上級騎士のみなまで言うな

黒蜥蜴

勇者「みなまで言わないでよ」

俺は夕陽に照らされて情緒溢れる王城の、西に位置する一番長い廊下を歩いていた。

俺の手を小さな手が握っており、歩幅が狭い彼女と一緒に歩けば時折その手を引っ張られた。

まさかこんな少女が、あの世界を震撼させている魔王だとは……。

クルルシフェルの方を見た。

その容姿はやはり人間のそれとあまり変わらないのだが、決定的に違う部分がいくつかある。

一つ目は全身に施されたタトゥーだ。

トライバルのタトゥーが、見える限りで腕・肩、それと背中に彫られている。

王国民の子どもにタトゥーがあることはないし、それをさせようとする親なんてもっといない。

遠くの村の部族ならあるいは……と思ったが、彼らも成人の儀にタトゥーを施すことを思い出した。

二つ目の違いは何と言っても、ちょこんと頭に生えた2本の角だろう。

この世界の角には色々な役割がある。

縄張り争いの際に相手のオスと闘うときであったり、求愛する際のトレードマークとして使ったりと多岐にわたる。

しかしこの自然界から外れてしまった存在ーー魔族においては違う。

牛や鹿など角がある動物が魔族に成ったとき以外に角が生えてくるのは、その魔族の魔力の高さの現れだと言われていた。

溢れ出る魔力が結晶化するだとか。

クルルシフェルの頭には髪の毛を掻き分けないと分からない程度だが、角が生えていた。 


「勇者さまーー!勇者さまはいらっしゃいますかーー!」

俺は長い廊下の突き当たりにある小部屋に向かってノックをしながら叫んでいた。

部屋のドアにかかったプレートには
「取り込み中 後でまたきてね!」と書かれていたが、俺はそれを無視して続けた。

これは勇者が女性とちちくり合うときに邪魔が入らないように設置しているものらしい。

しかしあえてそれを無視して俺が彼を呼び出しているのには訳があった。

このプレートがかけられているときは、大抵の場合女性のつやめいた声が聞こえてくるので、プレートがかけられているいないに関わらず誰も入ろうとしない。

しかし今日は声が聞こえないところから察するに、勇者が仕事をしたくないだけということが考えられた。

仕事をサボるとき、彼は同じ手口を良く取る。

「勇者さま、お返事が聞こえませんが急ぎの用の為、失礼します」

言いながらドアを開けた。

鍵はかかっていないらしい。

「お、誰かと思ったら騎士ちゃんか。お久しぶりー!」

「お久しぶりです。元気そうで何よりです」

皮肉を込めてそう言った。

勇者の事務所兼自宅は、王城の豪華な部屋の中でも特別に広かった。

クローゼットを3つにキングベッド、さらにはワインキャビネットが何個か置かれているが、それでもまだ充分なスペースが空いている。

「事務所」として使われている木の机には、書類や手紙の山ができている。

勇者が女性を肩に抱きながらソファーに腰かけていたのを見て、俺はため息をもらした。

こいつ、またサボってやがるな……。

「……勇者さま、療養中に失礼ですが、取り急ぎお話したい件がありますので、その……そちらのご婦人には一度退室をお願いしたいのですが……」

「だってよ?ちょっと外してくれる?悪いね、後でたっぷり埋め合わせするから許してね」

そう言って彼女の手にキスをした。

彼女は俺を一瞥いちべつすると、「失礼、変態騎士さま」と言った後、クルルシフェルをちらっと見て部屋を出ていった。

これは何か重要な勘違いが生まれたのかも知れない。

早目に手を打たないと大変なことになるぞ…と思ったが、いま優先すべきは魔王クルルシフェルについてなので、グッと我慢した。

「……」

「……」

「……!」

「……ねえ、騎士ちゃん」

「はい?」

「その後ろに連れている子どもってさ」

「はい……」

「騎士ちゃんの隠し子とかじゃないよね?」

ぶっ飛ばすぞ。

「いいえ、違います」

「え、てことは……さ、まさかクルルシフェルたん?」

俺は恐る恐る頭を縦に振った。

「やあ、勇者殿。初めて王国に招かれたが、ここは良いところだな。風情がある」

勇者は「ははは」と笑いながらソファーから立ち上がった。

そして俺の肩を抱くと汗をダラダラ垂らしながら俺だけ部屋の端に連れていった。


「ねえ!マジで言ってんの!?」

「……はい」

「えええぇええぇええ!王国に魔王はやばいんじゃない!?どうやって連れてきたの!?」

何を言っているんだこの人は。

元々ヤバい魔族たちを放っておいて、女性にかまけていたのは何処の誰でしょうか。

そもそも討伐隊とか言っておきながら、ずっとここにいたんじゃないですか?

