっとやれる。
そう思っていた折に部屋のドアがノックされた。ドアの向こうから人の声を模した機械音が呼びかけてきた。
「アキカゲ、『エタオン』は終わりましたか? キョーコがお呼びですよ」
「母さんが? そうか、もう夕食の時間だもんな……。わかった、今行くよ」
ドアを開けた向こうには、白いボディの人型のロボットが待っていた。暁影より若干背の低い人型ロボットは、先導するように前をカシャンカシャンと滑らかに歩いて行く。背中には『ジャクソン』とゴシック体の黒字で掘ってあり、黒色の関節は細部まで動いているのが見える。
一階へ降りたところで、エプロン姿の京子がリビングから出てきた。京子の体にはシワやシミ、たるみなどが目立たなくなる特殊なクリームを塗ってある。そのおかげで四十路にして、外見は二十歳前後に見えた。
「ほら、早く。せっかく作ったご飯が冷めちゃうわ」
「正確にはこのアシストロボットが作った、でしょ」
京子は何の前触れもなく、手に持つおたまを見せつけてきた。そのおたまからは茶色い液体が滴り落ちている。匂いからして味噌汁のようだ。
「ジャクソンだけが作ったわけじゃないわ。お母さんもね、お味噌汁は作ったのよ、ちゃんと!」
「へぇ! 今の時代、料理なんてロボットがやってくれるのに。相変わらず凝り性だなあ」
「ふふん。ほら、リビング行くわよ」
滴り落ちた味噌汁をジャクソンが布巾で拭った。それを腹にあるポケットにしまい、洗濯機へと運んで行く。それを横目で眺めつつリビングへと歩いて行く。リビング内はログハウスを彷彿とさせる内装であった。
暁影は周囲を見回しつつ、イスに腰掛けた。
「母さんまた内装変えたの?」
「ま、それがデザイナーであるお母さんの仕事でもあるからねぇ。お母さんがあんたくらいの時は、ナマのログハウス結構あったんだから!」
夕食は白米に鯖の味噌煮、それに味噌風味のサラダボウルと京子特製の味噌汁だった。味噌がやたらに使用されているのは、京子が若かりし頃に流行っていた味噌健康法の名残である。
暁影はそれらを箸でつまみ、ひょいと口の中へ放り込んだ。鯖の味噌煮とサラダボウルが正しすぎる味なせいか、あまり心踊らなかった。むしろ、京子手作りの少し塩辛いわかめと豆腐入り味噌汁のほうが、何故だか美味しく感じる。
「美味しい」
「ふふふん、そうでしょう?」
京子は得意げに笑った。
内装は、天井の各所に埋め込まれている直径十センチほどの簡易物質投影機、通称『SMP』による恩恵であった。今や国内の八割の建築物に利用されているほどのシェアを誇る。家具や壁の元々の触り心地はそのままなので、あくまで娯楽目的の商品である。
このSMPをオフにした途端、部屋は特殊な合成素材によって作られた、コンクリートのような灰色の無機質な生活空間へと戻ってしまう。
暁影にはこれがハリボテの中で暮らしているようで、どうしても気に入らなった。
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