この世には、数字にできないことがある

一刻一機

第9話 魂狩り

 
 一夜明け、教会に戻ったアインは、未だ寝たままのミリアの元を訪れた。

 ミリアの体力 10/10
 ミリアの健康状態 10/10

 【数魔法(マス・マジック)】でミリアの状態を観察しても、どこにも異常は見られない。

 しかし、死んだように眠り続けるミリアは、一向に目を覚ます気配が無かった。

「食事などが摂れなくても、【回復魔法】で体の状態はベストコンディションに保つことができますが……やはり精神の傷までは癒せませんか……」

「ご主人様、精神の傷を癒すなら【魂魄魔法】の【忘却】か、【闇魔法】の【洗脳】がお勧めだぜ?」

 ミリアの横で悩むアインに、デュラハンとなった悪魔が、悪魔らしい笑みを浮かべて助言してきた。

「なるほど。では、フィオナかローザにお願いしましょうか」

 フィオナとローザは、生前の人格を取り戻させるため【魂魄魔法】のレベルを限界まで引き上げている。

 悪魔に、大切な家族であるミリアを触れさせたくなかったため、フィオナかローズに【魂魄魔法】をかけてもらおうと、アインは考えた。

「申し訳ございません、ご主人様。我々ゴーストの【魂魄魔法】は【憑依】に特化しておりますので、【憑依】以外の魔法は使えません」

 しかし、所詮は最下級モンスターであるゴーストでは、そこまでの能力は無かったようだ。

 むさ苦しい門番から、見目麗しい美丈夫へと変化を遂げたフィオナが、恭しい態度で膝をつきこうべを垂れた。

「そうですか。いえ、これは貴女達のせいではないのですから、頭を上げてください」

「はっ。ありがとうございます。……ところで、ご主人様の奇跡の如き御技には、やはり人間の【魂】が必須なのでしょうか」

「必須ではありませんが、人間の【魂】を使用するのが一番効率的ではあります。それがどうかしましたか?」

 何せ、10万人分の魂を集めなければばらないのだ。

 【等価交換】の交換比率を精査すれば、もっと効率の良いモノがあるかもしれないが、いずれにせよ人間の【魂】はまだまだ集めなければならない。

「いえ、差し支えなければ、私どもがその辺の人間を狩って、ご主人様に【魂】を献上しようかと思いまして」

「ギヒッ!素晴らしい!貴様、悪魔の素質があるな!」

 アインとフィオナの会話を聞いていた悪魔は、手を叩いて喜んだ。

「それはいくらなんでも不味いですね。無辜の民をいたずらに傷つければ、衛兵が動きます。先日のような、チンピラ崩れならまだしも、城から本物の兵士達が出てこられれば面倒です」

「そうですか?ご主人様なら大丈夫かと思われますが……」

 本当であれば、すぐにくだんのヴィンダイス公爵家を滅ぼしに行きたいが、さすがにゴダスのように簡単には行かないだろう。

 圧倒的な戦力の拡充が必要になる。

「仮にも相手は公爵家です。そう簡単な話にはならないでしょう。しかし……早くしなければ、ユースが休暇で帰ってきてしまいますね。それまでには、ミリアの状態をどうにかしなければなりませんし……」

 責任感の強いユースのことだ。自分のせいでミリアがこんな事になってしまったと知れば、悲しむどころの話ではない。

「ある意味、私よりも家族想いですからねえ……」

 アインは、義兄ユースが本気で怒った時を想像して身震いした。

「ご主人様。その辺の町民を斬ればまずいのでしたら、盗賊ならいかがでしょうか」

「盗賊……ああ、その手がありましたか」

 アインがひとしきり悩んでいると、フィオナが再度意見を述べた。

 アインは成人するまで、そのほとんどを教会で過ごしてきたため、盗賊の被害と無縁だった。

 そのため盗賊を討伐する発想に至らなかったが、この世界中に野盗、盗賊、強盗、またそれらに等しい冒険者崩れや傭兵崩れは、文字通り掃いて捨てるほど蔓延っているのである。

