この世には、数字にできないことがある

一刻一機

第13話 ユース①

 姓無きユースは、3人兄弟の長兄である。

 ただし、ユースは教会に捨てられていた孤児で、他の2人もまた同様に孤児であった。

 だが、彼らは本当の家族以上に互いを信頼し、愛し、心の支えとして生きてきたし、そのことを誇りに思っていた。

 逆に言えば、3人にとっては、この3人しか互いを守る者がおらず、家族さんにんだけが世界の全てであった。


 ユースは、自分が下2人の弟妹と違って、頭が悪く不器用であることを認識していたため、早くから自分には武力を振るうことでしか、弟達を守ることができないと理解していた。

 その為、協会で開催する学習教室で、護身術としての剣術に触れると、それ以降毎日狂ったように剣を振り続けた。

 剣術の訓練ように使う剣は、町の道場や騎士団のお古をタダで貰ってきたもので、当時のユースの体格からすれば大き過ぎるものだったが、碌に師匠もいないユースを止める者はいなかった。

 そしてそれが、彼の爆発的な成長の秘訣でもあった。

 腕が上がらなくなるまで、重い剣を上に振り上げ、下に振り下ろす。

 愚直に、毎日ひたすら黙々と、その動作をこなし続けるユースを見て、家族以外の子供達は「頭がおかしい奴だ」と笑って見ていたが、それも次第にユースのあまりの真剣さに誰も笑えなくなった。

 そして、ユースにはそんな無茶が出来るだけの才能があった。

 ーーこれを才能の一言で片付けるのは、彼の努力と想いに対して失礼かもしれないがーー

 筋繊維が破壊されても、剣を振り続けると言う狂気と、家族を守ると言う意地がユースに【強化魔法】を自然と取得させていた。

 【強化魔法】は、属性魔法や召喚魔法の様な複雑な術式を必要としない。

 大気中や自然物、そして己自身に潜む魔力をエネルギーとして燃焼させ、分子結合を強化するだけのシンプルな魔法である。

 シンプルだけに、ユースの真っ直ぐでひたむきな想いと相性が良かったのだろう。

 身体能力スペックの弱点を【強化魔法】で克服したユースの剣の腕は、めきめきと上達していった。

 ◆

 そんなユースが14歳になり、あと1年で成人を迎え、独り立ちが見えてきた頃、ユースは将来の進路として騎士になる道を選んだ。

 彼なりに考え抜いた末、自分独りがどれだけ強くなっても意味が無く、国を守ることが最終的に自分の家族を守る事に繋がると考えたからだ。

 後は単純に、安定した高い給金と、確実な身分が得られることも大きかったが。

「すいません。騎士になりたいのですが」

 良く言えば眉目秀麗、悪く言えば線の細い女々しい顔をしたユースが、初めて騎士団の門を叩いた時、当然のように受付の男は鼻で笑った。

 ちょうど何かの準備をしていたようで、門前にテーブルを並べ、そこに2人の騎士が座っていたのだ。

「馬鹿を言うな坊主。騎士団はそんな甘い場所じゃない。さっさとママの所へ帰んな」

「母はいません。父もいません。でも、2人の弟妹(きょうだい)がいます。あいつらを守るためにも俺は騎士になりたいんです」

「そうかい。志は立派だがな。それでなれれば苦労はしない。諦めろ」

 男は両眼に強めの威圧をかけて脅してきたが、ユースは飄々とその圧力を受け流した。

「ちっ……俺の眼力も効かねえとは、とんだボンクラか、それとも怖い物知らずの大馬鹿か……仕方がねえ。俺が世間の厳しさって奴を教えてやらあ。ついて来い」

「団長!?受付はまだこれからですよ!?貴族が来たら誰が対応するんですか!?」

 男がユースを連れて席を離れようとした時、一緒に居た騎士が、慌てた様子で男を引きとめようとした。

「うるせえ!わかってらぁ!すぐ戻るから、ぎゃあぎゃあ騒ぐな!……坊主、ガキはガキなりに騎士団を志したんだから、最低でも剣ぐらい振れるんだろ?俺に一撃でも有効打を当てる事ができたら、少しは考えてやる」

「本当ですか!?ありがとうございます!」

 男はさも仕方がないといった雰囲気で、ユースを連れて城の門を潜ると、高い塀で囲まれた広場に出た。

「坊主、運が良いな。今日は騎士団の新規入団者試験日だ。本当であれば、紹介状と預託金が無ければ、試験すら受けられねえが、俺の殺気に耐えた褒美だ。俺が直々に試験してやるよ」

 そう言った男はわざと刃引きの鉄剣を持ち、ユースにも手渡した。

 木剣よりも重く扱いづらく、また相手に与える恐怖プレッシャーも跳ね上がるからだ。

 男は『家族を守りたい』と言って、騎士団に来たこの小柄な少年のことを、実はとても気に入ってしまったのだ。

 だが、現実は甘くない。

 城にーーひいては王族との接点が極めて近くなる騎士団は、貴族達の政治的な駆け引きにも利用できるため、貴族の子弟がこぞって入団を希望してくるし、そういった連中程異常にプライドが高く、庶民が入ってくれば徹底的に差別され、冷遇を受ける。

