奴隷を助けたはずが奴隷になったのでタスケテください!
24 アカヤの狂気
十畳ほどの病室。
俺はベッドであぐらをかきながらアンジェリカを待っていた。
彼女はいくつかのタオルをぬらしにいった。
行動がみょうに親切だ、なにか裏があるように思えてならない。
数分後、彼女が病室へ帰ってきた。
タオルを彼女から受け取った後、それで体をふいてゆく。
「まさかとは思うが、サービス料金として魔石を請求しないだろうな」
彼女の顔が一瞬でゆがむ。
「知り合いが入院したら、これぐらい普通に思うけど……。
記憶をなくす前の私は、それほどまでに性格がひどい?」
「助けてほしければ金を払え、ってタイプ。
口も悪いし、気に食わないことがあれば、すぐに暴力をふるったな」
彼女はスカートのスソを両手でつかみ、静かにうつむく。
タオルを動かす手をとめる。
言葉のアヤが過ぎただろうか。
「なんだ、しおらしいな」
「別に……。記憶を取り戻した後の罪悪感が怖いの。
今の私と記憶を失う前の私。どちらも同じだけど、それを受け入れたくない」
彼女がわずかに鼻をすするので、俺には涙をこらえているように見えた。
ふと、ノアが以前に言ったことを思いだす。
「一人旅の途中、色んな人を見てきたけど、ほとんどの人は、自分にとって利益にならないことはしなかった」。
アンジェリカは旅をしている内に人間不信へおちいったのかも知れない。
「昔のアンジェリカには、そういう考えが必要だったんだろう」
「なぐさめているつもり?」
「思ったことを言っただけ」
彼女がこちらから目線を外し、小さな声で何かを言った。
音量が小さい為によく聞こえなかったが、最初の「あ」だけは耳に入った。
「はっきりとものを言え」
「う、っつ、うるさいッ! 何よ、急に優しくして」
またうるさくなったな、放置しておこう。
俺は施術されているギプスを魔法で割り、タオルで背中や腹部をふいてゆく。
一秒でも早く風呂に入りたい気分。
背中の一番かゆいところが、うまくふけずにもだえる。
アンジェリカが俺の背後へ移動する。
「なんだよいきなり、首でもしめる気か」
彼女が「バカ」とつぶやく。
突然、タオルが肩甲骨の周辺に当たる感触を得た。
「ここが一番かゆいの?」
「いや、肩甲骨の間にある背骨の辺り。
病人には優しいんだな」
タオルが、指定したところをごしごしとしてゆく。
「名前、知りたい」
変態と呼んでおいて、いまさらそれをきくのか。
「…………、アカヤ」
「変な名前、似た名を一度もきいたことない気がする」
ここは日本じゃないから、名前に違和感を持つのは当然だろう。
俺が返事をしないので、無言のまま数分が過ぎた。
「体が傷だらけ、特に背中がひどい。何したの?」
彼女が少し早い口調でそう言った。
「背中の傷は、ヘスティアってヤツにやられた。かなり削れてると思う」
タオルの動きが止まる。
「まさか、三処女神のヘスティア?」
「そうだよ、アテナもアルテミスも復活した。……、知ってるだろう?」
「国から正式な発表はなかったけど、ウワサにはなってる」
戦死者まで出れば、人の口に戸は立てられない。
「すぐ燃やすよ、俺が」
彼女の手が背中をなでる感触を知る。
「なんで戦うの、こんな傷だらけになってまで。ゲルヴァシャから報酬でもある?」
やれやれ、なにを言いだすかと思えば。
「当たり前だろ、戦うさ。リーシェを助けなきゃならないし、被害者が増えるのを黙って見る気もない」
自分の脈拍が聞こえてしまいそうなほどの無音、それが病室を通った。
「狂ってる」
彼女がそうつぶやいた。
俺は何も考えられないほどのショックを受けた。
「価値観が違うだけだ、言い過ぎだぞ」
「見返りもなく、他人を助けることは当たり前じゃない。
アカヤ……、正義感の奴隷なんだね」
出血して倒れている人がいれば、自分のスマホで救急車を呼ぶ。それが間違った感覚だと言うのだろうか。
「そんな風に考えたことはなかった」
「アカヤは他人を助けるかも知れないけど、他人はアカヤを平気で見捨てるでしょうね。
きっと今のまま行動していれば、最後には資産も体も……、全てを失って独りで死ぬことになる」
彼女なりの忠告だろうか。
「そうなるとしても、自分を偽って生きることの方がはるかに辛い」
彼女が「そう」とつぶやく。
なぜ彼女が俺に話しかけてきたのか、少しだけわかった気がした。
見返りだけを求めて行動した者の末路が、今のアンジェリカだ。
「寂しいのか、独りが」
「別に……、寂しくないし」
かるく笑う。
「ウソが下手に思った、説得力ないぞ」
「なによっ、まるで私がかわいそうな人のようじゃない!
