上級騎士のみなまで言うな

黒蜥蜴

魔王「みなまで言わんで良い」

畜生……だまされた!

俺は深い闇に閉ざされた森に、たいまつ片手に単身彷徨さまよっていた。

迷宮の森ラビリンスフォレストと言われる80エーカーの広大な森である。

その名の通り入り組んだ樹海で、鬱蒼うっそうと繁る木々が1日を通して陽光をさえぎっているので、たとえ昼間に訪れようが薄暗い。

たいまつの炎がなければ、ところどころ暗すぎて何も見えないくらいだ。

(手負いの魔王が潜伏していることもそうだが、王国のこんな近くに魔の森があるのも問題だな)

迷宮の森は魔物モンスターたちの温床にもなっており、今でも新種の生物が年に数体発見される程だ。

熟練されたハンターや騎士であっても4人以上のパーティーが推奨され、かく言う俺も下級騎士の頃、単身ソロで攻略に向かったところ大怪我をして帰ったことがある。

そして今、そんな樹海を見たこともない魔王を探して練り歩くことになるとは、感慨深いような腹がたつような……。

いずれにしてもあまり時間は残されていない。

「勇者が率いる魔王討伐軍が、魔王の討伐に失敗した……。しかし致命傷を与えることには成功したようで、瀕死の魔王が迷宮の森に逃げ込んだのだ」

王は大儀そうにそう言っていた。

それが本当であれば、魔王を追撃するには早ければ早いほど良いということになる。

全快した魔王に、剣と盾を持って挑む姿はあまりに滑稽こっけいであるが、傷が癒える前に叩けばあるいは……。

でも、なんで俺が?

正直な今の気持ちだ。

騎士とは主の為に闘う兵のことであり、人間相手の戦闘に関してはプロフェッショナルである。

単純に剣と剣の闘いであれば、勇者にだって引けを取らないだろう。

だが魔物にはハンターが、魔王には勇者が、それぞれそれ専門の者がいるものだ。

それがどうしてこうなったのか検討がつかなかった。

「あ、勇者はいま療養中で闘えないから期待しないでね?」

王の側にいた執政官の一人の言葉が、いまだに頭の中にこびりついている。

勇者負傷中につき、上級騎士推参でそうろう。

うーん、何とも不恰好な口上である。

そもそも魔王に、たかが上級騎士独りで何が出来るのだろうかと俺は考えてみることにした。

新聞や討伐隊で語られる魔王は、その名の如く魔物と魔法の王であり、大地を焼き払い討ち滅ぼす恐ろしい力を持っていると言う。

魔王が通った後には闇が這いずり回り、その土地には永久に作物が育たなくなると言われている。

ゴクリと生唾を飲み込んだ。





俺は勇者には会ったことがある。

王が城に彼を呼んだときに、騎士代表として手合わせをして欲しいと言われたのがきっかけだ(これも団長の依頼であった。)

彼は城に到着するや否や城中の女性という女性に声を駆け回るようなブロンド髪の男だった。

手合わせする際にも最後まで女性を肩に抱いて現れたものだから、さすがに「そこの女性は下がらせて下さい」と申し出ようとしたところ

「上級騎士よ、みなまで言わなくても良い」と謎の返事。
 
そして続けて「君が私に傷一つ付けられたら、この女性は君のものだ」と。

その一言に会場がどよめいた。

「上級騎士と勇者が恋敵!?」とか「うわついた気持ちで手合わせをするなんてどうかしてる!上級騎士よ、見損なったぞ」とか、そんなことが聞こえてきた。

極め付けは勇者に肩を抱かれた女性が「ごめんなさい、騎士さま……。私は勇者さまが勝っても負けても勇者さまを忘れることなんてできないわ。貴方に身体をめちゃくちゃにされても、心は勇者さまを想い描いているの。だから貴方の気持ちにはお応えできませぬ」と言いながら熱い口づけをする始末。

ぐ……。

見せつけおって!

全く好意はなかったが、何故か手合わせ前から負けた気分に陥ったのは言うまでもない。

その後小一時間殺し合いてあわせをした俺たちだったが、途中で王が満足したので、決着をつけることなく勇者と女性はどこかへ往ってしまった。

それから街の慈善活動ボランティアに参加をしたり、王や団長の依頼を積極的に受けたりして、風評被害を打ち消すには何ヵ月もかかった。

俺にとって勇者と魔王は、力においても存在においても同義である。





「きゃああぁあああああ……!」

突然前方で甲高い悲鳴がしたので、俺は驚いて腰に差した剣の柄に手をあてた。

大きな声に反応してか、木々に停まっていた鳥たちが一斉に空に飛び上がる。

そのとき起きた風で沢山の葉が散った。

「む……!あれは子どもじゃないですか」

俺は重い甲冑をものともせず全速力で駆けた。

そしてその最中に腰の長剣を抜き、悲鳴をあげた子どもに群がるモリオオカミに一太刀を放った。

一閃、二閃と骨を断ち切るような鋭い斬撃だ。

野生のモリオオカミは機敏な動きでそれを避けると、反撃の為飛びかかってきた。

一体ではなく複数で同時にだ。

モリオオカミの牙が甲冑に届きそうか否かというところまで引き付ける。

今だ!

