奴隷を助けたはずが奴隷になったのでタスケテください!

金丸@一般ユーザー

16ー1 砂漠の行路⑥

現れた魔物が、三日月を食べたように見えた。

モグラの頭部と手、ミミズの胴体、ハエの羽。

それらを合わせたような姿だ。

「災害指定級のヤツが出たぞ、手はず通りに動け」

ひとりの屈強な男がそう叫んだ。

他の傭兵たちが、魔物に対して弓のように布陣する。

「燃やすぞ、——ヘパイストスの炎砲えんほう

屈強な男の合図で、彼らが一斉に魔法を発動する。

赤い光が彼らを包む。

そして、一か所に集まると、その姿を巨大な炎の弾丸へ変えた。

「——打てッ!」

発砲音がごうごうと鳴る。

その衝撃で、周囲の岩やトゲのついた植物が吹き飛んだ。

炎の弾丸は回転しながら魔物に衝突する。

魔物は、ダメージを受けたのかひるんだ。

ミミズのような胴体の一部、それが燃えてゆく。

「次弾、打てぇーーッ!」

ふたたび、さきほどの弾丸が発射された。

魔物が紫の光に包まれる。

炎の弾丸が衝突しても、それにダメージを与えることはなかった。

また、最初に与えた傷が回復してゆく。

「持久力には自身ありってワケかい。

 おい、この中に、おじょうさまはいらっしゃいますかァ?」

周囲の傭兵が笑いだす。

「近接戦闘、頭を落せ!」

彼が突撃を指示する。

傭兵たちが、雄叫びを上げながら砂漠を駆けてゆく。

魔物が尻尾しっぽを振り下ろす。

爆発が起こり、彼らを沈黙させた。

それでも、まだ動ける傭兵は突撃を止めない。

その内のひとりが斧で攻撃を始める。

斧は、魔物の肌に衝突した瞬間に溶けてしまった。

「おい、みんな気を付けろッ、触れたら溶けちまう!」

魔物が体液を空へ飛散させる。

落ちてきた体液が、傭兵たちやその装備を溶かしてゆく。

「ああああ、アッタイいッ、アアああ!」

俺はノアへアンジェリカを渡す。

「リーシェと彼女を頼む」

「僕、またお留守番るすばんだね」

「ノアがいるから、全力で攻撃できる」

「ありがと、負けないでよ」

笑顔の彼女が、俺の尻をたたく。

魔物へ走りだす。

やがて、プロメテウスの炎剣でその胴体に一太刀ひとたちを入れた。

紫の光が傷口で発光する。

たちまちに、治療が始まった。

「たすけっ、マッマァアアア!」

魔物の触手が口のように開き、動けない傭兵を食べてゆく。

「ゆるせ、レナあああ!」

「子供をたのむ、ラーチェええええ!」

「グーゴッ、愛しているぞおおおおおお!」

救出が間に合わない。

魔物が奇声をけたたましく上げる。

それの幼体が増えてゆく。

炎剣でそれらを払いながら傭兵たちを助けてゆく。

————赤爆の小さな火球————

一円硬貨ほどの大きさの赤黒い球体を放つ。

それは、魔物を一瞬で焼き尽くした。

「なんて、魔法だッ。あのボランチアを一撃で!」

幼体のひとつが、ケイレンを起こす。

それは、急激に成長を始めて、山のように巨大な姿へ変わる。

さらに、分裂してゆく。

「まさか、全てを処理しなければ、永久に増殖ぞうしょくしてゆくのか」

俺の足元で腰を抜かしている傭兵がそう言った。

なるほど、自然災害に等しい脅威きょういだ。

————赤爆の追炎ついえん————

もう一度、赤黒い球体を作り出す。

大きな鳥のような赤黒い火が、そこからいくつも飛ぶ。

そして、それらは幼体たちを捕食してゆく。

数匹のボランチアが、羽ばたいて逃げようとしたのが見えた。

————赤爆の火弦————

無数の火弦が、飛んでいるそれらを地面へしばりつける。

「最上級の魔法緊縛だとッ! しかも、たやすく何本も同時に。

 これは普段から何かを相当に縛ってるぜッ!」

男の言葉を聞いたノアが、つばを飲んだように見えた。

一体のボランチアが、口の前に茶色の光を収束させてゆく。

どうやら、強力な魔法を準備しているようだ。

————赤爆の焔鎌ほむらがま————

赤紫に光る全長1メートルほどの鎌(サイス)を作り、それを振る。

斬撃は衝撃波へ変わり、鎌の刃の形でボランチアへ迫る。

ボランチアが、茶色に発光する球体を撃つ。

それはレーザーのような攻撃だ。

ふたつの魔法が衝突する。

拮抗きっこう状態が生まれた。

それも束の間。

俺の衝撃波が、レーザーの様な攻撃を破り、ボランチアの頭部を切り飛ばす。

そして、その体を一瞬で焼却する。

拘束されている一体のボランチアが、ケイレンを起こす。

「ヤサオ、再生しちまうッ!」

俺の足を掴んだたくましい傭兵がそう言った。

「腰抜けがしゃべるな。砂をなめていろ」

赤爆の焔鎌を全てのボランチアへ振る。

衝撃波が、それらの頭部をすぐに切りはねた。

夜の砂漠、巨大なたき火がそこへ無数にともった。

残り火が風と共に消える。

傭兵たちが歓喜してゆく。

「生き残ったぞ、おばあちゃああああん!」

「ああ、メルティーナ……、また君に会えるなんて!」

「明日は街で宴会だあ、コンパニオンたんまりだぜえ」

笑顔のノアが、布を持ちながらこちらへ走ってくる。

「アックン、お疲れ! これで砂漠を抜けれるね」

「そっちもお疲れ。明日も長距離移動だ」

俺は彼女から布を受け取って、腰にまく。

「おい、ヤサオ! テントに空きができたから使えよ。

 小言のうるせえ役人は、俺たちが見ててやるから」

スキンヘッドの傭兵がそう言った。

「急に善人へ変わったな」

「バッカ、おめえ。あの男を使って追加報酬をゴネとるんだよッ」

俺とノアは軽く笑った。

「おい、ここはどこだって聞いてる!」

アンジェリカが野営所で騒ぎ始めたようだ。

俺たちはそこへ戻り、彼女へ事情を説明する。

「ゲルヴァシャ国で治療すれば、私の記憶は治るかも」

彼女は、嬉しそうにそう言った。

「きっと、治りますよ。一人旅は大変でしょうが、応援しています」

俺は、近くにいた傭兵からスコップを借りた。

「ヤサオ、なにするんだ?」

「別に。迷惑はかけないよ」

野営所から少し離れた場所で穴を掘り始める。

穴が1メートルほどの深さになった。

そこへ、亡くなった傭兵を埋める。

服の内側に、「ジャック・デップ」という名前が見えた。

俺は目を閉じて合掌がっしょうする。

————プロメテウスの茶毘たび————

穴の底で彼の体が静かに燃えてゆく。

誰かに頼まれたわけではないし、誰が何かを得することもない。

まあ……、えき病は防止できるが。

しょせん、とむらいなんて自己満足にすぎないのだろう。

傭兵たちは寝てしまったのか、人の姿はもうどこにもなかった。

蛍火ほたるびが空へのぼる中、俺はその作業を繰り返してゆく。

夜は静かに過ぎていった

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