上級騎士のみなまで言うな

黒蜥蜴

女王「みなまで言うな」

荘厳なランプがきらびやかに照らす室内に、似つかわしくない3人(2人と一体の魔族)が、女王マルガリータ・ヴィトン様の周りを囲むように座っていた。

傍らでは侍女のミラ・ココがウェイトレスに混じって料理を運んでいる。

「うぐ。うまい、うまいぞ、女王よ」

「あら、それは良かったわ」

長机の末席に、女王と対になるように座っているのは角のある深い紫の髪の少女。

いつの間にかクルルシフェルはレースがあしらわれたドレスを着ていた。

黒薔薇の刺繍が印象深い服装で、肌が蒼白い彼女によく似合っていた。

相変わらずの食欲で、前菜に出てきたエビの甲羅にムースが乗った冷菜をエビの殻ごと食べていた。

続くスープは皿ごと。

メインディッシュのドラゴンの肉は頑丈な骨ごと平らげた。

底無しの食欲とはこのことである。

「クルルシフェルたんの前では食べにくいね」

そう俺に耳打ちしてきたのは勇者だった。

いつもは横に流した髪型だったが、今日は珍しく後ろに撫でつけるようなセットの仕方だ。

これはこれで印象が良い。

「確かにその通りですね…」

しかし俺が目の前のご馳走を進んで食べられない理由はクルルシフェルのせいだけではない。

先程勇者が病室を訪れたとき、怪我の治療もそこそこに「今日女王さまが晩餐会を開かれる」と告げたものだから、放心状態だった俺には何のことだか理解ができなかった。

招かれたからには卸したてのタキシードを着て、アスコットタイを締めて準備をした。

ひげを整えているときだろうかーー傷の痛みで目をしかめたときに、ふと冷静になった。

「女王の部屋に紛れ込んだ不届者を夕食に招いていらっしゃる?」

あまりにおかしなことだったので、恥ずかし気もなく独り言を喋っていた。

確かに女王さまは魔王クルルシフェルについて話をしようと言っていたが、わざわざ晩餐会に招いてお話されるのはおかしい。

我々はいわば罪人だ。

女王の部屋に侵入し、侵入者を倒すためとはいえ建物を損壊させた罪だ。

何か裏があるに違いない。

「さて」

食後酒に口をつけた頃、満を持して女王の口が開いた。

部屋に緊張感が漂う。

ここからの言動は特に注意が必要である。

「私の部屋に忍び込んだ貴殿たちを晩餐に招いたのは他でもない。末席のあの子どものことです」

いま目の前で処刑しなさい。

そんなことを言われたらどうしようかと恐れていたが、女王は至って穏やかな表情だ。

考えてみれば当然である。

わざわざこれから処刑する者に対して豪勢な食事を用意するほど女王は浪費家ではない。

彼女はとにかく無駄が嫌いだった。

「魔王クルルシフェルはね、私の囮なの」

「囮…でございますか」

女王は頷いた。

「あまり詳しくはまだ説明すべきではないが、簡単に言えば、魔王を守ろうとする奴がいてね。そいつを我が王国に引き入れたいの」

魔王を守ろうとする者?

スケルトンナイト…ケルベロス…それにミノタウロス。

考えられる限りの魔物を想像してみたが、いまいち想像がつかない。

女王様が欲するほどの魔族の者ということか?

しかし魔族の協力を取り付けられたとして、きっと国民は納得しないだろう。

それほどまでに我々人間と魔族の確執は大きな問題だ。

魔族は人間を殺し、人間は魔族を殺す。

その輪廻から抜け出すのは容易ではない。

「恐れながら申し上げます。そのクルルシフェルを守る者とは…その……魔族なのでしょうか?」

マルガリータ様は目を丸くして驚いていた。

そして少しの間の後、失笑した。

「あははははは!」

「……?」

「貴殿は私が魔族を仲間に入れようと企んでいると申すのか」

相変わらず豪快に笑って仰られていたので、恐らく叱られることはないので安心だ。

しかしそうなると余計に謎は深まる。

魔王を守護する何かは、魔族でないということになるからである。

「魔族ではないならば、人間ということですか。しかし、クルルシフェルを守る人間などいるのでしょうか。世間では魔王は悪の象徴ですし……」

「全く迷惑な話じゃな!」

気がつくとクルルシフェルは長机の上に片足を乗せてすごんでいた。

いまいち脚が短いので迫力はなかったが、その態度はとても大きかった。

女王が怒らないかと慌てて振り返ってみたが、笑いが止まり至って冷静な表情をされていた。

「お前ら人間の目的はゾンちゃんだったのか」

「ゾンちゃん?クルルシフェルたん、それって一体誰のこと。俺が討伐に行ったときはそんなやつ現れなかったよね」

勇者が身を乗り出して来た。

後で聞いた話だが、勇者は何度か本当に魔王を討伐するために出向いたことがあるらしい。

あのプレイボーイにしては珍しく、女の子の姿の魔王に刃を向けたことが何回もあるらしいのだ。

(まあ、相当な葛藤があったらしいですが…彼も腐っても勇者ですからね)

クルルシフェルは片足を乗せたまま、机の上に起立した。

「当たり前だ。ゾンちゃんは勇者殿程度の敵には出てこんからな」

勇者…程度?

