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自称『整備士』の異世界生活

九九 零

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宿に戻るとロビーにカナードの部下であるダートがうつらうつらとうたた寝しながら待っていた。

「起きろ」

一声掛けると、ダートの鼻提灯がパチンと割れてパッと目を覚まして不思議そうな顔でキョロキョロと周囲を見渡し始める。
寝起きで目の前にいる俺に気付いていないようだ。

「何の用だ?」

「え?あっ、あっ!エルさん!お待ちしてました!実はですねーー」

俺が入学式に居なかった事での後始末の対処と、長々と学院の規則やらを説明された後、ようやく本題に移る。

「あと、入学式が終わった時に寮生活を希望する他の新入生達は寮に案内されたんですけど、エルさんはその場にいなかったのでここまで迎えに来たんですけど…どうします?」

「ふむ。案内しろ」

っと、フロントにチェックアウトを言っておかないとな。

「あ、部屋の引き払いはこちらでしておくので大丈夫ですよ」

「そうか」

やってくれると言うならそれに甘えておこう。

ところでフィーネは…他の新入生も案内したって言ってたな。きっとフィーネも寮に案内されてるだろう。

そして案内された寮は二階建ての大きめな倉庫のような建物だった。
並びとしては学院側から一番離れた六つ目の位置にある。一つ一つの寮は25mほど距離を空けているものだから、それなりに学院まで距離がある。

「これがエルさんがこれから生活するFクラスの男子寮です。裏の塀を越えた先が女子寮ですが、男性が立ち入ると女性陣に殺されるので注意して下さいください」

なるほど。それは注意しないといけないな。

そんな説明を受けつつ寮の中に入ると、中は想像していたよりも広く、入ってすぐには10人程度ならゆったりと寛げそうなスペースまであった。

そこから左手には二階への階段と、真っ直ぐ突き当たりまでの廊下がある。部屋は左右に等間隔で並べられており、廊下から見た感じだとそれなりに部屋は広そうだ。見取り図を頭の中で作成してみると…ガレージ2つ分ほどだろうか?いや、1.5ぐらいだな。

突き当たりに見える扉がおそらく裏口だろう。

俺が案内された部屋は一階の手前から五つ目。中は簡素なものでベッドと机と椅子しかない。まぁ、それだけあれば十分なんだけどな。

窓は全部木窓で、使い古された感がある。ベッドもシーツは綺麗だけど使い回した感がある。机も椅子も同じく長らく使われてきた歴を感じさせられる。

人が使った痕…か。誰が使ったか分からないのは気持ちが悪い。全部新調しておこう。

「お風呂とトイレはこの部屋を出て右手側に行くと左側に通路があるので、そっちに行ってもらうとあります」

風呂があるのか。それは良い。是非とも入りたい。
島にはクロエの趣味で温泉が造られてたが、実家には風呂の類いは作ってなかったからな。余り入る機会がなかったので入れるのなら入りたい。

「そして、こちらが学生服です。また、分からない事があればなんでも聞いてください。私は基本的に本校舎の二階にある第一研究室にいるので、いつでも訪ねてください」

「ああ」

俺が返事をするとダートは一礼をして俺に部屋の鍵を渡して部屋から出て行った。

さて、俺も風呂支度をして…って、全部インベントリの中だったな。

ポーチの中をインベントリと接続し、その中から木桶と島の連中に作らせた肌触りの良いタオルと油汚れをよく取る石鹸を取り出して風呂場へと足を向ける。

脱衣所。造りは簡素だが、なにやら懐かしい感じのする風景だ。木網で作られた籠や個々に別けられた棚。鍵付きの扉はないものの、まるで銭湯を思い出す。

装備品を外してポーチに接続しているインベントリの中に。手袋も盗られると面倒なのでインベントリの中に。服は何も細工をしていないので、適当に籠の中に放り込んでおく。

さぁ、いざ、風呂だっ。

ガラガラと音を立てて引き戸を開けると、ムワッとした熱気が全身を襲いーーーーは?

