Eonian Gait

「S」

第一章1  『君と見た夢の始まり』

 それは、ある日突然やってきた。




「――東京から転校してきました。よろしくお願いします」




 教室の窓辺に頬杖をついていると、クラスがざわついていることに気づいた。
 眩しい日差しが差し込む教室に、春風がカーテンを靡かせ、視界を阻む。


 納まると、そこに彼女はいた。


「これからよろしくね。とうけい君」


 突然現れた転校生。
 紹介が終わって、近づいてきたその子は、隣の席。


 呼ばれた自分の名前に反応し、どうして知っているのかと思いながら、黒板に書かれた彼女の名前を確認する。


あおゆい……?」


 聞き逃した彼女の名前に覚えはない。
 それなのに彼女は自分ボクを知っている。


 そんな不思議に囚われながら、視線を彼女に移せば、こちらに微笑む姿がある。


 何の汚れも知らないような満面の笑み。窓から差す日差しは、彼女を照らすスポットライトのよう。


 日差しがうそんな教室で、彼女の笑顔はより一層、輝いて見えた。




      ※




 朝のHホームRルームを終えて、移動していくクラスメートたち。
 その理由は至って明白。
 何故なら1時間目の授業は、移動教室である美術だった。




 ――ただ、




「……?君は行かないの?」


 周りに溶け込むようにして立ち上がり、当たり前のように声を掛けてきた転校生キミ


 なぜ僕のことを知っているのかという疑問が絶えず、それでいて僅か数分で自然とクラスの一員として馴染んでいることに違和感を覚えてしまう。


「後から行くよ」




 けれど今の僕には、そんなことは些細な問題でしかなく、適当にあしらったつもりだったのだが――、




「そ」


「……」


 君はその行為を読み切り、無視するかの如く隣の席へと舞い戻る。


 誰もいない二人だけの教室。時間は刻一刻と過ぎて行く。


 そんな中でも君は、僕を待つようにして隣にいる。転校初日から授業遅刻など、しゃれにならないというのに。




 だから僕は『どうして僕に構うのだろう』と内心そう思いつつ、『そんなことをすれば半分僕の所為せいになるではないか』という罪悪感に苛まれ、それは嫌だと彼女に押し負けるように「はぁ…」とため息を溢して――、




