人造人間に転生したんだけど

九九 零

2


7月21日。夏休み前日。その日、僕達は異世界に召喚された。

召喚したのは、別世界の神様とその世界の王国ラッハルトって名前の国。

召喚されてから一週間が経ったけれど、僕達は未だに現実味を持てずにいる。

「夢じゃ…ないんですよね…」

水無月さんが哀しそうに呟いて、不安げに両手を握りしめて俯いている。
突然こんな場所に連れて来られたんだから、相当堪えてるんだろう。

今の僕達は国の来賓として扱われているらしくて、部屋をクラスメイト全員分用意され、僕達は個別に用意された部屋にいる。

おそらく、水無月さんのように『これが夢であって欲しい』と願う人達の心を落ち着かせる為の処置だろう。

「そうね。ここは異世界で、私達は異世界に召喚された。…あの自称神様が言ってた通りって事ね」

帯刀さんは苛立ちを隠そうともせず、自分の膝を指先でトントンと叩きながら言った。
彼女が苛立っているのは僕達に対してではなく、全く別の存在に対してだ。
そして、彼女の気持ちが分かるからこそ、誰も指摘しない。

彼女達は僕の高校の友達であり、幼馴染でもある。僕が一人で魔王を倒すと言ったら共に名乗り出てくれた心強い仲間だ。
そんな彼等と僕の部屋で会議をしている。

彼女達の他に、もう二人いる。

「確か、魔神を倒せばいいんだっけか?」

僕よりも身長が高く、体躯の大きい健二と、

「そうすれば元の世界に帰してあげるって言ってたよね?」

健二と正反対な低身長で幼い容姿とツインテールが特徴的な花園さんだ。

「ほんと、胡散臭い神様だったわね。偉そうだし、上から目線だし、最初から最後まで命令口調で印象は最悪よ」

「澪…少し言い過ぎじゃないか?」

「別に良いじゃない。向こうが一方的に話すだけ話して『はい、行ってらっしゃい』よ?考えられる?あり得ないでしょ。頭沸いてるんじゃないの?」

「ミオっちは好きな人と別れ別れにさせられて怒ってるんだよね」

「そ、そんな事ないわよっ!鈴っ!出鱈目言わないでよっ!!」

さっきまでの怒りはなんだったのか、帯刀さんが顔を恥ずかしそうに真っ赤にさせて花園さんを睨み付けた。

「お?帯刀たてわき、好きな人が居たのか?」

「いて悪かったわね!?斬り殺すわよっ!?」

さっきの怒りが復活して、その怒りが健二に向かう。
この場に剣とか刀があれば、本当に斬り殺してしまいそうな気迫で健二の胸ぐら掴んだ。

だけど、健二は気にした素振りを見せず、それよりも、帯刀さんの弱みを見つけてニタニタと笑う。

「誰も悪いなんて言ってないだろ。で、誰なんだ?」

「それは…その…」

更に顔を赤くさせる帯刀さん。

「…って!何言わせようとしてるのよっ!!」

パシィィンッと健二の頬に強烈なビンタが炸裂し、吹き飛ばした。

ビンタで数メートルも飛ぶなんて前の世界じゃ考えられない馬鹿力だ。本当に夢みたいな光景で、健二を叩いた本人である帯刀さんも唖然としてしまう。

冨樫とがしくん!?」
「健二!?」
「トガっち!?」

真っ先に我に返った僕達が心配の声を上げると、帯刀さんが我に返って慌てて健二の元に駆け寄って身体を起こさせる。

「ご、ごめん!冨樫とがし!…だ、大丈夫?」

「あ、あぁ。少し驚いただけだ。あんまり痛くもなかったし…本当に異世界なんだな…」

感慨深そうにボソリと呟いて、僕達が居る場所が異世界なんだとしみじみと実感する健二。

その気持ち僕には良く分かる。いや、他のみんなも同じ気持ちなんだろう。
それぞれ感じ方は違うけれど、ここが異世界なんだと実感している様子だ。

「ステータス…か。僕も未だに信じられないよ」

「でも、あんなものを見せられたら信じるしかないよなぁ〜」

「そうよねぇ…」
「うん…」
「そうね…」

女性陣が同時に相槌を打ち、それが面白かったのか、互いに目を合わせて笑い合う。

「魔法、かぁ…」

昨日見せられた光景を思い出して、ここが本当に異世界なんだとしみじみと思う。
魔法。スキル。二つの色違いの月。元居た世界になかったものばかりだ。

「そう言えばよ、俺等のクラスって何人だったっけ?」

ふと、健二がそう口にした。

「30人だね。それがどうしたの?」

召喚されたのも30人丁度だったし…あれ?

