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自称『整備士』の異世界生活

九九 零

73


俺は考えた。風呂に入りながら深く考えた。

そして、ある事をする決意をした。それは……風呂に入る際の注意事項の説明だ。

とは言え、俺は話すのが苦手であり、寮にいる奴全員に説明して回るのも面倒である。だから、注意事項を描いた看板を建てることにした。

1つ。使用者は魔力タンクに魔力を補充すべし。
1つ。湯に浸かる前に身体を洗うべし。
1つ。湯に飛び込む事は禁ず。
1つ。湯に布を浸ける事を禁ず。
1つ。風呂場で走る事を禁ず。
1つ。脱衣所を濡らす事を禁ず。
風呂場は清潔に使用するように。

と、描いてもらった。半分ほど読めないが、俺の言った通りに描いてもらい、風呂場に入ってすぐの所に設置した。問題はないだろう。

そんなわけで、一番風呂を頂いた俺は自室へと戻ってきているのだが、風呂に入っているときに気付いた不備について考える。

今まで物作りをする際は必ず真っ先に設計図を描いていたが、今回はそれをしなかった所為で急拵えのようになってしまった。
そもそも排水口を使っていない時点で風呂場としての役目を果たしていない。

あちこちの壁に穴を開けてはおいたが、あれでは虫が入ってきてしまうだろう。
とは言え、既に足元は固めてしまっている。そこから改築するとなると少し面倒だ。

……あぁ。良い事を思い付いた。

ここの地下にも倉庫を作ろう。そして、そこをスライムの養殖場にする。アイツ等はなんでも食べるし、なんだって消化してしまう。
だから与える餌はなんでもいいんだ。例え人や動物の排泄物であっても、岩や鉄でも、魔力だけであっても食料として食べてしまう。
風呂の残り湯ぐらいなら丁度いい餌にはなるだろう。

風呂の床を中央に向けて若干の傾きを与えてやり、排水口を中央にする。そこから倉庫へ一方通行の配管を作り、途中にワンウェイバルブ…一方向にしか水が流れない仕組みを組み込む。そうする事で、下からスライムが這い上がってきても対処が可能だ。スライムはゆったりとした川でも流されるほどなので、問題はないだろう。

一応設計図を描いておこう。明日辺りにでも排水用に開けた穴を塞ぐついでに改築しておこう。

さて、明日は初登校日か…。不安だな……。


○○○


朝日が昇る前に目を覚まし、ベッドの下から這い出して軽く辺りを見渡す。
昨日の記憶通りの場所…寮の部屋だ。

ベッドの上にはきちんと俺の姿に化けたペットが寝ている。見る限りだと昨夜は何事もなかったようだ。

「おい」

声を掛けるとペットはガバッと身体を起こして俺を見遣り…口元をニヘラと緩ませて笑い、元の姿に戻る。

手を差し出すと元気に腕の上まで登ってきて、リストバンドの姿に化ける。

コイツは俺のペットのスライムだ。名前はピー子。コピーの名前を逆さまにした簡単な名前だ。
特技は物真似と名前の通りのコピー。物に化ける事で他者の目を欺くので、俺がエルである時は常日頃から連れ回している。

「………飯がないな」

そう言えば、昨日ダートの奴に飯はどうすればいいか聞いていなかった。
取り敢えずインベントリを開いて軽い朝食を確保しておく。ピー子には部屋にある机や椅子などを餌として与えた。

普通の飯よりもピー子はこっちの方が好きだそうで随分と美味しそうに食べる。普通の料理よりも吸収が早いのが何よりの証拠だ。

食事を終えた後は日課の運動だ。戦闘用のツナギから運動用のツナギに着替え、運動用の手袋を嵌め、運動用の靴を履く。

ちなみに、戦闘用のツナギは軽くて頑丈な素材で出来ている。何を隠そう、島の連中が毎日作業時に着用するほど耐久性に優れた服だ。
そして運動用は動きを阻害する制御魔法と服の重量を変化させる重力魔法を掛け合わせた荷重増し増しの服である。

準備ができたら、寮を出て辺りを見渡す。敵兵はいなさそうだ。安心はできないが用心しつつ運動する事にしよう。


○○○


いつも通りの運動を終え、擬似戦闘訓練。瞑想。そして、ついでに風呂の改修工事も終わらせて、屋根の上で日の出を見ながら一息付いていると、奥の女子寮から人が出てくるのが見えた。