という言葉を喉の奥に飲み込んで続けた。

「王国では美味しいご飯が無料で食べられると言って連れてきました……。勇者さま、包み隠さず教えて下さい。あの少女が魔王クルルシフェルで間違いないですね?」

二人で彼女を振り返って見ると、部屋に置かれていたツマミのチーズと干し肉に食らい付いていた。

「ま、間違いないよ」

「はぁ……。分かりました。では質問を続けます。あの子の魔力の高さは確かなものです。しかしながら、彼女かこの世界を混沌に陥れる悪の王には到底見えないのですが……。あれは……」

「う、うん。そうなんだよ。彼女、世界征服する程の力は多分ないよ」

クルルシフェルの魔力は王国に仕える上級魔術師程度のものであった。

彼女から感じる魔力は魔法に疎い俺であっても分かる程、圧倒的な魔力とかそういったことはない。

皆に言われている大地を丸焦げにしてしまう力など、絶対にありえない話だ。

「貴方はクルルシフェルに会ったことがあるんですよね?そのとき討伐はしなかったのですね」

「ああ、それはそうだろう。あんな女の子殺せないよ」

「では一体何故王は、民は、彼女を倒せと言っているんでしょうか?恥ずかしながら私も、火を吐く巨大な魔物をイメージしていましたので、彼女を討ち取ることはできませんでしたが……」

「当たり前だ!人畜無害じんちくむがいとはいかないが、まだ子どもだぞ。誰が殺せるか」

となると、このチンチクリンの魔王を悪者にしたてあげた何者かの存在が浮上する。

そもそも王や執政官たちはこの事実をご存知なのだろうか?

もし知っているとすれば、何故知っていながら命令を取り下げないのだろう。

「……勇者さま、貴方に魔王討伐を命じたのは、一体いつ、どなたがされたのですか?」

勇者はその質問に対して押し黙って腕組みすると、クルルシフェルを眺めながら難しい顔をした。

まるで遠く記憶をさかのぼって思い出すような表情だ。

勇者が真面目な顔をするのは珍しい。

この男もこんな真剣な顔ができるのか。

微苦笑した。

「……あれは確か私が14歳のときだな。剣術指南兼勇者をしていた親父に連れられて、この王国に来たんだ。勇者は世襲制なもので、親父には"お前もそろそろだ"と言われたのは今でも覚えているよ」

知らなかった。

勇者ってそんな制度だったのか……。

ということは、この変態の次の勇者は変態の息子もしくは娘になるということだ。

何とも複雑な気分である。

俺はそんなことを思っていたが、話が逸れてしまうので気にしないように努め、続く勇者の話に耳を傾けた。

「そのときに説明されたのは…確か…今の女王・マルガリータ・ヴィトンさまからだね。まだあのときは王女さまだったと思うけど」

その名前が出てきたことによって、怪しさが一気に増した。

俺が今回のような無理難題の任務を受けるようになったのは、ちょうど彼女が女王として即位された頃の話だ。

マルガリータ女王は幼い頃から「天真爛漫てんしんらんまん」という言葉を体現したような女性だったと聞き及んでいる。

ゆえに二君主制とは名ばかりで、彼女が王国を裏で牛耳っているとか、黒幕だとか言われている訳だ。

俺自身も彼女に対してあまり良い印象を持っていなかったこともあるが、彼女があまり意味のない行動や指令をすることは考えにくい。

魔王討伐命令は何かしらの裏がある可能性が濃厚である。

「なるほど……」

「但し、俺の親父も魔王討伐を言い渡されてたらしいから、多分マルガリータさまが直々に指令を下している感じではなかったと思う」

「ほう。と、いうことは、お父さまもクルルシフェルのこんな姿についてご存知だったということでしょうか?」

「いや、それが分からないんだ。俺が彼女に出会ったのって親父が死んでからなんだよね。親父は魔王に殺されたと報じられていたからさ、絶対に魔王を打ち倒すとか息巻いていたんだ。でもクルルシフェルたんに会って、それはないなって思ったんだ」 