「いや、今日の昼休みの時に話題になってさ。一人足んねぇんじゃないかって」

言われてみれば確かにそうだ。
クラスメイトは30人居る。そして、召喚されたのは宮崎先生・・・・を含めて30人…。

どう考えても一人足りない。

「……誰だろ?」

僕の気持ちを代弁したかのような疑問を口にする花園さん。
僕もその人物が思い出せない。

「いつも遅刻間際に来てる阿久津よ」

「阿久津くん?」

帯刀さんに言われて気がついた。そう言われてみれば確かにそうだ。
この世界に来てから一度も阿久津くんの顔を見ていない。

そもそも、僕達が召喚された日に阿久津くんって居たっけ?


●●●


《Checking………Completion。soul connect》

目を覚ますと、黒い絨毯に小さな光の粒を撒き散らしたかのような光景が広がっていた。

赤い月と青い月が寄り添うように並び、夜空をより美しく彩っている。

……あれ?月って二つもあったっけ?

《解答。あります。蒼聖月と緋魔月です》

《視覚自動補正ーー暗視mode》

途端に月の輝きや星々の輝きが消えて、真っ暗闇だった辺りがよく見えるようになった。

僕の側にあった何かの臓物と血染めの服がーー。

「うっ!?」

《ERROR。vital signsが異常値を示しました。補正します…》

胃袋から何かが込み上げてくる感じがする。けれど、吐き出せない。ゾワゾワと身の毛がよだち、意識が一気に遠退き初める。なのに、意識は途切れない。

《ERROR。魂の接続が不安定になりました。再接続します》

気持ち悪い。吐き気がする。眩暈がする。脳が全力で拒絶反応を起こす。

《ERROR。身体に異常が発生しました。原因をblockします》

一瞬で拒絶反応が収まった。

《…complete。全ての問題を解決しました》

臓物を見ていても血染めの服を見ても、なんとも思わなくなった。まるで、死に対しての忌避感が消え去ったかのよう。

あるのは、その臓物と服の元の持ち主への謝罪の気持ちと申し訳なさだけ。

《報告。敵性を感知。方角10時。距離63m》

誰がやったのか知らないけれど、酷い悪戯だ。眠気が一瞬で吹き飛ぶぐらい…そう言えば、起きてから一度も眠気を感じてない…?

いつもは常に眠たいのに…十分に寝たからかな?

《解答。当機体は睡眠を必要としません》

それはさておき、この服は貰っていいのかな?

《解答。問題なし》

取り敢えず、この服は使わせてもらおう。


○○○


服を手に入れてから、僕は歩いていた。

《報告。更に敵性を感知。方角4時。距離24m。数14匹。方角7時半。距離30m。数19匹》

だだっ広い草原を行く当てもなく歩き続ける。
歩いて何かが見えるわけでもないけれど、歩いてないと不安に押し潰されそうになるから。

《報告。更に敵性を感知。方角4時。距離26m。数15匹。方角7時半。距離28m。数19匹》

例え、辺りが昼間のように明るく見えていても、一人で何もない草原を歩くと言うのは結構辛い。
体力とかの問題じゃなくて、精神的にくる。

《報告。更に敵性を感知。方角4時。距離27m。数15匹。方角7時半。距離27m。数20匹》

歩いても歩いても景色は何一つ変わらなくて、本当に前に進めているのか不安になってくる。
これが夢なら良いんだけど、素足の足裏から感じられる感覚は草と地面そのもので、吹き付ける生暖かい風も本物だ。

《報告。更に敵性を感知。方角4時。距離28m。数16匹。方角7時半。距離25m。数20匹》

夢じゃない。
この寂しさも、孤独感も、不安も、恐怖も、全部夢じゃないんだ。

《報告。更に敵性を感知。方角4時。距離25m。数17匹。方角7時半。距離24m。数20匹》

立ち止まって泣きたくなるけれど、僕は歩みを止めない。
歩いていると、きっと誰かと会えると信じて歩き続ける。

そうしないと、本当に心が折れてしまいそうで怖いんだ。

……ところで、さっきから視界の端で動いてるコレは何なんだろう?

《解答。擬似魂との連絡通路です》

まるで、ゲームのログのような、そんなイメージを受けるモノが視界の隅にある。
何か書かれているみたいだけど、その字は小さくて、視界の隅にあるから凄く見にくい。

と、思っていたら、視界の下側に移動した。それも、さっきまでよりも文字が大きくなって。

「えーっと、解答。擬似魂との連絡通路です…?」

読みにくいのは変わらないけれど、さっきと比べればまだマシに思える。

でも、これが何を伝えようとしているのか理解できない。

《報告。更に敵性を感知。方角4時。距離23m。数17匹。方角7時半。距離22m。数21匹》

《解答。主魂であるmasterの質問に答えています》

今、一瞬何か出た?