「本当なら、賞金首を狙うべきなのでしょうが、私が堂々と賞金をもらいに行くわけにはいきませんしねえ」

 つい一昨日まで、教会の見習い回復術士だったアインが、いきなり賞金首ハンターに早変わりすれば怪しいことこの上ない。

 それでなくても、今この街は突如行方不明になった5人の衛兵の話で持ちきりだし、いずれすぐに、ほぼ全員が蒸発したゴダスの屋敷も発覚するだろう。

 そんな中、明らかに普段と違う行動をしていれば、すぐに疑われてしまう。

 特にアインは、ミリアの復讐と言う動機があるので疑われ易い。
 目立つ行動は厳に慎むべきだろう。

「ギヒッ、ご主人様は俺に頼もうとはしないんだな。俺の【魂魄魔法】なら【忘却】だって完璧だぜ?」

 アインが盗賊狩りを決める過程を、大人しく横で見ていた悪魔は、楽しそうにアインを見て言った。

「何を言ってるんですか。私の大事な家族を、悪魔なんかに触らせるわけがないでしょう?言っておきますが、ミリアに無断で魔法をかければ、貴様を存在ごとすり潰します」

 だが言われたアインは、冷たい笑みで悪魔を睨みつけるだけだった。

「酷ぇなあ。これでも、俺はご主人様に忠誠を誓ってるんだぜ?どうしても信じられねえなら、【名付け】をしてくれてもいい」

 それでも悪魔はめげずに自分を売り込んだ。

「【名付け】?それがどうしたって言うのですか?」

「俺たちみたいな精神生命体は、名前が器なんだよ。ご主人様みたいな肉の体が無いからな。本来なら、器が無ければ現生で活動できないんだ」

「昨夜は普通に動いていたじゃないですか。それに今は、立派な体があるでしょう?」

「それは、召喚の儀で用意してもらった生贄があるからっつーか、なんつーか……ああ説明が面倒くせぇ!とにかく、【名付け】をしてくれりゃ、ご主人様は本当の意味で俺のご主人様になる。俺たち精神生命体にとっては【名】を知られることは命綱を握られることと同義だ。例え【仮名】でも、【名付け】た親には簡単に逆らえないんだ」

「ほう。それで?【名付け】をすると、お前にはどんなメリットがあるのですか?」

「ちいっ!そこに気づいたか……ギヒッ!大したことじゃないさ。【名付け親】としてご主人様は、たまーに、その溢れんばかりの芳醇な魔力を分けてくれればそれでいい。更に言えば、たまーに、おこぼれの魂を、ちょいとつまみ食いさせてくれれば尚いいな。ギヒヒヒッ!」

「なるほど。ま、それぐらになら別にいいですね。わかりました。いずれにせよ、ミリアはできれば私が治したいと思っていますが……盗賊狩りで活躍すれば、【名付け】の件を前向きに考えましょう」

「ギヒッ!?本当か!?なら、俺も張り切っちまうぜ!」

 アインの言葉を聞き、悪魔の生首は嬉しそうに牙を剥いて笑った。

 ◆

 その夜。王都の付近で活動する、とある有名な盗賊団に、その身に相応しい不運が降りかかった。

 貴族派と呼ばれる貴族達の庇護を受けながら、着実に勢力を伸ばし、今や100人を超える大所帯となった盗賊団だ。

「それで?貴族共は、何て言ってきた?」

「へい。それが、今回は必ずお頭に直接渡してお頭自身が開けるよう厳重に指示されまして」

 下っ端の盗賊は、懐から赤茶けた封筒を取り出し、髭面の大男に手渡した。

「……おいおいおい。本気かこれ?こりゃあ、すげぇ仕事になるぞ」

 子分から受け取った紙の内容が本当なら、ここ半年分の稼ぎと同じ程度の報酬が条件となっている。

 盗賊団の頭は顎髭を撫でながらニヤリと笑った。

 ただし、条件には、近々新人騎士団の訓練があり、その際に起きる混乱に乗じて、1人の若手騎士を抹殺しろと書いてある。

 もちろん、その騎士1人をピンポイントで殺すような器用な真似ができるはずがないので、それなりに大きな戦闘になるだろう。

 普通なら若手とは言え、国の正規騎士団に特攻をかますような、狂人地味た行為を許容するはずがない。

 いくら報酬が高かろうと、指名手配犯になれば割に合わないからだ。

 だが、盗賊達のバックには、その指名手配を決める役職の貴族もついている。

 愚かな盗賊達には、何も恐れるものがなかった。

「貴族共に何があったか知らねえが、久々に大きな仕事になるな。最低限の見張り以外全員集めろ!今日は景気付けに宴会だ!」

 ◆

「ローズが集めてきた情報通りなら、100人以上の盗賊がいるはずなのですが、随分と見張りが少ないですね」

 盗賊よりも盗賊らしい黒尽くめの服に着替えたアインは、茂みの中から噂の盗賊団の拠点を眺めていた。

「ご主人様……そこに鳴子が……」

「おや?本当ですか?こう暗くては全然わかりませんね」

 【魂】狩りのため盗賊団の拠点を襲うことにしたが、アインとローズ、そしてフィオナと悪魔の二手に分かれる予定である。

 これは単純にアインの身体能力が、他3人(?)と比べ大きく劣っているためで、フィオナと悪魔に陽動を任せ、夜襲の得意なローズがお守り(アイン)を連れて奇襲する作戦となった。

 ちなみに【死霊術】が使えるアインがスケルトンとゴースト達を使役し、スライムはフィオナが引き連れている。

「では、そろそろ私達は行って参ります。ご主人様は、後からゆっくりお越し下さい」

「ギヒッ、ご主人様よぉ。約束忘れんなよぉ?ギヒッ、ギヒヒヒヒッ!」

 フィオナが一礼すると、首を付けて普通の騎士に見える悪魔も、ゆっくりとその後をついて行った。

 

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