「あ?」

俺は期待していた。前世で経験した風呂を…。
小綺麗で濡れたタイル張りの床。積み重ねられた使い込まれた感のある桶。壁に取り付けられたシャワーに、常に湯気が立ち昇る透き通った湯船…っ。

しかし、それは理想だった。余りにも現実は非情で、鬱陶しいぐらいに俺の理想をぶち壊してきやがる。

「………汚ない」

そう。汚かった。有り得ないほど汚かった。

そこかしこに穴が空いた腐った木床。天井は今にも崩れ落ちそうなほどボロく、美しい夜空が見渡せる。
壁なんてのは、あってないようなもの。柱が数本立っているだけ。

そして、一番酷いのは湯船だ。主役である湯船がーードス黒かった。確かに湯気は上がっているが、しかし、カビ?血痕?泥?その他諸々が入り混じってヘドロのように化しており、臭いも変だ。臭い臭くないの話ではない。形容できない変な臭いがする。
これは風呂ではない。病魔の巣だ。そう断言できる。

「お?お前さんも入浴か?遠慮せず入ってくれや」

そんな汚物の水溜りなど気にした素振りもなく浸かる先客が一人いた。

断言しよう。アイツの頭の中はどうかしてる。

「………」

それにしても…これは酷い。シャワーなんてものなんてない。床も汚い。湯船なんて絶望的な病魔の巣だ。
汚い。汚すぎる。入る気も起きないし、ここから一歩も先に進みたくもない。

「どうした?遠慮なんていらねぇって。…もしかして、一人風呂が良かったのか?なら、済まないことをしたなっ!だがっ!まだ出ないぞ!っなわけで、一緒に入ろうぜ!」

部屋に戻るか。

「おいおい。つれねぇなぁ。そんなに一人風呂が良かったのか?」

そう言いながら背後で先客が立ち上がる音が聞こえる。

「まったく…そんなんだと友達が出来ねぇぞ」

違う。俺はこんな汚い所に足を踏み入れたくないーーいや、待てよ。この寮で暮らすと言う事は、謂わば、この風呂はこれから必須になるか…?だとすれば…。

スタスタと俺に近づく足音が聞こえてきてーー。

「…寄るなっ」

思わず突き飛ばしてしまった。

「いってぇ…。なんつー力だよ…」

手にベットリと付着する汚物に全身の毛穴と言う毛穴が開いて鳥肌が立つ。
洗えば済む話だが、肝心の水がない。どこに井戸があるのかもしらない。水魔法で洗い流せば話は早いが、魔法は人前では使わないようにしているし、そもそも今は特訓のために魔力を使えないようにしている。

だから…必然的に…。

「きもちわるい…」

洗えない。洗い流せない。そう知ると、頭の中が一瞬だけだが真っ白に染まる。

思考が再起動してすぐに思ったのはーー『今すぐに改築してやる…』だった。

「きもちわるいって…おいおい。幾らなんでも初対面の相手に酷すぎるだろ」

グチグチ口だけ動かしてる奴は無視だ。この風呂は今後、世話になるかもしれない。だから、早いうちに直そうと考えたが、手に気持ちの悪い汚れが付いてしまった今、もう我慢できない。

まずは床だ。肝心なのは足元から。床を全て張り替える。風呂も解体だ。こんな汚い物なんて必要ない。水源をどこから取っているのかの確認も取れた。故に、この風呂場は今、この場で、跡形もなく消し飛んでもらうとしよう。