どうやら今から運動をするようだ。

俺が椅子にしているこの寮からも人が出てきて、軽く左右にステップを踏んでいる。
昨日風呂場に居た変な奴だ。どうやらコイツも運動するようだな。

その様子を眺めていると、なぜか目が合った。手を振ってきたが、気付かないフリをして朝焼けに視線を移す。

紅茶が恋しいな…。

ハクァーラは運動後に必ず美味い紅茶を持ってきてくれた。それが無いのはとても辛く、口元が寂しく感じる。

「はぁ…」

「溜息を吐くなんて珍しいですね」

「ああ。セバスか」

マナ感知を切っていると接近に気付けないな。やはり、何か対応策を編み出しておくべきだな。

「はい。少しご報告がありまして」

「まずは紅茶だ」

「勿論ご用意しておりますとも」

気が効く奴だ。紅茶を受け取り、まずは香りを楽しむ。

良い匂いだ。これは俺の好きなやつだな。

「東方の緑色リョクショク茶葉でございます。エル様の好物と聞きまして、この辺りの市場に流しておきました」

「ああ」

「まずはエル様のご入学に祝杯のお言葉を…大変おめでたく思います。我々一同、エル様のご入学をお祝い申し上げます」

「ああ」

「して、ご報告ですが、実はこの学院に王族が入学しているようです。他にも余り良い噂を聞かない貴族連中がチラホラと見受けられます。それと、他国の諜報員を数名発見致しました。どうやら何かを探している様子でしたので、一応エル様のお耳に入れておこうかと思いました次第です」

俺には関係なさそうだな。放置でいいだろう。

「わかった」

「探し物はこちらで調べておきます。エル様は安心して学院生活を楽しんで下さい。では、失礼致します」

「ああ」

美味いお茶をありがとうな。と伝える前にセバスは立ち去っていった。相変わらず忙しそうな奴だ。

「話は終わった?エル」

次はクロエか。

「なんだ?」

「ただの報告よ。みんな学院の入学は好成績で入れたって喜んでたわ。まぁ、自惚れないように注意はしといたけど、あの様子だと何人かはダメそうね」

「他人を見下す奴は必要ない」

「そう言うと思ったわ。まっ、その件はこっちでなんとかするわ」

そう言って俺の隣に座ってくるクロエ。

「ねぇ。エルはどうして突然学院に通いたいなんて思ったの?…あ、別に言いたくなかったら言わなくてもいいのよ」

「知識だ」

「知識?この世界の人達より私達の方が断然知識は多いはずよ。それに加えて、アンタはメンテナンス・ハンガーなんて大それた商会を立ち上げて、そこで魔法や魔道具の研究を進めてる。それだけやって、まだ足りないって言うの?」

「ああ」

「まるでこれから大きな敵と戦う前準備をしてるみたいに感じるわ」

「違う」

「それなら、安心ね」

「ああ」

知識を求めているのはバイクをより良くする為だ。メンテナンス・ハンガーでもまだ見つけれていない魔法があるかもしれないし、何かヒントが見つけられるかもしれない。

それと同様な考えで、メンテナンス・ハンガーの社員も新たに知識を求める為に外に出した。
新しい世界で新たな世界を知る。それは視野を広げるためにはとても大切な事だ。

話は終わったのか、隣に座っていたクロエが立ち上がる。

「あ、そうそう。アンタのお友達のフィーネちゃんだけど、称号に"勇者の卵"ってのがあったわ」

「そうか」

「ほんっと素っ気ない返事ね。もう少し心配とかしてあげたら?まぁ、勇者の卵って言うのが何を意味してるかは知らないけど、教国の連中とか国の上層部とかに見つかると面倒になるかもしれないわよ?」

そうか。面倒なのか…。

「ふむ…」

俺は他人のステータスと言うものを覗けないし、自分のステータスすらも見れない。だから、どうすればいいかなんて分からない。

だからと言って何の策も講じないのは愚者のする事だ。なにか策を練っておかないとな…。

「まぁ、まだ何が起きるかとか、勇者の卵がなんなのかさえ分かってないから、なんとも言えないんだけどね」

「であれば、放っておけ」

そっちの件は考えておく。今はまだ裏方を動かす必要はないだろうしな。

そんなことよりも、するべき事があるのを一つ思い出した。

「それよりも、戦争に備えさせろ」

「戦争?随分唐突な話ね。フィーネちゃんと関係があったりするの?」

「ない。しかし、起きる」

「まるで未来を予感してるみたいな言い方ね。まぁ、アンタの事だから何か確証があって言ってるんだろうけど」

「ない。が、何事も備えは必要だ」

そう。確証はない。だけど、俺の勘が的中すれば、もう少しで戦争とまでは行かないものの、争いが起きる。
要因は多々考えられれるが、おそらく一番は島で作られている魔道具を狙ってくるだろう。