白内障でもわずらってんの? それとも、眠い?」
彼女が俺の顔をタオルで包み、ごしごしとしてゆく。
マッサージのようで気持ちいい。
「うっとりしてるでしょ? 体の力が抜けたの分かる」
タオルが耳のみぞをほじってゆく。
背中がぞくぞとして、俺はわきを無意識にしめてしまう。
筋肉痛が辛い。
彼女がふきだすように笑ったのが、聞こえた。
「いやらしー、なんでヒクついてるのよ。ここに神経でも集中してる?」
耳穴と耳たぶが同時にタオルでふかれてゆく。
やれやれ、俺で遊び始めたな。
振動を尻に感じた。
どうやら、彼女がベッドに座ったようだ。
「ちょっと面白くなってきた、アカヤって敏感肌?」
「なにを聞いてるんだ。もういいって、筋肉痛で辛いんだ!」
タオルの動きがなぜか活発になった。
「答えなさいよ。ここら辺で弱み握っておかないと、一生いじられそうな気がする」
「そんなことするわけないだろ! 頼むから……」
彼女が俺の背中やわきを指ですうーっとなでてゆく。
「アッ、ああ、あああッ、やめッ。
アッ、アッ、アッ、あああああ!」
ぞくぞくとする感覚と筋肉痛が激しいので、そう叫んだ後に前へ倒れてしまった。
病人ギャクタイだろ、涙がでてきた。
「ごめん、さすがにやり過ぎた。声かなり気持ち悪いよ」
病室の戸が開く。
そこには、さきほど廊下ですれ違った女性看護師が立っていた。
しかも、ドン引きした表情に見える。
「何……、してるんですか?」
「この女が嫌がらせしてくるんです、助けてください」
「なによ! 術後のケアとして、かゆいとこをふいてあげてただけでしょ!
それに突然ギプスを割って半裸になったのはアカヤだし、変な声で叫んだのもアカヤだから、私はなにも悪くない!
最初はあんなに気持ちよさそうな顔をしてたじゃない、嫌がりもせずに! 恥かしいところ見られたからって、女性に責任転嫁するなんてひどいよっ!」
女性看護師が「うわキモッ」とつぶやいて、戸を閉めた。
「お腹減ったなー、最近は満足に食事もできない」
事実を編集する女、アンジェリカはそしらぬ顔で俺の見舞いのお菓子を食べ始めた。
「体をふいてくれたのはありがとう。だけど、もう帰ってくれないか」
「ふぉえ? いひゃひょ。まぁだぁ、おォみぃまあいの品が残ってるじゃない」
彼女は、メモーリさんが差し入れしてくれた果物を笑顔で食べてゆく。
そして、こちらへ果物をひとつ手渡そうとした。
「ほら、食べなさい。栄養をつけないと、いつまでも治らない」
俺はその果物を奪う。
「痛いっ、女を雑に扱うな、後で後悔しろ」
「なに言ってんだ、俺の見舞いをわが物顔でほおばるな!