脱衣所に戻ってポーチを手に取り、作業服に着替えてから再び風呂場へ。

チラリとなぜか俺の後をついて来ている男を見遣る。俺よりも身長がずっと高く、ガタイも良い。見せかけの筋肉が映えている。

まぁ、そんな事は兎も角。

ポーチからエーテル爆弾を取り出して解放ボタンを押してからポイっとする。刹那ーー吹き飛ぶ風呂場。

俺の爪先ギリギリまで。要するに、風呂場のみを綺麗に吹き飛ばしてやった。

汚物は背後にいた盾で全て防ぐ。これで俺に被害は一切ない。問題ない。

「ぺっぺっ!何しやがんだ!この野郎!」

盾を横に捨てて、早速取り掛かろう。

「っと言うか、なにしてんだよ!」

まずは下地だ。なによりも大事なのは基礎である。下地が不出来だと、全て失敗する。人生経験においてもいえることた言える事だ。

とは言え…永遠とダダ漏れになっている水源が目に入るが、かなり汚い。泥水なら浄水器を造ればなんとかできるが、まるで汚水を流しているかのような汚さだ。

これは使いたくないので、吹き飛ばして少しだけ抉れた地面は水源ごと埋め立てる事にしよう。

「こんな事をして…お前は何考えてんだよ!怒られるじゃ済まねぇぞ!?」

黙って見ていろ。すぐに終わる。

そう心の中で返答していると、脱衣所の外…寮内が随分と騒がしくなり始めた。ここから見える隣の寮もあちこちに灯りが付いて何やら慌しそうにしている。

まぁ、俺には関係のない話だ。

さっさと作って綺麗な一番風呂を味わうとしよう。

ポーチから鉄骨を取り出して土台を造る。その後、一枚の紙とエーテル缶を取り出し、紙ーー簡易スクロールをエーテル缶のマナを利用して発動させる。

これはセメント生成の魔法だ。そして、それを次に取り出した局所的重力場の簡易スクロールでセメントの密度を高め、乾燥の簡易スクロールでセメントを固めてしまう。

そうする事でシッカリとした下地が完成する。まだ不安は残るが、今はこれで十分だろう。

「………は?え?今、何が…?」

下地が出来たら次は床と壁と屋根だ。それには島の連中が回収してきたトレントと呼ばれる魔物の素材を使う。トレントは木に擬態している魔物らしいが、その材質は一級品の木々に劣らない強度や艶などがあるらしい。

報告書によれば、だけどな。

なんでも、よく迷宮に出現する宝箱に化けているミミックと根本は同じだとか。まぁ、どちらも出会った事のない魔物だから詳しくは知らないが。

加工済みの木板はこれしかなく、在庫も山程あるので使っても特に問題はないだろう。
床板。壁。屋根。パパパッと大雑把にだが、隙間風のないように貼り付けてゆく。勿論、外観も拘ってシッカリと柱である鉄骨を隠しておいた。

「「「…………」」」

屋根は簡素に三角型にしておいた。雨風を凌ぎつつ湯気を逃す隙間も設けて、完成ーーっと、大事な物を忘れるとこだった。

それは、シャワーと風呂だ。

俺とした事が肝心の主役を忘れるとはな。しかし、風呂には力を入れないばならないだろう。
身体を清める場所であり、安らぎを与えてくれる憩いの場だ。

風呂にはタイルを使いたいとこだが、まだ島では開発も着手もされていない。それどころか、誰も目を向けようとはしない。
なので、ここは周囲の風景に合わせた木材で作ってしまおう。

なに。簡単だ。トレントの材料なら山程ある。それをチョチョイとカットして…鍵を使うと錆びそうだな…ブロック状にするか。
昔の日本人がやってのけた家を木材のみで組み立てるなんて精密なのは出来ないので、隙間が空く事を前提にした造りにするべきだろう。

高さは俺が座ると全身が浸かれる程度。浴槽の厚さを1m。内側に向かって下る階段状にする事と、継ぎ目を合わせない事と、一番外側の部分は浴槽に浸けない事を前提とし、ところどころに水吐き用の穴を空ける。

「「「………」」」
「「「………」」」

肝心のお湯は簡易スクロールの応用の、石板を使うとしよう。

筆記魔法を使用して、お湯を生成する石板を風呂の中央に。壁際にもお湯を生成する石板を幾つか設置し、生成された水が頭上から局所的豪雨の如く出るようにしておく。ここには起動と停止の二つだけコマンドを追加。調整できるようにするのは後回しだ。

マナを貯蓄し各石板へと配分するドラム缶サイズのエーテル缶を風呂場の中央に設置し、配管を各部へ繋げる。

これで完成だ。

「………な、なぁ。誰かアイツが何者か知らないか…?」

振り返ると脱衣所に人が増えていた。初めにいた男を含めて20人近くが口を半開きにしてアホヅラを晒している。

「あの顔…エル…。そう…エルだ!新入生闘技大会の1戦目で圧勝したくせに2戦目を棄権して逃げたエルだ!」
「エル…?って、もしかして、あの鬼才のエルか?」
「鬼才?破壊者じゃないのか?なんでも数年前にカルッカンの街の冒険者の大半を行動不能にした挙句、有力貴族を失墜させたとか」
「でも、鬼才ってのも納得が行くよな…」
「だよな…なにせ、こんな物を見せられたら…」

なにをコソコソと話してるか知らないが、あんな陰口なんて放っておいて、今は風呂だ。一番風呂は俺が貰う。







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