 男が団長となり、そういった目に見える差別は排除してきたが、所詮は氷山の一角である。

 ただ志が高いだけでは、貴族の子弟達に雑用に使い潰されるか、酷い時には訓練と称して殺される可能性すらある。

 だから、男は心を鬼にして、ユースをここで叩きのめし、諦めさせるつもりであった。

「では、いきます」

 しかし、ユースが剣を握った瞬間、男は全身が総毛立った。

 小柄な少年が、身の丈に合わない程の鉄剣を持っているにも関わらず、その立ち姿はあまりにも自然であったのだ。

 何の気負いも無く、鉄剣の重さに苦しむ気配も何も無い。

 剣を握って立つユースの姿勢は、まるで大気が剣を支えているかのように、ピタリと綺麗に天に向かって真っ直ぐ立ち、一種の芸術すらを思わせる。

 男がその境地に至るまで、どれだけの時間と修練を重ねてきただろうか。

 この目の前にいる、成人前の少年が、自分と同じーー否、自分を超える修練を感じさせるとはーーこの剣との一体感を纏わせるまで要した、血と汗の量を一瞬で彷彿とさせられ、男は戦慄してしまったのだ。

「ーー!?」

 だからだろう。

 まるで近所を散歩するかのように緩やかに、だがスピーディに間合いを詰められ、剣が目前まで迫ってくるまで気がつけなかった。

「うおおおおお!?」

 男は全身全霊を持ってユースの剣を回避したが、すぐに次の剣が、ありとあらゆる角度から飛んでくる。

「ぐっ!がっ!はぁっ!」

 已む無く剣を剣で受け止め、体格にものを言わせ弾き飛ばそうとしても、想像以上にユースの剣が鋭く、そして重い。

「これほどとはっ……!」

 最初の立ち姿を見た時から只者では無いと思っていたが、男は自分の想定があまりにも甘いことを悟った。

(俺に【強化魔法】を使わせるほどかっ!)

「【全身強化】!」

 男が魔法を使用した途端、全身から湯気のように溢れた魔力が立ち昇った。

「うわぁ!?」

 今度はユースが悲鳴を上げる番だった。

 ユースの剣は、男の剛剣に弾かれ、避けられ、受けられる。

「どうした!お前の実力はこんなものか?町の外には、俺より力が強く素早い魔物は腐る程いるぞ!」

 自分の半分以下の子供に、本気を出してしまった時点で、男は既にユースの入団を認めていた。

 だからこそ、ユースが将来慢心しないよう、ここで全力でユースの心を折るーーつもりだった。

「さすが本物の騎士は凄いなあ。俺も本気を出さなきゃダメかあ」

「はぁ?」

 男にはユースの呟きが聞こえていた。
 聞こえていたからこそ、一瞬理解が及ばず頭が理解に追いつかなかった。

 ガキの苦し紛れには聞こえない。かと言って、男にーー王国騎士団の団長である自分と、魔法抜きで互角以上に渡り合っておいて、まだ底がある?

 なんの冗談だーー

「じゃあ、行くよ。死なないでね、おじさん」

 今まで片手で持っていた剣を、ユースは両手に持ち最上段に構えた。

「ちょ……待……」


「【無斬きれぬものなし】」


 男はユースの発した異常な気配に、思わず言葉で静止しようとした。

 男の百戦錬磨の本能が、如何なる術を用いても、これから放たれる技を止める事ができない。何の力も持たない『言葉』でしか止めることができない、と察してしまったのだ。

「うわああああ!?」

 死を覚悟した瞬間、男の剣は根元から断たれ、宙を飛んでいた。

「あ、あれ?何で、何で俺は生きてる……?」

 目の前には、振り下ろされたユースの剣が、まさに皮一枚と言ったところで止まっている。

 どうやら、無意識に尻餅をついたことで、頭をかち割られるのを避けられたらしい。

「あっぶなー、また手加減失敗しちゃった……難しいなあ……」

 ユースはそんな男を見ても、残念そうに後頭部を掻くだけだった。

「これで合格ですよね?」

「あ、当たり前だ……ああ、久しぶりに本気で死ぬかと思ったぜ……」

「はは。そんなこと言いながら、次は俺の【無斬】を躱せると思ってますよね?」

「まあな。同じ技を2回食らう程耄碌もうろくしたつもりはねえよ……ただ、あの技は何だったんだ?何で、刃引きの剣であんな切れ味が出るんだ?お前、【強化魔法】使ってなかったよな?」

 尻の土埃を落としながら、男はユースに次々と尋ねた。

 騎士団長の地位に就いてからも、修練を欠かした事はない。

 その長い修行人生を振り返っても、男にはユースの技は不可解な事だらけだった。だから本来なら、他人の奥の手を訊くのはマナー違反だったが、どうしても訊きたかった。

「え?俺はずっと【強化魔法】を使ってましたよ?」

「んなはずないだろ。だって、全然魔力の欠片も見えなかったぞ?」

 実際に男が【全身強化】を使用したい際は、全身から湯気のように魔力が滲み出ていた。

 一般的には、激しい炎のように魔力を噴出させる方が凄いと勘違いされているが、上級レベルになると魔力の運用効率を求め、体外に漏れる魔力を最小限に絞るようになるのだ。

「まさか!?」

 そこまで考えたところで、男は正解に辿り着いた。

「まさか、全く魔力を漏らしていないのか!?どんな魔力コントロールだよ!」

 【強化魔法】の効果を十全に発揮するには、対象となる武具や、体中に魔力を隙間無く行き渡らせる必要がある。

 だからこそ、一般的には【強化魔法】を使用するためには、多少勿体なくても全身から魔力を噴出させるのである。

 魔力をケチって、【強化魔法】そのものが発動しなくては、何の意味も無いのだ。

 だが、もしも魔力を全く漏らさず、かつ、十全に【強化魔法】が発動するギリギリのラインまで、体中に魔力を充填できるなら、その運用効率は想像を絶するレベルになる。

「どんなって言われても……体の動きと魔力の動きが完全に一致するまで、ひたすら反復練習を繰り返すだけだよ?」

「ああ……そうか、お前は天才じゃなくて、狂人の類だったのか……」

 男は、ユースの発言を聞き、最初から最後まで自分が勘違いをしていたことを理解し、深く頷いた。

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