「……じゃあ、行こうか」


 口はそう、自然と動いていた。


 それに対し、君の反応はと言えば、


「うん!」


 立ち上がりに見せる元気な一声と二度目の満面な笑みだった。




 廊下を抜けて短い階段を下っていく僕ら。
 クラスの教室は3階で、その真下あたりの2階に美術室はある。




 ――のだが、




「……?こっちじゃないの?」


「うん。ちょっと寄るところがあって」


 僕の足は、脳裏に蘇りそうになる思い出を振り切りながら、逃げるように、拒むように、その場を離れて行く。




 僕はそこには行けないと、心の叫びに従って――。




 ――なのに、




「……どうしてついてくるの?」


「なんとなく」


「授業遅れるよ?」


「それは君もでしょ」


「そうだけど……」


 その場を離れる僕に、ついてくる君。
 その言葉に押され、僕は振り切れずにも仕方なく、1階へと降りて行く。


 僕はには敵わないなと、そんな変な自覚を抱きながら。




 ――保健室前。




 目的地へと到着し、その表札を見た途端、君は複雑そうな表情でこちらを見る。


「どこか調子でも悪いの?」


「まぁ、そんなところかな」


「……?」


 けれど、君の見解は半分正解で半分間違いだった。




 ――何故なら、




「――また来たの?」




 ノックと共に扉を開いた先。そこにあったのは案の定の先生の声。
 だから僕は平然と申し出た。




「ベッド借りても――」




「ダメ」




「いや、でも――」




「ダメ」


「……」


 頑なな態度。
 どうしてこうも……。


「毎回毎回、酷いですねぇ……」


「『酷い』のはあなたの方でしょ?」


「……」


「事情は知っているけど、授業にはちゃんと出なさい」


「出れないほど重症だから来てるのに……」


「あなたのそれはただの逃げよ。さ、早く行かないと授業に遅れちゃうわよ」


「……」


「……後ろの子、転入生でしょ?ちゃんと連れてってあげないと、あなたのせいで初日からいきなり授業遅刻なんて、しゃれにならないわよ?」


 こっそりと囁かれるその言葉。後ろへと目を向ければ、疑問符を上げて立つ君が一人。
 その言葉に僕は何の否定もできず、


「……わかりましたよ」


 否が応にも、そう答えるしかなかった。




 保健室を出て、美術室へと向かう途中、君は不思議そうに口を開いた。


「ねぇ、どうして保健室に寄ったの?」


「恒例行事」


「へ?」


 お道化どけた僕に、間抜けな声を上げる君。
 そんな他愛もない会話は一瞬で、


「着いたよ」


 美術室もくてきちへと到着した。




「――ん?君は転入生の……」




 開かれる美術室の戸。ふとして現れる教科担の先生。
 そこに君は自然と名乗りを上げる。


「青木唯奈です」


「君が……」


 後ろにいる僕。先生の目がチラリとこちらへ向けられる。
 複雑そうな表情を浮かべられ、先生の声色は低く、


「あと2分でチャイムが鳴る。早く席に着きなさい」


「はい」


 誘導され、教室へと入っていく君。
 それを僕は遠目に眺め、不思議にも頬を緩ませてその場を後にした。


「あれ?」


 振り返った彼女。
 だがそこには何もなく、探そうとする彼女を止めるようにして、不穏にもチャイムは鳴り響いた。




      ※ 『唯奈と敬護』




 ふとして消えたキミ
 まったく、私を一人置いてどこへ行ったのやら。


 戸惑う私。
 けれどもそれを表に出すことはなく、私は黒板を黙視する。




 取り残されて受ける授業。美術の王道――写生大会。




 周りは和やかにも互いを写し合っている。


 私は一人、周りを見渡して真っ白なキャンバスを眺める。


「はぁ……間遠君かれ、どうしちゃったのかな……」


 ふと漏らしたため息。一人呟いた言葉だった。




 ――でも、




「――どうかしたの?」




 途端に声を掛けてきた、笑顔が素敵な女の子。


「えっと……」


 確かこの子は……。


「副会長の『なかえい』さん……?」


「うん、そうだよ」


「……」


「それで、何を悩んでいたの?」


「えっとね……」


 視線を自然と、隣の席へと移す私。
 移動教室であっても、席の配置はクラスの教室と一緒。


 それなのに、空白の席があるというのに、周りは至って普通。誰も心配をする素振りがない。先生ですら、当たり前のように授業を進めている。


 私はそこに、どこか寂しさを覚える。


 すると彼女は、隣の席へと視線を移した私に気づいてか、困り気味にも複雑そうに口を開いた。


「……ここにいる皆はね、ほとんどが保育園や幼稚園の頃からの腐れ縁で、同小同中の幼馴染なんだよ?」


「うん?」


「都会と比べれば田舎のような街で、何でもあるけど何にもない。住みやすくて居心地のいい街。小さいようで大きく、すれ違う人々が不思議とどこかで会ったような感覚に陥るほど、見知った関係が生まれやすい」


