上級騎士のみなまで言うな

黒蜥蜴

暗殺者「みなまで言うんじゃない」

「全く、あのバカは何をやっているのかしら。農民が納める税を一桁間違えるなんて!」

「陛下、落ち着いてください」

甲高い金切り声をあげて激昂しているのは、女王マルガリータ・ヴィトンだった。

寝巻きのフリルがついたワインレッドの服が良く似合う、スラッと身長の高い女性である。

女王は金色の髪を頭の頂点で結んでいた。

公務に出られるときにはしない髪型だったからか、それともお姿を拝見するのが久しぶりだったせいかは分からないが、何故か新鮮な印象があった。

女王もやはり一人の人間なのだな……という印象だ。

凡人が考え抜かない奇策を打ち出したり、ときには残酷な指令を出したりと、人間離れした知能の持ち主というイメージがあった為、こういった日常の姿を目撃したときの驚きが原因である。

「一桁多く税を取るならまだ還元のしようがあるものの、一桁少なくて追徴課税しますじゃ誰も応じないわ。そうでしょう、ミラ」

そう言われたのは、メイド服に身を包んだ黒髪ショートヘアの女性だ。

彼女は侍女じじょのミラ・ココだ。

精悍せいかんな顔立ちが特徴の小柄な女性で、噂ではサムライコンバットという戦闘集団の一員だったとかそうではないとか。

いずれにしても侍女としても近衛このえとしても優秀な女性である。

「陛下の仰る通りです。しかし、こんな時間にストレスを溜め込んでいますと、お肌に現れますわ。今日はもうお休みになってはいかがです?」

「ふん!侍女のくせに生意気ね、ミラ!……でも貴女の言うことはいつも正しいわ。紅茶を頂戴。紅茶を頂いたら寝るわ」

「御意」

そう言ってミラは女王の部屋に隣接している給湯室に足を運んだ。

魔法で作動するコンロに手をかざすと、蒼白い炎があがった。

水を入れたヤカンをそのコンロに置いて、ティーポットの中に茶葉を入れる。

そんな様子を俺たちはクローゼットの中で眺めていた。

「おい……騎士ちゃん、なんで甲冑脱いで来なかったの?」

「これは騎士の正装ですから」

「上級騎士よ。クローゼットの中で正装もクソもないだろう。ちょ、狭いから動かんでくれ。余のスペースが減るだろう」

女王の部屋に置いてあったバイオリンやチェロやフルートなどの楽器が、誰もいないのに音楽を奏でていた。

これは魔法で動く全自動楽器だ。

その音のお陰でこうして少しくらいの話し声であれば女王たちに聞こえることはないだろう。

「ちょっと、その"カシャンカシャン"はヤバいよ、騎士ちゃん!」

「……む。やはり女性の部屋に、ましてや女王さまの部屋に忍び込むなんて、辞めるべきでした」

「何を今更言っておるんじゃ。女王の裸でも見られると思ったかムッツリめ」

この狭いクローゼットの中に2人の男と魔族の少女が缶詰めになっているのには理由があった。

女王の部屋に忍び込む際、勇者から「彼女が入浴する時間を狙って侵入しよう」という提案があったからだ。

全くこの人は何故女王の入浴スケジュールを把握しているのか……と思ったが、問題点が浮かんで来たので即座にそれを否定した。

「入浴中に侵入とは言いますが、女王さまの部屋の鍵をどうするおつもりですか?窓から侵入?通気孔から侵入?どちらも現実的ではなさそうですが」

勇者はかぶりを振った。

「甘いな、騎士ちゃん。俺は既にマルガリータさまの部屋の鍵を破っている…!」

「なっ!」

「ほう。やるじゃないか勇者殿。して、何用で女王の部屋に侵入を?」

「何用って…それはマルガリータさまの下着チェックをする為さ!情熱的な赤い物から、際どいところがスケスケになってる物まで、そりゃあすごいんだ!いやぁ盗賊スキルにスキルポイント極振りしておいて良かったよ!今では死のトラップ付きの宝箱だろうが何だろうが解錠しちゃうもんね!」

駄目だこいつ、早くなんとかしないと……。

というか、この変態に盗賊スキル与えたの誰だ!?