クルルシフェルは干し肉を食べ終わったのか満足そうにゲップをすると、食後の飲み物を探して勇者のワインセラーを開けていた。

そして、一際ラベルが古い一本を取り出して、その注ぎ口にかじりついた。

信じられないことにガラスの瓶をものともせず、バリバリと食べている。

そして口が空いたワイングラスを傾けて、中の液体を一気に飲み干した。

「ちょ…ちょっと、クルルシフェルたん!それヴィンテージなの!やめて!」

慌てて勇者が後ろから魔王を抱き上げた。

魔王は特別に悪びれている様子もなく、恍惚こうこつの表情を浮かべていた。

ざまあ。

「こほん。あの、勇者さま。すみません、もう一点教えていたただきたいのですが、最近マルガリータ女王のお姿は見られましたか?」

「ちょ……ちょっとクルルシフェルたん!本当にこれでおしまい!他のワインも高いんだからダメだよ!」

魔王は勇者に引きずられて、名残惜しそうな顔をしながらソファーに座らされた。

勇者は「これで我慢して」と机から板チョコを出していくつか与えた。

「あの、勇者さま?」

「あ、ごめんごめん。マルガリータさまだっけ?いや、見てないな」

その答えは予想通りだった。

魔王追撃の命令を、あの王様が直接出したことは考えにくい。

しかもわざわざラース団長を選んで命令を出すあたり、結局俺に指令が回ってくることを認知している者の指令に違いなかった。

そんな指令を出した前後に女王の姿が見えないとは……不可思議だ。

「そうですか……」

「騎士ちゃん……まさか」

「はい?」

「女王の部屋に忍び込むつもりだね?」

ドキリとした。

そんなことを全く考えてないですけど、なんでそんなことを思い付くんでしょうか?という意味のドキリだ。

「え、は?」

「みなまで言わないでよ」

この流れは強い既視感がある。

「魔王討伐が、誰かの陰謀で仕組まれたものだと疑っているんだよね?……いや、同じことを考えている者が見つかって良かった」

「えっと、確かにそれはそうですが……」 

「良い、良い、遠慮するな」

言いながら俺の肩を叩いた。

「この勇者ロト・オロビアンコが助太刀いたそう。実は俺も親父を殺した者がその陰謀に加担しているんではないかと思っていたんだ。今までクルルシフェルたんのことを話せる者がいなかったものだから、騎士ちゃんが来てくれて本当に安堵しているよ」

この流れはまずい。

全く俺の意志と関係ない方向にことが運ばれている兆候だ。

否定しなければ。

「ですから、私は……」

「なんじゃ、なんじゃ、面白そうだな。余も仲間になってやろう」

クルルシフェルが嬉々とした表情で立ち上がった。

さすがに魔王が女王の部屋に侵入するのはまずいと思ってか、勇者も彼女を引き留めにかかった。

「ダメだよ、クルルシフェルたん!さすがにヤバいでしょ!勇者は大丈夫だけど、魔王はヤバいよ!」

勇者なら何が大丈夫なのか教えてほしい。

上級騎士は大丈夫かについても……だ。

「余の命が狙われているのに、余にはその理由を知る権利がないと言うのか?」

「うっ……」

渋々勇者は首を縦に振った。

「仕方ないですね……」

少しの時間が経った後、ため息をついて俺もその作戦に同意した。

こいつらは放っておいても、2人だけで作戦を決行するだろう。

そして魔王を城内に連れ込んだことがバレれば、クルルシフェルは打ち首にでもされてしまうだろうし、その責任を負って俺もタダでは済まぬ。

どちらも絶対に避けたかった。






















「上級騎士のみなまで言うな」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く