上級騎士のみなまで言うな

黒蜥蜴

女王「みなまで言わなくてよろしい」


「うぐぅ、こ、こんなことが……!なんだこの化物は」

大気が震えていた。

まるで彼の存在を世界が恐れているかのような振動で、飛び散った瓦礫や小石がカタカタと音をたてている。

寒い……。

肌で寒さとして感じる程の緊張感だ。

虚ろな表情を浮かべたままこと切れたガーゴイルの身体が飛散する中、それを踏み締めるように歩を進めるのは白銀の聖剣を掲げる勇者ーー

ーーロト・オロビアンコであった。


「暗殺者よ、僕は無駄な戦闘はしたくないんだ」

勇者いわく、闘えば多少なりとも体力を消費するし汚れるし、何より自慢の髪型が崩れるので極力戦闘はしたくないそうだ。

聞いてもいないのに、「"夜の戦闘"は別だけどね」とも言っていた。

しかしその言葉と裏腹に、彼の周りには何とも形容し難いオーラが未だに漂っており、聖剣エクスカリバーの刃が怪しく煌めいていた。

勇者と一緒に誕生したとされている白銀の剣で、勇者以外は振るうどころか、どんな力持ちでも持ち上げることすらできないらしい。


「ふん……!そんなものを振りかざしているとはいえ、大人しく投降するとでも思ったか。私は暗殺者だ。任務は遂行するのみ…だ」

暗殺者は自分を奮起させるかのように雄叫びをあげながら突進した。

闇に生き、闇に殺す者とはおもえぬ行動だ。

明らかに冷静ではない。

流れるように繰り出される刺突。

牽制をしながら、目で追えぬ程の攻めが勇者を襲った。

「やれやれ」

勇者はあくびをしながら、まるで素振りでもするように聖剣を振り上げた。

全身から放たれていた勇者のオーラが聖剣に集約し、一振と共に放たれる。

先程の俺の剣圧の攻撃と同じように爆風を巻き上げながら暗殺者を遥か後方に吹き飛ばした。

身にまとった黒装束が千切れて古傷だらけの身体が露出する。

暗殺者はなんとか着地するが、満身創痍の状態で地に這いつくばった。

「たった一撃…たった一撃で、何たるダメージだ!」

言いながら吐血する。

だがやっとのことで睨み付けたその先には、既に勇者の姿はなかった。

「しまっ…」

頭上から聖剣が振り下ろされた。

何とかそれを避ける。

続く左右、上下と不規則な斬撃。

辛うじてそれも避ける。

直線上に避ければ勇者のオーラが追撃してくる為、上手く方向を考えて避けねばならなかったが、それがどうしても大きな動きになってしまう。

6発ほどの斬撃の後、遂に勇者の攻撃は暗殺者に命中する。

何とか突剣を身体に密着させていたので斬られることはなかった。

しかし勇者のオーラをモロに受けてしまったが為に戦闘不能だろう。

再度大きく吹き飛ばされて、惰性の力が尽きるまで屋根の上を転げ回る。

ようやく止まったところで倒れた。

「ぐ…ここまでか」

床に突っ伏したまま気絶した。

俺を苦しめた強者が勇者の前では呆気ないものである。

いや、それほどまでに彼が強いのだろう。






「ふう。終わった終わった。そんなに粘らないで欲しいものだね」

勇者は準備運動でも終えたかというような雰囲気で大儀そうに歩み寄った。

「捕縛用の鎖でも持って来て欲しいところだけど、騎士ちゃんは満身創痍の大怪我で、ミラちゃんは女王さまの避難か。となると、ここで俺が彼を抑えてないといけない訳か」

恥ずかしながら彼の言う通りである。

何とか胸の傷は止血したものの、満足に動けるほどの体力や気力は残っていない。

意識を保つのに精一杯だった。

勇者は大胆に自ら開けた屋根の大穴を覗いた。

女王の部屋は瓦礫と砂埃が落下してめちゃくちゃになっており、その部屋の柱に他の暗殺者たちが鎖で縛られていた。

ミラはマルガリータ女王の肩を抱きながら避難するところだった。