そして一気に回転斬りを放った。

「うっわ、すっご」

剣についた返り血を振り払いながら、俺は座り込んだ少女を確認した。

目立った怪我はない。

しかし衣服がボロボロになっており、余程怖い思いをしたのかその場にへたり込んでいるように見えた。

しまった、やりすぎた。

辺りには胴体と首が分離した狼の死骸が4体ほど転がっていた。

一太刀で全て倒そうと思った為に何にも考えもせず、派手にやってしまった。

返り血が彼女にかかっていなかったことが幸いである。

「立てますか?一体どうしてこんなところに……」

俺は少女に手を差し伸べた。

握り返してきた掌がガサガサとしていたので、健康状態が危ぶまれた。

何日と食事を摂っていないの可能性がある。

大方森の近くを親御と通っているときに、はぐれてしまったのだろう。

そして森を抜けるために独り歩いていたのが、裏目となり、奥へ奥へ、そしてこのようなところに行き着いてしまったに違いない。

「とりあえず近くに街があります。そこまでいけば安全ですから、さあ、参りましょう」

俺は彼女の身体をすっと立ち上がらせると、携帯していた飲み物と軽食を与えた。

余程腹が減っていたのだろう、彼女はむさぼるようにビスケットや干肉に食らい付いていた。

「うむ、旨い、旨い。旨いぞ騎士殿」

「そんなに慌てなくてもまだありますから、落ち着いて食べて下さい」

奇妙な少女であった。

見た目は5・6歳のそれと変わりないのに、口調やその堂々とした態度はまるで、あの王様を影で操っているとされる女王様のような雰囲気を醸し出している。

まさか世の中では、この位の歳の頃からこういった口調や態度を教えられるのだろうか?

自分の家族を持たぬ俺にとってそういったことは疎い部分であったが、世の中が変わってしまったのであれは、それは大変嘆かわしいことである。

「うむ、大儀であった。余は満足じゃ」

信じられないことに、3日分の食料を胃に収めた少女が満面の笑みで笑っていた。

「ははっ。それは大変喜ばしゅうことに御座います、王女さま。ところで王女さま、恐れながらにお聞きしますが、ご両親はいずこにいらっしゃるのでしょうか?はぐれてしまったのでしょうか?」

「うん?そんなもんいないぞ。余は無から誕生したのじゃ」

どこでそんな言葉を覚えたのだろう?

さては、親子喧嘩をして飛び出してきた家出少女だな。

俺は王国に着いたら取る行動をそのとき決めていた。

最初は親御が見つかるまでの当面の間、自宅に置いておこうかと思っていた。

しかし彼女が「家出少女」なのだとしたら、自宅に置いておくことは避けねばならない。

どうせ、「家出少女を匿っている上級変態」とか「ロリコン野郎」とか、そんな噂をたてる輩がいるに違いなかった。

俺は色事に関してドがつく程ノーマルだし、上級でも何でもない。

ただの一兵卒だ。

少女の鮮やかな紫色の髪を上から眺めた。

この子には気の毒だけど、養護施設とか孤児院とか、プロの方々がいるところ預けてしまおう。

きっと、年中甲冑を着て血だらけになっている30歳よりかはかなりマシな筈だ。

「……」

それを見越してか、少女が口を開いた。

「余は王国へは行けぬぞ」

「えっ、一体どうしてです?ご両親が王国にいらっしゃって会いたくない……ということですか?」

少女は欠伸をしながら「だから言っただろう」と言った。

「余に親などいない。魔界の深い闇が私の育て親ではあるが、所詮それらも余の糧となるだけの存在だ」

うむ、何のことだろう。

少女が中二病?

え、どゆこと!?

「先程は、呼びつけてすまなかったな」

そういって「きゃあ」と可愛げな声を出した。

まるで小悪魔のような表情である。

え、まさか、こんな女の子にもめられた?

何と返せばよいのか分からずにいると、少女は俺の肩を叩いてこう言った。

「みなまで言わんで良い。余はクルルシフェル・ド・アナスイ。先程の肉は美味であったぞ、上級騎士よ」

え。

なんで上級騎士とかバレてるの?

それより、その名前めちゃくちゃ知ってるぞ。

あっちでクルルシフェル、そっちでクルルシフェル。


「ま…魔王クルルシフェル・ド・アナスイ……?」

小さい悲鳴をあげたのは、今度は俺の方だった。





 
 








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