自称『整備士』の異世界生活
71
窮地に立たされたながらもフィーネは笑っていた。
その笑みに気付けたのはクロエしかいない。だからこそだろうか。クロエの頭の中には警戒心たっぷりな疑問が湧き上がる。
なんで?どうして笑ってられるの?
この固定型のガトリング砲は黒魔法で形作られた物。地面を崩した所で影響は起きないし、込めた魔力が尽きるまで弾丸を生成し、放ち続ける。稼働領域も上空までと広く、唯一の弱点は地面のみである。
この状況を抜け出せるのはクロエの知る中ではただ一人しかいない。しかも、その人物は小手先の技なんぞ使わず、真正面から突破してしまうような常識の埒外にいる化物だ。
しかし、目の前の相手はそうではない。まだ常識の範囲内に立っている少女だ。多少、全属性魔法をポンポンと使うような常識外な事が色付けされているものの、それでもまだクロエの知る中では可愛いものだ。
そう思い込んでいた。フィーネの本当の実力を目にするまでは…。
今の今まで逃げる事しか出来なかったフィーネ。しかし、次の瞬間。
「消えたっ!?」
ふっと姿を掻き消した。それは縮地のような物ではなく、紛れも無く姿形共に掻き消えーー。
ドンッとクロエの横腹に強烈な衝撃が走る。僅かに間を置いて、自分が蹴り飛ばされたのだと気付き、受け身も碌に取れないまま壁に強く体を打ち付けてしまう。
遅れて、あちこちに衝撃波と共に爆風が吹き荒れて舞台を蹂躙し尽くす。
「殺しちゃダメだから手加減してたけど、アンタは強いからこれぐらいは大丈夫よね?」
これこそがフィーネの本当の実力。魔力の使い方を教わったその日から鍛錬に鍛錬を重ねて使い続けた魔法ーー身体強化。
構えも変わっている。これまで桐乃絵流を使い続けていたにも関わらず、今は全く違う構えだ。
それは、まるでエルの真似をするかの如く、両手をポケットに突っ込んで立っている。違う点といえば、左足を僅かに前に出した状態である事ぐらいだ。
「ふ…ふふ…やるじゃない…」
不気味な笑みを溢しながらガラガラと崩れた壁から這い出してくるクロエ。フィーネの言う通り、大丈夫そう…と言うより、無傷だ。服にも汚れ一つ付いていない。
「貴方の事を少し甘くみていたわね…」
レベル差が20もあるのに…。っと、ボソリと呟きながらガレキの山から脱出すると、腕を組んで仁王立ちと言う変わらない構えを取りつつ言葉を続ける。
「少し本気で相手してあげる」
ブワッとクロエの背後から"黒"が溢れ出し、フィーネに対して威嚇してるかのように蠢く。
「ここからが本番よ!私が優勝するんだからっ!」
「優勝なんかに興味はないけど…やっぱり負けるのは癪よねっ!」
それからの戦いは壮絶だった。
何かが起きた時の為に待機していた教師達すらも戦闘の過激さを前にして動けず、解説を行う役割を背負ったバリドンやヘリーナも声一つ発する事なく戦闘の最中を注視していた。
もはや人の領域を遥かに凌駕するような苛烈極まる戦闘で、誰もこの二人の中に割って入るなんて無謀な事は出来やしない。
『な、な、ななななっ!なんなんだぁぁぁ!これはぁぁぁっ!実況が全く追い付きませんっ!っと言うか、付いていけませんっ!!激しい!激しすぎて、何が起きてるのかサッパリですっ!!』
実況のロォーニもお手上げ宣言。
それもそうだろう。今彼等の目の前の戦闘は、彼等の常識の範囲外の代物だ。
呪文も杖も必要としない大魔法が初級魔法が放たれるかのようにポンポンと撃ち交わされ、その合間に剣や槍や矢と言った魔法で作り出された武器が高速で打ち合わされる。
「………なん…なんだ…これは…」
つい今しがた観客席へと辿り着いたヤマモトが目にした光景は、夢でも観てるのかと自分の目を疑うようなもの。
何が起きてるのか把握するのも難しい。
「は…ははは…こんなの…無理じゃないか…」
そんなものを見せられたヤマモトはただ力なく笑うしか出来なかった。
彼女もそれなりに。いや、一生懸命に武にこれまでの人生の全てを注いで生きてきていた。強くなる事に貪欲で、どんな魔物とだって戦ってきた。故に、親以外に負けた事はないのが彼女の誇りだった。
だと言うのに、昨日、初めて他者に敗北させられた。全力を出したにも関わらず、呆気ないほど簡単に負けた。
そして、今日。今、この時。気持ちが敗北した。
その二人の規格外な力にどうやったって追い付けるはずがないと悟ってしまった。
一合打ち合うごとに衝撃波が観客席を襲い、一合打ち合うだけで苛烈な迫力が伝わってくる。
絶望。今の彼女にはその言葉が最も相応しいだろう。
これまでの努力は小さなモノに感じ、これまで行った事は無意味だったんだと突き付けられた気分に陥る。
そんな絶望の淵で三角座りをする彼女に天使が手を差し伸べた。
「あっ!にぃにぃに負けた人!」
背後から可愛らしい声が雑音に紛れて聞こえてきて、一拍置いて服の裾が引っ張られる。
「…?」
死んだ瞳で服の裾を引く主人を見ると、そこに居たのは小さく可愛らしい女の子の姿と、その女の子と同い年ぐらいの男の子の姿。