ドロボウが厚かましい」
俺たちはベッドの上でひとつの果物を奪い合う。
突然、星を割ったかと思うほどの揺れが起きる。
病院がまたたく間にくずれだした。
————プロメテウスの立方体————
赤い立方体を魔法で作り出し、俺たちをそれで囲う。
落ちてきた床や金属がそれに当たってゆく。
終止、彼女は俺に抱きつきながら叫んでいるだけなのでうるさい。
「なんとかしてえええええええ!」
建物のほう壊と揺れが終わった。
——プロメテウスの炎剣、それで上に積もったガレキを吹き飛ばす。
俺たちはそこから出た。
空がとても近くに感じる。
それに、どことなく息苦しい。
「空が小さくなった?」
腕を組んだアンジェリカが、周囲を見渡しながらそう言った。
災害によって、国はむざんな姿に変わっていた。
周囲の地面が急激に陥没してゆく。
そうしてできた穴のはるかな下に砂漠や建物が見えた。
「違う、ゲルヴァシャの大地が空にのぼったんだ」
俺はベッドであぐらをかきながらアンジェリカを待っていた。
彼女はいくつかのタオルをぬらしにいった。
行動がみょうに親切だ、なにか裏があるように思えてならない。
数分後、彼女が病室へ帰ってきた。
タオルを彼女から受け取った後、それで体をふいてゆく。
「まさかとは思うが、サービス料金として魔石を請求しないだろうな」
彼女の顔が一瞬でゆがむ。
「知り合いが入院したら、これぐらい普通に思うけど……。
記憶をなくす前の私は、それほどまでに性格がひどい?」
「助けてほしければ金を払え、ってタイプ。
口も悪いし、気に食わないことがあれば、すぐに暴力をふるったな」
彼女はスカートのスソを両手でつかみ、静かにうつむく。
タオルを動かす手をとめる。
言葉のアヤが過ぎただろうか。
「なんだ、しおらしいな」
「別に……。記憶を取り戻した後の罪悪感が怖いの。
今の私と記憶を失う前の私。どちらも同じだけど、それを受け入れたくない」
彼女がわずかに鼻をすするので、俺には涙をこらえているように見えた。
ふと、ノアが以前に言ったことを思いだす。
「一人旅の途中、色んな人を見てきたけど、ほとんどの人は、自分にとって利益にならないことはしなかった」。
アンジェリカは旅をしている内に人間不信へおちいったのかも知れない。
「昔のアンジェリカには、そういう考えが必要だったんだろう」
「なぐさめているつもり?」
「思ったことを言っただけ」
彼女がこちらから目線を外し、小さな声で何かを言った。
音量が小さい為によく聞こえなかったが、最初の「あ」だけは耳に入った。
「はっきりとものを言え」
「う、っつ、うるさいッ! 何よ、急に優しくして」
またうるさくなったな、放置しておこう。
俺は施術されているギプスを魔法で割り、タオルで背中や腹部をふいてゆく。
一秒でも早く風呂に入りたい気分。
背中の一番かゆいところが、うまくふけずにもだえる。
アンジェリカが俺の背後へ移動する。
「なんだよいきなり、首でもしめる気か」
彼女が「バカ」とつぶやく。
突然、タオルが肩甲骨の周辺に当たる感触を得た。
「ここが一番かゆいの?」
「いや、肩甲骨の間にある背骨の辺り。
病人には優しいんだな」
タオルが、指定したところをごしごしとしてゆく。
「名前、知りたい」
変態と呼んでおいて、いまさらそれをきくのか。
「…………、アカヤ」
「変な名前、似た名を一度もきいたことない気がする」
ここは日本じゃないから、名前に違和感を持つのは当然だろう。
俺が返事をしないので、無言のまま数分が過ぎた。
「体が傷だらけ、特に背中がひどい。何したの?」
彼女が少し早い口調でそう言った。
「背中の傷は、ヘスティアってヤツにやられた。かなり削れてると思う」
タオルの動きが止まる。
「まさか、三処女神のヘスティア?」
「そうだよ、アテナもアルテミスも復活した。……、知ってるだろう?」
「国から正式な発表はなかったけど、ウワサにはなってる」
戦死者まで出れば、人の口に戸は立てられない。
「すぐ燃やすよ、俺が」
彼女の手が背中をなでる感触を知る。
「なんで戦うの、こんな傷だらけになってまで。ゲルヴァシャから報酬でもある?」
やれやれ、なにを言いだすかと思えば。
「当たり前だろ、戦うさ。リーシェを助けなきゃならないし、被害者が増えるのを黙って見る気もない」
自分の脈拍が聞こえてしまいそうなほどの無音、それが病室を通った。
「狂ってる」
彼女がそうつぶやいた。
俺は何も考えられないほどのショックを受けた。
「価値観が違うだけだ、言い過ぎだぞ」
「見返りもなく、他人を助けることは当たり前じゃない。
アカヤ……、正義感の奴隷なんだね」
出血して倒れている人がいれば、自分のスマホで救急車を呼ぶ。それが間違った感覚だと言うのだろうか。
「そんな風に考えたことはなかった」
「アカヤは他人を助けるかも知れないけど、他人はアカヤを平気で見捨てるでしょうね。
きっと今のまま行動していれば、最後には資産も体も……、全てを失って独りで死ぬことになる」
彼女なりの忠告だろうか。
「そうなるとしても、自分を偽って生きることの方がはるかに辛い」
彼女が「そう」とつぶやく。
なぜ彼女が俺に話しかけてきたのか、少しだけわかった気がした。
見返りだけを求めて行動した者の末路が、今のアンジェリカだ。
「寂しいのか、独りが」
「別に……、寂しくないし」
かるく笑う。
「ウソが下手に思った、説得力ないぞ」
「なによっ、まるで私がかわいそうな人のようじゃない!