絶対教えちゃダメなやつでしょ!

という心の声虚しく、我々は女王の部屋に堂々と扉から侵入することになった。

侍女のミラは元プロの傭兵だと聞いていたので、部屋には侵入者に対してのトラップが仕掛けられていると思ったが、意外にも簡単に侵入することに成功した。

「おひょー!今日はあの黒の下着がないってことは、今日着けていらっしゃるか、明日着けられるのか……!」

勇者は部屋に入るや否や、女王のクローゼットを物色した。

手馴れた仕草でクローゼットの鍵も解錠していた。

俺は女王の下着を見ることに興味がなかったし、倫理的に見てはいけないものだという気がしたので目を逸らしていたが、勇者がそれらを顔にかぶって喜んでいたのは何となく察した。

この野郎、いつか殺されるぞ。

しかしそんな変態行為も、おおよそ5分程度で打ち切られた。

女王が入浴から戻って来たのだ。
 
「む、この足音。ヤバいぞ。いつもより15分32秒程、お戻りが早い!」

その勇者の一声に驚き、俺たちはクローゼットに身を隠した。

通常よりかなり大きなサイズであったが、さすがに3人で入ると狭い。

狭いクローゼット内で、充分な体勢を取る為の覇権争いが密かに行われているとは知らず、入浴から戻られた女王に促され、侍女のミラが寝巻きの上に羽織るカーディガンを取りに来た。