でも、すぐに次の文字に切り替わってしまって読めなかった。

それはともかく、

「主魂ってなに?」

《解答。あなたの事です》

「僕?」

《解答。nucleusは、あなたを新たな主人と認識しています》

あ、そうなんだ。
このチャットの向こう側の人…えーっと、NUC…エヌさんで良いか。僕がエヌさんの主人だからmaster(マスター)なのか。

それじゃあ、主魂ってなに?

《解答。当機の主導権を持つ魂です》

当機…この身体の事を言ってるのかな?
それを動かしてるのが僕だから、僕がこの身体の主導権を持ってるって事になる…んだよね?

《解答。はい》

「それじゃあ、君は誰?」

《解答。私は被験体10056号。名称:核融合人造兵器。通称:nucleusです》

被験体…?あの研究所に沢山あったガラス容器の中身の事だよね。
確か、僕が入っていたガラス容器にも同じような事が書かれてたし…。

《警告。敵意を感知しました。方角4時。距離26m。数17匹。方角7時半。距離28m。数20匹》

…え?

《警告。敵意が急接近しています》

ちょっ!ちょっと待って!前のやつまだ少ししか読めてない!

って言うか、敵!?

慌てて周囲を見渡すと、僕の背後から黒い狼達が津波のように物凄い速さで駆けて迫って来ているのが目に映った。

《警告。至急、戦闘modeへ移行してください》

そんな事言われても、どうすればいいのっ!?
僕はただの高校生だよ!?なのに、野生の狼と戦うなんて出来っこないよっ!

兎に角、逃げないと!

そう思って狼達の居る反対側へ逃げ出そうとして、

《Automatic combat modeへ移行します》

身体が言う事を聞かなくなった。

決して恐怖で身体が竦んだとかじゃない。確かに、怖いのは怖い。だけど、怖くて身体が動かないんじゃない。

まるで、誰かに身体の主導権を奪い取られたかのように、逃げ出そうとしていた体の向きが勝手に変わり、今まさに向かって来る狼達と向き合った。

「…敵を排除します」

僕は怖くて怖くて仕方がないのに、言う事を聞かない僕の身体はヤル気満々だ。

飛び掛かってくる狼。思わず目を瞑ってしまいそうな光景なのに、僕の瞼はやはり言う事を聞かない。

視線は狼をシッカリと捉え、ついでに何やらシューティングゲームのようなサークルが表示されーー目前にまで迫った狼を平手で叩き落とした。

……そう。叩いたんだ。

顎門から覗く凶悪な牙などものともせず、無慈悲に狼の顔側面を強烈な平手打ちで叩き落とした。

狼の顔面はたったそれだけで半壊してしまったのに、僕の手は全く痛くもない。まるで、肉厚の風船を叩いたかのような感じだった。

次々と飛び掛かってくる狼達をサークルが捉え、僕の身体が勝手に動いて狼達を倒して行く。

2匹目は脇腹に蹴りを入れて真っ二つに。3匹目は尻尾を掴んで地面に叩きつけて。4匹目は頭を踏み潰す。

それはもう戦いなんてものじゃない。

ただの虐殺だ。
躊躇や慈悲なんてそこには一切ない。襲い掛かる者。逃げ出す者。仲間を瞬く間に殺されて動揺や恐怖で硬直する者。一つの例外は存在せず、容赦なく僕の身体は狼達を皆殺しにした。

全て片付くと、僕の身体は血塗れになった草原の上で棒立ちになって停止する。

目下には狼達の無残な死骸が転がっているのに、見向きもせずにゆるりと周囲を見渡す。

「全敵性の排除を確認。Automatic combat modeを終了します」

途端に僕は足元から崩れ落ちて地面に膝をついた。
おそらく、オートマチックなんたらが終了したから僕に身体の主導権が戻ったんだと思う。

両手を見てみれば酷く震えていた。

さっきまでの惨劇が…狼達が僕を喰い殺そうと襲い掛かってくる恐ろしい光景が脳裏に焼き付いてしまっていて、その恐怖で僕は震えているんだろう。

周囲には狼の死体で溢れかえっている。
それを見てなんとも思わないと言えば嘘になる。でも、襲われた時は本当に怖かったんだ。

全てが終わった後でも、暫くそこから動けないぐらい僕は怯えていた。

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く