「おーい、ミラ。女王さまの避難が終わったら、人員を少し送ってくれー。あと医療魔術師も!騎士ちゃんが重症なんだ」

俺は奮起して起き上がった。

上級騎士だけ敵の凶刃に倒れましたでは格好がつかない。

女王とミラが見える位置まで自力で歩く。

闘ってみたは良いが、やばくなったので侍女と勇者さまに助けてもらいましたでは王国を守るものとして不甲斐ない。

実際にはその通りだが…。

「み、ミラ。私は大丈夫です。女王の安全の確保と、暗殺者の捕縛を優先してください」

「わかっている、へっぽこ騎士ナイト

え。

なんでこの娘、こんなに当たり強いの?

と言いたいところだが、ミラのこの態度には思いあたる点があった。

彼女は女王以外に心を開かないのだ。

そもそも女性以外は一切の興味がないのだ。

あのプレイボーイの勇者ですら、近付いただけで蹴り殺されてしまうかも知れない程だ。

「え、女王さま?」

ミラは俺の怪我など知らんぷりで、死ぬなら死ねというような態度であったが、女王が彼女に耳打ちをした後、俺を一瞥した。

そして何を言われたのか女王を抱き上げたまま、屋根の上に上がってきた。

俺と勇者はその場に膝を立てて平伏した。

「うむ。面を上げよ、上級騎士」

言われた通りにした。

ここからの返答や態度を間違えれば、平気で打ち首にされるだろう。

「女王の部屋に侵入」という意味では目的は違えど、あの暗殺者たちと同罪だ。

「さて、何用で私の部屋に忍び込んだか…を聞こうか。それに加えて、魔王クルルシフェルを王国の、しかも私の部屋に連れ込むとは…」

やはりご存知だったかーー。

驚いたミラが振り返って部屋を見た。

クルルシフェルは部屋の机の上に置いてあったフルーツにかじりついていた。

敵陣の真ん中で敵の大将を前にして呑気なものだ。

だがそれも彼女がまだ幼いが故であろう。

こうなったら、俺は女王の魔王討伐令の真意を聞き、場合によってはそれを取り下げてもらわなければならない。

「恐れながら、私たちが女王さまの部屋に忍び込んだのは、他でもなくクルルシフェルのことについてでございます。公にお姿が見られなくなってからかなりの日数が経っており、謁見の予約を待っている猶予がなかったが為でございます」

だからといって部屋に侵入するのはどうかと思う。

誰しもが分かることだ。

ミラが抑えられない程の殺気を放っている。

今の状態でミラに攻撃されれば一瞬で首をへし折られるだろう。

そしてその攻撃の命令をしない女王ではなかった。

喉を鳴らして生唾を飲み込んだ。

「魔王について…か。申してみよ」

よし。

とりあえず首の皮が繋がった。

「はい。ありがたきお言葉」

頭を今一度下げてから続けた。

「魔王クルルシフェルを迷宮の森で捕縛致しましたが、あの姿はどういったことなのでしょう。魔王が子どもだということをご存知で命令を出された…ということでしょうか」

「ふん、魔王が子どもなら殺せないと言うのね?」

ギクリとした。

「いいえ、そういったことではございません。恐れながら、彼女は我々の総力をもって討ち取るほどの対象に見えぬということです」

失礼にならないように、しかし単刀直入にそう言った訳は単純だ。

マルガリータ女王は「魔眼」の持ち主であり、その眼に睨まれたものは如何に巧妙に嘘をつこうとも、全て見透かされてしまうと言われているからだ。

事実、彼女は自分の近くにいた執政官5人を謀反を起こそうとしていると断罪した。

そしてその執政官たちに繋がる敵の者たちも全滅させると、女王としての地位を得た。

小細工は通じないということだ。

「それに勇者さまに、この討伐令を出されたのはマルガリータさまの前王であると聞きました。女王さまは、今までの古い慣習や矛盾のある制度をことごとく革命のように直されましたので、当然この討伐令には、何かしらの継続理由がある筈だと考えております」