早くも絶対絶命だ。

頭の中に「勇者が全て指示したものです」とか苦し紛れの言い訳をいくつか用意して、固唾を飲んで天命を待つ。

しかし幸いにも、ミラは隣のクローゼットを開けたのだった。






「女王さま、お待たせ致しました」

紅茶を持ってきたミラが言った。

この匂いはカモミールティーだろう。

「ありがとう。そこに置いて」

女王はそう返答すると、革の手帳を開いて明日のスケジュールを確認していた。

常人の4~5倍周りが見える方だから、心労も多いのであろう。

そして二君主制のもう一人の長、王様があの様子では、一人で二人分以上の仕事をしないといけないのだ。

「ねえ、ミラ。この間、クルルシフェルの討伐を命じた騎士はどうなったのかしら」

ギクリとした。

任務を放棄して貴女のお部屋を覗いています、なんて口が裂けても言えません。

「ねえ、ミラ。聞いているの!?」

侍女の返事はなかった。

「あれ、何処に行ったのかしら?」

言いながら侍女を探そうと立ち上がったその瞬間、侍女は吹き飛ばされてマルガリータの足元に転がった。

「え!?」

続いて窓ガラスが割れる音が四方八方から響く。

部屋に割れたガラスが散らばって、その破片を踏み締めるように4人の男たちが侵入していた。

それぞれ黒装束に身を包んでいて、手にはナイフが握られている。

「女王さま、申し訳ございません!発見が遅れました……」

ミラは言い終わるとすぐに跳躍した。

それに合わせて3人の男が一斉にミラに飛びかかる。

縦から、横から、そして刺突。

全て急所を狙っているような鋭い攻撃だ。

しかしミラはその攻撃を寸前のところで止めた。

手首に手刀を当てて防御、そしてその手首をひっくり返して男の一人を投げた。

ミラよりも身体の大きな男が宙に舞い、床に後頭部からぶつかった。

「んがっ!」

あの勢いであれば意識は霧散するほどの衝撃だろう。

残る男たちは後退して構え直した。

黒装束のせいで顔までは見えないが、「まさか付き人がこんなにできる奴とは…」と言った表情に違いない。

おくすな。同時に攻めれば勝機はある」

黒装束の一番後ろにいる男、明らかに雰囲気の違う者が言った。

「了解……!」

その声に安心したのかは分からないが、ミラに向かい合っていた男たちがナイフを再び向けた。

そして攻撃をしかける。

先程よりもさらに鋭い攻撃。

素手のミラにはかなり不利な状況だ。

「ちっ、こいつら闘い慣れている…」

暗殺者たちの攻撃をミラはギリギリで避けていた。

傷を負うか負わないかで攻撃を見切り、相手が「当たった」と思うタイミングで反撃に出る。

常人なら反応できないほどの絶妙なカウンターだ。

しかし暗殺者側も手練れの者らしく、その反撃をも上手く避けて、ミラと同じ手法で攻撃を繰り出す。

そんな一進一退の攻防が続いた。

「ふん、噂に聞く、サムライコンバットの女虎は健在か」

言いながら一歩を踏み出す。

状況に痺れを切らしたのか、好機と考えたのか、リーダー格の暗殺者がマルガリータ女王に迫っていた。

まずい…!

そう誰しもが思っていただろう。

しかしミラは男たちの相手で手一杯で、リーダーに向かう隙すら与えてもらえない様子。

リーダーの暗殺者は、悠々と女王に迫った。

「私の部屋に忍び込むとは、命知らずな男だ」

「これはこれは女王さま。お初にお目にかかります。そして貴女も噂通りの方で嬉しいよ。この状況において、冷や汗すらかいていない」

暗殺者は胸元から刃渡りが少し長いタイプの突剣を取り出していた。

ミラはその光景を目の当たりにしてすぐ、男たちとの闘いを放棄した。

女王に向かってがむしゃらに走る。

その背後を男たちが追撃していた。

良くてミラは女王の盾となり突き刺され、悪ければ2人とも殺されてしまうだろう。

それだけは避けねばならない。





「勇者さま…!」

「ああ、行こう!」

俺たちは棚から勢い良く飛び出すと、自前の得物を振り抜く。

俺はリーダー格の男の、勇者はミラに迫る男たちの攻撃の前に飛び込んだ。

金属の甲高い音がして、それぞれが距離を置いた。

「……ほう。上級騎士に、勇者か。貴殿らも私の部屋に忍び込んでおったか」

女王が威嚇いかくするような声で言った。

それだけで冷や汗が額から吹き出す。

「も、申し訳ございません女王さま。事情は後程お話致しますので、まずはこの賊の対処をさせて頂きます……」

正直この後で俺たちも処罰されるだろうと思うと寒気がしたが、人命がかかっていてはそうも言っていられない。

「暗殺者よ、貴方たちと言葉を交わすつもりはありません。捕まえて取り調べるのみです」

俺は狭所用の短剣を構えると、勇者の方を一瞥してからリーダー格の暗殺者に視線を戻した。

勇者も一太刀で男たちの攻撃を弾き返しており、ミラの背後に佇むと自慢の聖剣エクスカリバーを天にかざしていた。

「オロビアンコよ、その者たちは殺してはなりませんよ」

マルガリータ女王が言った。

勇者は「はっ」と短く返事をすると、中段に構え直す。

いつもはふざけた人だが、やるときはやるタイプの人間だと分かっていた。

俺は安心して目の前の男に集中できる。

「さて、私の名前は上級騎士のアルトリウス・バレンシアガです。宜しくお願い致します」

「こんなときでも名乗りとはさすが騎士よ。しかもあの"竜殺し"のアルトリウス卿とは……。私たちも運が悪い」

その言葉とは裏腹に男は大胆不敵に笑みを浮かべていた。

恐らくこの男は俺に近い実力を持っているようだ。

「闘えばどちらも無事では済まなそうですね。降伏するなら今のうちですよ?」

「おっとみなまで言うんじゃない。我々は暗殺者だ。死ぬこと以外はただのかすり傷だ」
















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