勇者なんてのも召喚されたんだ。厳重に保管して存在を隠してはいるものの、情報が漏れてしまう可能性も考慮しておかないといかない。アレの存在を知られれば必ずどこかしらの国が攻めてくるはずだ。
その前に準備をしておかなければならない。

「じゃあ急いでやらなくても良い感じ?」

「急ぎだ」

「はぁ…。やっぱりアンタの考えは分からないわ…。でも、分かったわ。島の子達に伝えておく。それで良いわね?」

「ああ」

話は終わり、クロエは寮へと軽い足取りで戻ってゆく。
クロエの寮は一番学院に近い寮のようで、他の寮の屋根を経由して帰って行った。

「さて…そろそろ…」

準備しておくか。


○○○


場所は変わり、改築したばかりの風呂場。

まだ改築して誰も使っていないのか、床は濡れていないようだ。
エーテル缶…そうだな。ここのやつはボイラーとでも呼ぼう。

風呂場の中央に置いている風呂場のマナを全て管理し、マナを蓄える機能を備えたボイラーを操作して全機能を稼働させる。
途端に風呂釜にドバドバとダムが決壊したかのように流れ出す湯。

まずは放出量を調整できるように改造したシャワーを浴びて、石鹸で体を隅々まで洗い…試しに島の連中が作ったシャンプーを使ってみる。

よく泡立ち、良い香りがした。

全身の汗を流し、綺麗にし終えたら風呂に入る。まだ湯船は溜まりきってないが、それは時間が解決する話だ。俺はゆるりと足元から這い上がってくる温もりに身を任せていれば良いだけなのだから。

やはり風呂とは良いものだ。睡眠とは違った安らぎがある。それに、とても落ち着く。
振り返ると無骨な給湯口から水が垂れ流しになっている。ただの鉄塊に穴が空いただけのものだ。

これをマーライオンのようにするのも悪くはない。

シャワーも壁から水が出ている状態ではなく、ホースを間に挟んで変幻自在に動かせるようにしたい。

風呂に入る度に改造点が見つかり、意欲がかき立てられる。これはこれで面白い。

そんな事を考えていると、脱衣所でやけに荒々しい足音が聞こえてきて、ガラガラっと風呂場へと繋がる引き戸が開けられた。

「お?先客か?」

湯気で見えにくいな。換気設備ももう少し考えておかないとな。
それで、この声の主だが…昨日の…ああ、思い出した。昨日あの病原菌風呂に浸かってた変な奴だ。

「えーっと、確かここに魔力を込めるんだったよな…?」

ボイラーに魔力が充填されるのが見て取れる。ちゃんと木板を読んでくれているようで安心だ。

「っにしても、すげぇよなぁ。あの、エルってやつ。こんなすっげぇ風呂をあの一瞬で建てちまうんだからよ。なぁ、お前もそう思うだろ?」

そう言いながらシャワーの方へと足を向ける変な奴。

どうやら向こうからもこちらが見えてないようだ。

「なんだよ、シカトかよ。つまんねぇやつだな。おっ、調整できるようになってんじゃん。やっぱ、すげぇな。エルってやつ。…まぁ、お前が俺をシカトすんなら独り言でも聞いててくれや」

黙ると言う選択技はないんだな。

「んでさ、やっぱ、この風呂ってのは良いよなぁ!朝から一汗流して、風呂!この最高の組み合わせ!お前もやってみろよ!めちゃくちゃ気持ちいいからさっ!」

それは分かる。

変な奴はシャワーを浴びて、全身を布で拭き始める。

基本的にシャワーなんて概念のないこの世界では、だいたいああして布で体を拭くのが普通だ。
俺もよく冷たい井戸水で濡らした布で体を拭いたものだ。慣れればどうと言う事はないが。

しかし、だ。俺は今、風呂を堪能している。この後、布で体を拭いただけで体の汚れなんて何一つ取れてない汚いやつが俺と同じ風呂に入るだろう。

それは嫌だ。気持ちが悪い。

………仕方ない。まだ湯船も溜まりきっていないし、俺はもう少しのんびりしたいんだ。

「貸してやる」

「んあ?なんだっーーうおっ!ビックリするじゃねぇか!一体なんだよ、これ…って、石鹸!?使って良いのか!?」

「ああ」

「良いのかっ!?本当に使うぞ!?良いんだなっ!?」

俺の声は届いてないようだ。まぁいい。好きにすればいい。

「うおおおっ!すげぇ!すっげぇぇっ!」

語彙力ないな。まぁ俺も人の事は言えないが。
そして、シャワーを終えて湯船へと歩いてきて、俺と目が合う。

「って、エルご本人じゃん!?」

やはり気付いてなかったようだ。



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