白内障でもわずらってんの? それとも、眠い?」
彼女が俺の顔をタオルで包み、ごしごしとしてゆく。
マッサージのようで気持ちいい。
「うっとりしてるでしょ? 体の力が抜けたの分かる」
タオルが耳のみぞをほじってゆく。
背中がぞくぞとして、俺はわきを無意識にしめてしまう。
筋肉痛が辛い。
彼女がふきだすように笑ったのが、聞こえた。
「いやらしー、なんでヒクついてるのよ。ここに神経でも集中してる?」
耳穴と耳たぶが同時にタオルでふかれてゆく。
やれやれ、俺で遊び始めたな。
振動を尻に感じた。
どうやら、彼女がベッドに座ったようだ。
「ちょっと面白くなってきた、アカヤって敏感肌?」
「なにを聞いてるんだ。もういいって、筋肉痛で辛いんだ!」
タオルの動きがなぜか活発になった。
「答えなさいよ。ここら辺で弱み握っておかないと、一生いじられそうな気がする」
「そんなことするわけないだろ! 頼むから……」
彼女が俺の背中やわきを指ですうーっとなでてゆく。
「アッ、ああ、あああッ、やめッ。
アッ、アッ、アッ、あああああ!」
ぞくぞくとする感覚と筋肉痛が激しいので、そう叫んだ後に前へ倒れてしまった。
病人ギャクタイだろ、涙がでてきた。
「ごめん、さすがにやり過ぎた。声かなり気持ち悪いよ」
病室の戸が開く。
そこには、さきほど廊下ですれ違った女性看護師が立っていた。
しかも、ドン引きした表情に見える。
「何……、してるんですか?」
「この女が嫌がらせしてくるんです、助けてください」
「なによ! 術後のケアとして、かゆいとこをふいてあげてただけでしょ!
それに突然ギプスを割って半裸になったのはアカヤだし、変な声で叫んだのもアカヤだから、私はなにも悪くない!
最初はあんなに気持ちよさそうな顔をしてたじゃない、嫌がりもせずに! 恥かしいところ見られたからって、女性に責任転嫁するなんてひどいよっ!」
女性看護師が「うわキモッ」とつぶやいて、戸を閉めた。
「お腹減ったなー、最近は満足に食事もできない」
事実を編集する女、アンジェリカはそしらぬ顔で俺の見舞いのお菓子を食べ始めた。
「体をふいてくれたのはありがとう。だけど、もう帰ってくれないか」
「ふぉえ? いひゃひょ。まぁだぁ、おォみぃまあいの品が残ってるじゃない」
彼女は、メモーリさんが差し入れしてくれた果物を笑顔で食べてゆく。
そして、こちらへ果物をひとつ手渡そうとした。
「ほら、食べなさい。栄養をつけないと、いつまでも治らない」
俺はその果物を奪う。
「痛いっ、女を雑に扱うな、後で後悔しろ」
「なに言ってんだ、俺の見舞いをわが物顔でほおばるな!
ドロボウが厚かましい」
俺たちはベッドの上でひとつの果物を奪い合う。
突然、星を割ったかと思うほどの揺れが起きる。
病院がまたたく間にくずれだした。
————プロメテウスの立方体————
赤い立方体を魔法で作り出し、俺たちをそれで囲う。
落ちてきた床や金属がそれに当たってゆく。
終止、彼女は俺に抱きつきながら叫んでいるだけなのでうるさい。
「なんとかしてえええええええ!」
建物のほう壊と揺れが終わった。
——プロメテウスの炎剣、それで上に積もったガレキを吹き飛ばす。
俺たちはそこから出た。
空がとても近くに感じる。
それに、どことなく息苦しい。
「空が小さくなった?」
腕を組んだアンジェリカが、周囲を見渡しながらそう言った。
災害によって、国はむざんな姿に変わっていた。
周囲の地面が急激に陥没してゆく。
そうしてできた穴のはるかな下に砂漠や建物が見えた。
「違う、ゲルヴァシャの大地が空にのぼったんだ」
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