 淡々と語る彼女。
 何を意図として話しているのかはわからない。




 ――けれど、




 その姿はどこか思い深そうで、何かに浸り込んでいるようで、微笑ましくも寂しそうに見えた。


「そんな中でも、彼……間遠君は誰よりも変わってしまった……。ほんと、別人ってくらいに……」


「それって……」


 複雑そうに困り顔をする彼女。
 その理由を確かめるべく、私は口を開こうとするのだが、




「――それは俺が教えるよ」




 突然現れた彼。黒縁眼鏡の似合う、少し高めの中身長。


 彼は確か……。


「『まつしたとも』くん……?」


「うん……」


 しんみりとした雰囲気えがおで、返事をする彼。
 想像していたよりも違った印象を覚える。


 そんな私に、彼はゆっくりと口を開き、確かな答えを口にする。




「―――」




「……っ」


 告げられた過去。詰まる息。
 その言葉に対し、私は、口を噤むことしかできなかった。




 わかってはいても、やっぱりそれは、残酷なものだったから――。




      ※




 ――屋上。




 雲一つない快晴の空。頬を撫でる爽やかな春風。
 心地よくも抱かれるこの空間は、ひっそりと、それでいてさり気なく、あの頃を思い出させる。


 嫌いじゃない夢。ずっと浸っていたい暖かな幻。




 ――ただ、




 覚めた時にある喪失感と虚しさ。
 それさえなければなと、何度も思う。


 自然と流れそうになる涙を堪え、強く瞼を閉じてゆっくりと開けば、授業終わりのチャイムが鳴り響く。


 『次の授業は何だっただろうか』と思考を働かせながら、横になっている身体を起こそうとするも、この空間ばしょが心地よく、そう思わせるだけだった。


「体育か……」




 遣る瀬無い思いを抱きながら、『仕方ないな』と再度起き上がろうとした時――、




「いた――っ!!」




 バタンと勢いよく開かれた扉。鳴り響く声。
 チャイムが鳴って1分も経たたずして、君は突如として現れる。


 それに対し僕は、運悪くも調度起き上がってしまい、隠れる暇もなくして見つかってしまった。


「授業サボって何してるかと思えば……っ」


 地に足を強く叩き付けながら、近づいてくる君。
 怒りを強調しているのがわかる。


 塔屋にいる僕。


 タラップを上ってくる足音が、徐々に大きくなるのを感じる。若干の嫌気がさしながら、仕方なくまた横になる。


「……急にいなくなるんだもんっ!」


 登り切った君。
 溢す愚痴が強く、耳の奥に響き渡る。


「美術は苦手なんだ……」


 半目になり、また蘇りそうになる思い出を、瞼を閉じて振り切る。


 なんで今日はこんなにも……。


「嘘つき……」


「え?」


 呟いた君。


 その声が聞き取れなくて、


「なんでもなーい」


「……?」


 誤魔化す君に、僕は何度も疑問符を浮かべてしまう。


「次、体育だよ。またサボる気?」


「……いや、次はちゃんと出るよ。君がそこをどいてくれたら、ね」


「むぅ……」


 少し不満気にっていく君。
 僕は何故か微笑してしまう。




 そこにどこか、懐かしさを覚えながら――。




      ※




 ――2時間目、体育。




 誰もいない更衣室で着替え、グラウンドへと集合した僕。今日は女子と合同のトラック走。


 走り終わった者から男子はソフトボール、女子はバスケットボールをする。それ故に、張り切る者、怠ける者が多数存在し、僕はどちらかというと普通だった。


 早くもなく、遅くもない。中途半端な自分のペース。


 運動をすることは嫌いじゃない。
 けれど、汗をかきたくない。疲れるのも嫌い。その程度の理由。


 そんな中、君は駆ける音を立てながら背後から近づいてくる。横に並び立ち、笑みを浮かべる。


「早いね」


「ふふん♪」


 自慢気な顔。
 まとめられた髪を垂らし、ユサユサと揺らしている。


「髪、結んだんだね」


「うん。ちょっと邪魔だったから」


「似合ってるよ。ポニーテイルだっけ……」


「そう?」


 流れる汗。保たれた呼吸。会話をしながらの走行。
 乱れることなく、疲れている素振りもない。




「――おい、チンタラ走るな!追加するぞ!」




 響く先生の声。


 嫌気がさすも、体力にはまだ余裕があったためペースを上げる。
 彼女との距離は徐々に開き、前の走者を一人、また一人と追い抜く。


 そして自然と、背後へと目を向ければ、君も同様に余裕綽々と男子を追い抜いている姿がある。


 底なしの体力。
 僕は今日、君に驚かされてばかりだ。


「君は凄いね」


「……?」


 再び並び立ち、先生の目を盗んで会話する僕。


「何に対しても、ひたきに全力なところ」


 今日出逢ったばかりなのに、僕は君のいろいろなところを知っている。
 そのことに少し、おかしく思う。


「ラスト1周~!」


 またも響く先生の声。




 ――すると、




