この世には、数字にできないことがある

一刻一機

第4話 魂をすり潰し

 衛兵隊の小隊長を勤める、ベイネンは非常に良い気分だった。

 女好きで有名なゴダス男爵が癇癪で殺してしまった孤児を、貴族への侮辱罪か何かの適当な罪状で、広場に晒し者にするだけで金貨5枚がもらえると言う、非常に美味しい・・・・仕事をもらったからだ。

 と言うのも、その孤児は教会関係者であったため、拉致や暴行ぐらいなら目を瞑ってもらえるが、殺してしまったのはいくら貴族でもまずかった。

 しかも、街中で堂々と事件を起こしてしまったため、いくら貴族でもさすがに隠蔽しきれなくなったのである。

 こうして衛兵であるベイネンに無理矢理冤罪を仕立て上げさせるぐらいには、面倒な事になっていた。

 もっとも、それもこれもベイネンにとってはどうでも良く、彼にとってはその金貨の使い道に想いを馳せる方が、よっぽど重大な案件であった。

「それに、あの小僧が寄越した金もそれなりだったしな」

 くだんの教会に脅しをかけに行ったところ、見習いの下っ端がそれなりにまとまった金額をポンと渡してきたのだ。

 おそらく治療院の運営費だろうが、ベイネンにとっては関係無い。

 この教会からせしめた金を、部下の口止め料代わりにくれてやれば、ゴダス男爵からもらう金貨5枚はまるまる自分のポケットに入れることができる。

「おい、お前ら今日は好きなだけ飲んでいいぞ!」

 後は、明日にでも教会から女の亡骸を引っ張ってきて、刑場ではりつけにするだけだ。

 衛兵達は、すっかり気が緩み、酒を飲んで騒いでいた。

「しっかし、あの死んだシスター見習いは、すごい美人で有名だったのに、もったいなかったですね」

「ああ。変態ゴダスじゃなくても、あの女をものにしたいと騒いでいる奴はたくさんいたからな」

「全くだ。俺も見たことがある。あれはいい尻……ん?」

 死んだ孤児の話で盛り上がっている中、兵士の1人が怪訝な顔をした。

「おい。どうした?」

「いや、今何か白いものがスーッと……ぐ!?ぐっ……」

 別な者が声をかけたが、その男は急に呻き声を上げると、目を見開いたまま固まって動かなくなった。

 しかし、そのままでも意識はあるらしく、痙攣するように指や腕を小さく震わせながら、必死の目線で助けを求めている。

「おいおい。何を急に……ん、が、あ……」

「ど、どうした!?……お!?お……」

「お前ら何ふざけてやがる!」

 急に動かなくなった部下達を見ても、酔っ払っていたベイネンは何かふざけているだけだと思い、椅子から立ち上がることもしなかった。

 せめて彼は、小隊長として所持していた、魔除けの護符程度は起動させておくべきだったのだ。

 そうすれば、少しは彼の寿命も延びていただろう。

 ほんの数分程度は。


 ◆


「うまくいきましたね」

 召喚した魔物引き連れ、真夜中の衛兵隊詰め所を強襲したアインは、安堵の溜息をついた。

 いくら人通りが無いとは言え、さすがにスライムとスケルトン10体ずつ引き連れているのを見られれば大騒ぎになる。

 アインは、一般人の目には見えないゴースト達を斥候に使い、慎重に夜の街を進み詰め所まで進んできたのだ。

 到着してしまえば、あとは簡単だった。

 大声を出されれば困るので、先にゴースト達に【憑依】で動きを封印させた。

 この【憑依】とは、より上位のゴースト系モンスターなら、相手の意識を奪い意のままに操ったりできるが、アインの召喚したゴースト程度であれば、精々が動きを制限できる程度である。

 ただし、今回の場合は、衛兵達にとってそれが逆に不幸であったかもしれないが。

 眼球以外動かなくなった衛兵達を、スケルトン達はゆっくりと生きたまま生皮を剥ぎ、脂と肉を削ぎながら喰らっていた。

 スケルトンは骨だけの身なので、喰ったものは肋骨をすり抜け、全て床にぶちまけられるだけだったが、それでも生者を喰らうのが、アンデッドの本能らしい。

 床や壁についた血肉は、骨ごとスライム達が綺麗に掃除してくれた。

 本当はアインが【死霊術】を使えれば、このまま衛兵達の骨を新たな戦力(スケルトン)として組み込む事ができたが、さすがに聖職者として【死霊術】までは学んでいなかったのである。