「元気出してっ!」
「あの…どうしたん…ですか…?」
活発な笑顔で元気付けようとしてくる女の子。
男の子は女の子の影に隠れながら心配そうにヤマモトを見やる。
「ああ…いや…なんでもない」
この戦いを見て絶望した。何もかも無駄だったのだと知ってしまった。そんな話、子供に話しても仕方がないだろう。
そう考えたヤマモトは舞台から視線を逸らす。彼女は諦めてしまったのだ。強くなる事も、高みを目指す事も、全て諦めてしまった。
心が折れてしまった。と言っても過言ではない。
だが、幼い子供二人に見つかったが運の尽き。いいや。運が良かったと言うべきか。
この場を立ち去ろうとしたヤマモトだったが、女の子が裾を離さず足止めをくらう。
「もう見ないの?」
「…ええ。もう十分だから」
チラリと舞台に視線を向ける。どちらが劣勢でどちらが優勢かなんて見ても分からない。それどころか、戦っている二人の姿を視界に捉える事すら困難を極める。
「負けた人は弱いのに?」
「……どう言う事?」
弱い。それはこの戦闘を行ってる当事者達と比べれば弱いだろう。しかし、こんな幼子達に言われるような言葉ではない。
所詮は子供の言う事。だと言うのに、少しの怒りと悔しさが心を傷付ける。
「だって、にぃにぃがね、シンタイキョウカ?が上手く出来ない人は弱いって!」
「身体強化…?そんなの…っ…待って」
身体強化。それは一部の人が習得できるとされる身体の防御面を上げるスキルだ。
しかし、ヤマモトには思い当たる節があった。
エルは体付きが細い。その割には…と言うよりも、異様なほど動きは素早く、異常なほど力強かった。それこそスキルを多重発動してるか、身体を魔法で改造してるのではないかと思えるほど。
そんな、まさか…。と思いつつも尋ねる。
「さっきからにぃにぃって言ってるが、誰の事か教えてくれないか?」
「にぃにぃはにぃにぃだよ?」
「えっと…兄ちゃんの名前はエル…だよ」
エル。その名前を聞いた途端、ヤマモトの中の何かが外れた。
今の今まで死んだ顔をしていたのに、突如として瞳を険しくして男の子の両肩を掴んだ。
「その身体強化について教えてっ!」
「あ…う…」
男の子はしどろもどろになって視線を泳がせ、気がつくとヤマモトの手から離れて女の子の背後に隠れていた。
「す、すまない…。あ、そ、そうだ…っ。まずは自己紹介だな。私はヤマモト・ホノカ。君達の名前は?」
「マリンはマリンだよー!」
「アック…です…」
「マリンとアックか。よろしく。早速なんだが、その身体強化について教えて欲しいんだけど、頼めるか?」
「うん!いいよー!」
「う、うん…」
そして、何も知らないヤマモトは幼い二人の手によって魔改造されてしまう事となった。
その後、体内マナを弄くり回されたヤマモトの叫声が舞台の戦闘音に紛れて会場全体に響いたのであった。
●●●
入学式と言えば、俺は前世で四度も経験している。とは言え、全部覚えてる筈もなく、記憶は全て朧気で何のアテにもならない。
無駄な時間を天井を眺めて過ぎるのを待ったぐらいのつまらない記憶だ。
だから、今日は入学式を欠席した。
何かしなければならない急用とかはないが、行かねばならない理由もない。無駄に時間を浪費するぐらいなら、せっせと物作りをしている方が性に合っている。
だが、物作りをするにしても場所がない。父ちゃんとの約束もあって、人目のある所でやるわけにはいかない。だからと言って、街の外でする訳にもいかないし、宿屋の中でするなんてもってのほかだ。誤作動で爆発でもさせてしまえば宿屋を追い出されかねない。
なので、ちょっとしたツテを使って隣街に家を買ってみた。
家と言っても街の隅にあるボロボロの空き倉庫だ。改装するかと問われたが、それは自分で行うと言っておいた。
「さて、やるか」
グッと背伸びをして身体を簡単にほぐし、早速作業に取り掛かる。
まずはボロ倉庫の中に入って地肌が剥き出しの地面に手を当てる。そして、実家の裏手に建てた倉庫の地下施設を想像する。
あとは軽く地面を転移魔法で抉り抜いて魔法で創り出した鉄の建物を落とすだけ。
設計図は頭の中に入っているし、元の倉庫の形が単純なので簡単な作業だ。1分程で終わった。
剥き出しの鉄の上に先程回収しておいた土や砂を載せて、出入り口を鉄板で封鎖してしまえば完了だ。
ここへの出入りは転移魔法のみで行う。上のボロ倉庫はダミーだ。……あっ。エレベーターが地上まで登るようにしたままだった。まぁいいか。手を掛けるのも面倒だ。使わなければ良いだけの話。
倉庫を造った後、地下施設を整備室・実験室・研究室・保管室の全四階層に別ければ出来上がりだ。
まだ半分しか完成していないが、少し一息付きに外に出てみるといつのまにか夜になっていた。
時間を忘れて作業に熱中してしまっていたようだ。
……帰るか。
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