「……っ」


 スピードを上げる君。
 先頭に立ち、徐々に切り離されていく。


 それを僕は平然と眺めている。あれは追いつけるレベルじゃない。




 ――けれど、




 そんなものは、諦める理由にはならない。


「くっ……」


 スピードを上げた僕。
 それでも君には追い付けなくて、君は先にゴールへとたどり着いてしまう。


「はぁ…はぁ…」


 切れる息。
 結局僕は追いつけないままで、君は息を整える。


「私の、勝ち……っ」


 ゴールし、息を整える僕に、振り替える君。


 何故あそこで走り出したのかはわからない。




 ――ただ、




 遠目にも眺めた彼女の走る横顔が、何よりも美しかった――。




 トラック走を終えて、フェンスに背中を預け、その陰に腰を下ろす僕。


 男子はソフトで、女子はバスケで。何ともアメリカンな2時間目。


 転校してきた君。
 初日から、今まで溜まっていた鬱憤を晴らすかの如く、動き回っている。違和感なく、周りに溶け込んでいる。


「おーい間遠、お前の番だぞ~」


 響く呼び声。回ってきた打席。


 授業でのソフトボールは比較的簡単で、それほど本格的じゃない。ピッチャーの球は、全員が打ちやすいようにスローボールのみ。




 ――だから、




 グリップを少し軽めに、それでいて若干強く握りしめる。ボールだまには見向きもせず、ただひたすらに神経を研ぎ澄ます。


 1球2球とボールが続き、3球目が放たれる。それは僕が待ち望んでいた、ど真ん中のボールだった。


 だからそこに、バットの芯をぶち当てる。勢いよく振り抜く。


 高く、高く、飛打球が空へと舞い上がる。伸びて、伸びて、徐々に降下していく。大きな放物線を描き、ポツンと地面に転がる。


 上手くいったみたいだ。


 心の中でそう呟けば、唖然とする周りの光景すがたが一つ。
 そのうちにバットを置いて、塁を回っていく。


 誰も動かない静寂。
 一塁を蹴った途端にそれは終わりを告げる。


「マジかよ……ホームランじゃねぇか!?」


「嘘だろ!?」


「すげぇ……」


 ざわつく皆。
 僕よりも身体能力は遥かに上だというのに、そこまで驚くことだろうかと思ってしまう。


 ど真ん中のスローボール。
 それは全く持って当てられないことはないもので、皆にだってできること。後は空高く振り切ればいいだけ。




 平然と塁を回り、ホームベースを踏むと、意味深な笑みを浮かべて立つ――『松下友樹トモ』がいた。




「やったな」


「ああ」


 振り上げられた手。ハイタッチの合図だ。
 だからそこに、盛大なやつをお見舞いしてやる。


「いって……っ」


 パチンという盛大な音が鳴り響き、叩いた手は互いに赤くヒリヒリする。
 でもそこにあったのは、苦痛に耐える表情ではなく、こそばゆくも溢す涙目の笑顔だった。


 そんな他愛もない和やかな空気が流れる中、僕はチラリと彼女へと視線を移す。
 すると彼女も、自然とこちらを眺めていた。間抜けにも口を開き、皆と同様に唖然としている。


 それで僕は微笑を浮かべるのだが、何を勘違いしたのか君は一瞬の笑みを溢した後、悔し気な顔をこちらへと向けてくる。どうやらは負けず嫌いのようだ。


 僕なりの転校祝いを考えた結果、野球などである『君のために捧ぐホームラン』的なものを実行したのだが、彼女にとってはさっきのお返しとして受け取られたようだった。


 フェンスの影へと戻る僕。これから先、当分打席は回ってこない。
 そのため、時計へと目を向けるのだが、まだ少し時間があり、退屈故に空を眺めてしまう。


 見上げた空。
 そこには1羽、鳥が翼を広げて飛んでおり、耳にはホイッスル音が鳴り響く。


 気づけば、女子チームの交代が行われており、不満げな顔を浮かべる君が近づいてくる。


「は~あ~……。もっとしたかったなぁ……」


「あんなに動き回っていたのに、まだやるつもりだったの?」


「む……」


 口を尖らせる君。
 その姿が可愛らしく、僕は微笑を浮かべてしまう。


「人生は一度きりなんだよ!楽しまないでどうするの!」


「そうだけど……」


 言い淀み、君の言葉に納得してしまう僕。
 ただやっぱり、君を思うと口元が緩む。


「……やっぱり、君は凄いよ。そんなにも、常に全力でいられるんだから……」


 怒気を浮かべていた君。


 けれどの頬は、徐々に緩みだし、


「……君の方が、全然凄いよ」


 君は目の前に立ち、後ろで組んでいた手を差し出す。
 そこには先ほど打ち上げた、僕のホームランボールが乗せられている。


 そして君は、思い知らすように、言い聞かせるように、口にする。


「……私は全然、凄くないよ……」


 ふと呟かれた言葉。薄く微笑む君。
 僕はそこに、どこか寂しさを覚える。




 瞳に映る彼女キミが、とても――、




 儚げだったから――。





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