これは我ながら良い言い方をしたと思った。

女王が行った改革を誉めつつ、肝心の部分について聞き出す言い方だ。

「貴殿は、"前王の決めたことに珍しく従ってるのは何故か"と聞きたい訳だな」

言い終わった瞬間、鎧が凍てつくような殺気が放たれた。

ミラからではない。

女王本人からだ。

熟練の戦士が恐れるほどの殺気。

肌が粟立つのが分かった。

「お、恐れながら!そういった意図はございません。単純に、何故魔王討伐令を取り消されなかったのか、その真意をお伺いしたいということにございます」

女王は「ちっ」と舌打ちした。

俺はミラに攻撃の合図を送ったのかと思ってビクリとしたが、女王の殺気は瞬時に消えていた。

「あ、あの女王さま?」

「みなまで言わなくてよろしい。少し、貴殿に話をしてやろう。」

「あ、ありがたきお言葉にございます…!」

彼女はその言葉とは反対に、ミラに合図すると元来た道を歩み始める。

そして女王の部屋に招き入れるように手招きしていた。

ここで話すような内容ではないということだ。





「騎士ちゃん、危ない!!」

勇者が突然叫んだ。

遅れて反応するが、それは俺を悠々と飛び越していた。

先程まで勇者にやられて倒れていた暗殺者が、女王に向かって突進していたのである。

勇者が武器を破壊したので、手には何も持っていない。

が、そんな無謀な状態で特攻するほど、奴は無鉄砲ではない。

となると…

「ミラ、魔法です!」

俺が叫ぶと同時にミラは防御の体勢を取っていた。

勿論、自分の防御ではなく女王のだ。

「…!」

暗殺者は恐るべき速度で女王たちに迫ると、予想通りに魔法を唱えた。

男の身体の回りから触手のような影が現れて、それが四方八方から2人に迫った。

影の触手自体の速度は大したことがなかったので、ミラの技量であれば充分防御できるくらいだ……と思ったのが間違いである。

影はミラの身体にぶつかると、グニャリと曲がり、ミラの防御を難なく通過した。

そう、実際の影が掴めないように。

「女王さま!」

まずい。

誰しもが再度そう思ったことだろう。

しかし誰しも彼の攻撃を防ぐ手立てがない。

無駄だと分かっていても俺は跳躍した。



「ふむ。食べ物の礼といこうかのぉ」

影の攻撃はミラをすり抜けたときとは違い、硬質になり尖っていた。

その無数の槍が女王の身体を貫くその一瞬の内、魔王クルルシフェルが庇うように現れた。 

(何をやっているんだ、あのバカ!)

突然子どもが女王の前に現れたものだから、さすがの暗殺者も面食らった様子で攻撃の手を一瞬止めたが、瞬時に状況を理解し、再び攻撃に戻る。

しかし魔王は至って自然にーーまるであくびをするようにーー大口を開けた。

「なんだ、こいつ!?」

暗殺者から放たれた影が見る見る内に、魔王の口に吸い込まれていく。

まるで麺類をすするかのようにツルツルと、濁流のような魔力が次々に流れ込んでいくのだ。

そして全魔力と思われる量の魔法を吸収しきると、ゲップをひとつ。 

満足そうに嗤った。

「馳走になったぞ。まあ、安物の味ではあるが…」

暗殺者は全ての魔力を吸いとられてしまったのが原因なのか、今度こそこと切れたように床に倒れ込んだ。

魂が抜けたようである。


念のためにミラが男の身体を押さえつけたが全く抵抗することなく項垂うなだれていた。

「これにて一件落着なり」

クルルシフェルはぼろ切れのようなマントをヒラヒラとさせながら、腹をさすってみせた。

まるで満腹であると言わんばかりに。

食べ物ばかり貪り喰う幼い少女ーー魔王クルルシフェルの存在が、何故か今夜一番不気味に見えたのは語るまでもないーー。






















「上級騎士のみなまで言うな」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く