その言葉に俺は妙な引っ掛かりを覚えた。

勇者はハッキリ言って強い。

勇者のことを「勇者程度」と言える存在がこの世にいるのだろうか。

「やめなさい。余計なことをベラベラと。貴女は私たちの手の中にいることをお忘れのないように」

「ほう。ではやってみるか。勇者に上級騎士に、サムライコンバットとやり合えばさすがのゾンちゃんも出てくるかもな」

言いながら手の指をパキパキと鳴らす。

まずい。

先程まで料理を運んでいた筈のミラが既に戦闘体勢に入っていた。

前傾姿勢でいつでも飛びかかれる様子だ。

俺は焦って大声をあげた。

「女王さま!そういえばあの賊はどうなったのですか!!」

全員が俺を見た。

魔王は呆れ顔でため息をついていたが、どうやら戦争は抑止できたらしい。

よかった。
このまま闘えば、自らの騎士道と主君を裏切り、ミラと勇者の前に立ちはだかっていたかも知れない。

しかしクルルシフェルを見捨てることもまた騎士道に反することだった。


目で「とりあえず座れ」と合図してみた。

「ふん!」

想いが通じたのかは分からないが、魔王は大人しく着席した。


「……」

「……」

「……賊ねえ。奴なら死んだわよ」

「!」

「まさか自殺ですか?」

女王は軽く頷いた。

「抗魔法捕縛連鎖で捕まえていたんだけど、全員舌を噛んで死んでいたわ。猿ぐつわをしておかなかった兵士の責任ね」

ゾッとした。

今頃その兵士はこの城にいないだろう。

「そうですか。尋問できれば、暗殺者の雇い主が分かったかも知れないのに残念です」

女王はかぶりを振った。


「いや大体の予想はついている。ただ、だからと言って今は何もできないけどね」

「左様でございましたか……」

再度ウェイトレスとしての仕事に戻ったミラがデザートのショコラを俺たちの前に置いた。

置き際にキッと睨み付けながら。

何故そんなに男性を嫌うのか。

きっと過去に大きなトラブルがあったか、継続的に男性からの損害を与えられていたに違いない。

その謎もゆくゆくは解き明かしたい謎である。

しかし今は目の前の女王に視線を戻した。

「それでだ、騎士殿ーー」

「はい」

「そなたにはテルヌーラ村に向かって欲しい」

テルヌーラ村と言えば小麦やエールビールが名産の穏やかな田舎村だ。

騎士の遠征のときに立ち寄った際は、大きなたるに詰められたビールを朝まで浴びるように飲んでいたことを覚えている。

「せっかく王国から来てくれた」と村長が盛大な祭りを催してくれたのだ。

そのときは任務も一時忘れてしまうほど、充実した宿泊だったのは言うまでもないだろう。

「テルヌーラ村に、ですか?」

「そうだ。貴殿にはテルヌーラ村で……」

嫌な予感がした。

平和な村でゆっくりと傷を癒して来いなんて言われる筈もない。

この流れは王様に謁見したときに見た光景だ。




「バ バ ム ー ト を 倒 し て き な さ い」

やっぱりか…。

って竜神王ババムート!?

いやいやさすがに無理でしょ。

俺、ただの騎士ですしお寿司ww



「ぇっと」

言おうとした瞬間、女王の魔眼がギラリと光った。

まるで俺の心の中まで見透かしたように。

そうだ。

このお方は心が読めるのだった。

ならば、「あの言葉」を初めてちゃんとしたタイミングで言われるかも知れない。

と、変な期待をしながら彼女と目を合わせた。

さあ、仰って下さい。

さあ。

「任務の詳細は伝えることはできない。ただババムートを倒せばそれで良い。その任務を達成したときには今回の件を不問としよう」

ガクリとした。

この方は俺のちょっとした野心さえも見透かしている。

心の内で何かして欲しいと思った時点で敗北なのである。

「以上よ、下がりなさい」

女王がそう言ったので、俺たちは渋々席を立った。

まだデザートが半分くらい残っているのに…。

甘いものが食べたい。

「失礼致します。お招き頂きありがとうございました。至極光栄にございます」

勇者が言った。

そして名残惜しそうに机を眺める俺の肩を掴んで促した。

「行こう」

俺も会釈をして仕方なく部屋の出口に向かった。

そんな俺に女王が何か言ってきた。

「上級騎士殿…!」

きびすを返して「はっ」と短く軽快に返事をする。

反射的に敬礼をしていた。


「みなまで言うな。全ては上手くいく」

全く、このお方は……。

俺は微苦笑しながら部屋を後にした。













「上級騎士のみなまで言うな」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く