 せめてもの土産にと、衛兵達の装備はごっそり頂き、スケルトン達に装備させてみた。

 詰め所にいた衛兵は5人だったため、5体のスケルトンにしか装備が行き届かなかったが、差し詰めスケルトンウォーリアと言った風情になり十分立派に見えた。

 その際、アインは自分が渡した金の他に、詰め所に隠されていた金目のものを全てくすねていると、目の前に金色の文字が浮かび上がった。

 魂 5/100,000

 スライムが5人の兵士を物理的に消し去ったところで、【数魔法マス・マジック】が勝手に起動し、【魂】の数を表示してきたのである。

 あの悪魔が用意したギミックだろう。と、アインは思いついた。

「そう言えば、【魂】なんて目にも見えず、形も無いモノをどうやって集めればいいのか、考えてもいませんでしたね」

 アインは、自分が思ったよりも冷静では無かったことを自覚した。

 同時に、この【魂】も【自己の所有物】になっており【等価交換】の対象になっていることが認識できた。

「つまり、魂を集めれば、いちいち私の寿命を削らなくても良いということですか。さすが悪魔の用意した魔法ですね」

 【魂】を集めろと言いながら、【魂】の使用を促す仕組みを用意する。

 つまり、実質的にアインが刈り取ることになるであろう【魂】の数は10万人分どころでは無い。

 下手をすれば、20万人、30万人の人間を手にかけることになる。

 しかし、一番恐ろしいのは、そのことを痛痒にも感じなくなったアインの感性であった。

「さて、彼らが消えたことで、例のゴダス男爵を警戒させてしまうかもしれません。早く次の手を打たなければなりませんが……やはり、問題は戦力ですね」

 今回は完全に油断しているところを奇襲したため、スライムやスケルトン達でも勝つことができれば、まともに正面から戦えば、負けていた可能性が高い。

 何しろ召喚術師との戦いのセオリーは、真っ先に術師を叩くことである。

 スライムとスケルトンは動きが遅くアインを守るには向いていないし、ゴーストは物理的に守ることができない。
 弓矢あたりでアインが狙われれば、1発で逆転負けするのである。

「仕方がありません。さっそく手に入れた魂を使ってみますか」

 筋力 1/10
 体力 1/10
 頑丈さ 1/10
 魂 5/100,000
  ↓
 筋力 3/10
 体力 3/10
 頑丈さ 4/10
 魂 4/100,000

 【等価交換】を使用し、人間1人分の魂をアイン自身の身体能力に変換してみたところ、筋力と体力、それに頑丈さが上がった。

 ただし、やはり【数魔法(マス・マジック)】は単位を表示してくれないため、この結果が何を意味するのかが分かりづらい。

 数字だけ見れば、筋力が3倍になったことになるが、それにしては筋肉量が3倍になった気配は無いのだ。

 液状生物や骨、そして亡霊に囲まれながら、黒い神父服のアインは首を傾げた。

「……これは、どう捉えればいいんでしょうね。人間の魂1つを潰して得た【数字】としては適切なのでしょうか……【等価交換】ですので、きっと適切だと思うのですが」

 試しにアインは、スケルトンに渡した衛兵の剣を受け取り、振り回してみた。

「おお……明らかに違いますね。ロングソードなんて、私の細腕であれば持ち上げるのがやっとのはずですが、まるで木剣のように軽々と振り回せます。……感覚的にも、以前の3倍ぐらいの筋力がある気がします」

 筋肉が増えないのに筋力が上がるのは、自然の摂理に大きく外れている気がするが、強化魔法に似たような効果があるため、その類であろうとアインは無理矢理納得することにした。

 そしてせっかくなので、受け取った剣はそのままアインが持つことにした。

 剣術の練習なんて、ユースに付き合って少し練習した程度だが、これなら逃げるまでの時間稼ぎぐらいならできるかもしれない。

「ん?剣術?」

 そこまで考えたところで、アインはふと思いついた。

 剣術 1/10
 魂 4/100,000
 ↓
 剣術 2/10
 魂 2/100,000

 少しでもマシになればと【等価交換】で剣の腕を上げてみたところ、変換効率は極めて悪かった。

「えー……」

 人間2人分の【魂】を使って、やっと剣術の腕前が1つだけ上がった。感覚的には、これ以上【剣術】を上げるためには、もっと【魂】が必要な気がしている。

「これは、私にはもともと剣の才能が無かったと言うことなんでしょうね」

 しかも【等価交換】を再使用しても、剣術の力を【魂】に戻すことはできなかった。

 【魂】とは不可逆的な存在なのかもしれない。

 アインは、ため息を一つ吐いて諦めることにした。

「残り2つの魂の使い道は、慎重に検討しなければなりませんね」

 既に、アインの中では、人間の魂を使い潰すことに何の疑問も覚えていない。

 それが家族(ミリア)に危害を加えた、愚か者に従うような奴らの【魂】なら尚更であった。

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