自称『整備士』の異世界生活
67
試験が終わり、結果発表は明日と言う事で解散となった。
ゾロゾロと校舎から宿屋へと帰ってゆく一同。勿論、俺達も宿屋に帰ろうとした。が、呼び止められて足を止める。
「エル君とフィーネちゃん。これから一緒に食事でもどう?」
アルサ。サルダン。ラミラの3人が校門の前で待っていた。
「ふむ」
別に俺はーー。
「行く!行くわ!よねっ?エル!」
「あ、ああ」
フィーネの強い押しに負けて行く事に決めた。
食事をする場所は予め予約をしていた知る人は知る有名な食事処らしい。
店舗は隣街にあるらしいが、それほど遠くはない。値段もそこまで高くはなく、高級料理店でもない。だけど、居心地の良く、料理が美味しい所らしい。
その話を聞いて、断ろうとしていた言葉は撤回して胸を躍らせる。
「それにしても、たった三年で、あれだけ小さかった二人がこんなにも大きくなるなんてね。改めて、久し振りだね。二人とも」
「ああ」
「うん!久し振りです!アルサさん!あと、サルダンさんとラミラさんも!」
「ガハハハハッ!久し振りだなっ!」
「ふははははっ!久し振りだなっ!」
サルダンとラミラの声が上手い具合に重なり、二人同時に笑いながらフィーネの背中を叩く。
随分と息の合った二人だ。
「それにしても、エル!お前、めっちゃ強くなってんじゃねぇかよ!」
「それを言うならフィーネもだぞ!サルダン!なんせ、このウチの攻撃を全ていなすどころか、キッツイ一撃をお見舞いしてくれる程だからなっ!」
「ガハハハハッ!確かに、あれはヤバかったな!俺でもアレは防げる気がしねぇ!でもよ、アルサを倒したエルも相当なもんだぞ!」
「違いない!アルサを一瞬で倒しちまうなんて、相当な実力を付けてる証拠だもんな!」
そう言って談笑する二人の中にアルサが苦笑い気味に話に混ざる。
「うん。エル君の時は一瞬すぎて頭が追いつかなかったし、フィーネちゃんの時は気絶してて見れなかったんだよね。でも、二人とも、三年前と比べて本当に強くなったね。ホント、怖いぐらいに…」
アルサの苦笑いが引き攣った笑みに見えるのは、きっと気のせいだ。
「子供の成長は早えぇって聞いてたが、まさかここまでとはなっ!」
「だなっ!」
「いや、たった三年でここまで実力を付けるのは早い所の話じゃないよ」
なんて言うアルサだが、二人の耳には全く入ってきていない。
「っにしても、エルは兎も角、フィーネの構えは見た事ねぇもんだったな。あの戦い方と言い、一体誰に師事を受けたんだ?」
「そうそう!それはウチも気になってたんだ!この際だから教えてくれよ」
「えーっと…」
チラリと様子を伺うような眼差しで俺を見やるフィーネ。
俺はそれに首を横に振って否定を示す。
「はぁ…フィーネちゃん。言いたくなかったら別に言わなくても良いんだよ?」
冒険者は詮索を嫌う者もいる為、相手の詮索をしないのが普通だ。アルサはそれを言っているんだろう。
だから言わなくても構わない。言う必要は全くない。なのに、俺から視線を外したフィーネは二人の顔を見て、キョトンとした顔をしながら答えた。
「え?エルだけど?」
さも当然のように。アッサリと答えた。
俺は首を横に振った。言うなと、秘密にしろと伝わるよう首を横に振って伝えた。なのに、だ。
「マジかよ」
「嘘だろ…」
「え?それ、ホント…?」
と、三者二様の反応で俺を見てくる。
その反応が楽しかったのかは知らないが、なぜかフィーネがドヤ顔を浮かべて自慢気に語り始める。
「本当よ!エルはすっごく強いの!でっかい猪だって簡単に倒しちゃうし!この前なんて真っ赤なドラゴンを連れて帰って来たのよっ!」
ふふーんっ。と言わんばかりの全力ドヤ顔。
しかし、3人の反応は生暖かい目で子供の姿を見る大人の顔。まるで子供が誇張する話を聞いてるかのような笑みを浮かべている。
まぁ、そうだろうな。猪は兎も角としては、ドラゴンの件はそう簡単に信じれないだろう。
ドラゴンは確かに強かった。巨大な図体、鎧のような鱗に、一瞬で目の前を更地に変えるほどのブレス。
あの強さは他の魔物とは別格で、余りにも異常だ。
その一角の力を手に入れたとしても、未だに力技の魔法や肉体戦で勝てるとは到底思えない。あの時は偶然相手が俺よりもマナの扱いに疎く、偶然ドラゴンの中でも弱く若い部類だったから勝てたにすぎない。
もしもこの先でより強いドラゴンと出会う事があれば、俺は真っ先に逃げ出すだろう。勝てない戦いに身を投じるほど俺は愚かではない。
ちなみに、フィーネの言ってるドラゴンってのは深紅の事だ。
そんな会話をしつつ馬車に乗り40分ほどで隣街に到着。
「っと、着いたみたいだね。入ろうか」
到着したのは一件の食事処だった。
なんの変哲もない店構えで、店の前に藍色の暖簾が掛けられている。
「ふむ…」
店名は"和 食堂"と書かれている…日本語で。っと言う事は、店主は転生者で、日本人って事になる。
だとすれば…和食か?日本食が食えるのか…?ああ…懐かしい日本食…。楽しみだ…。
なんて考えてる間にアルサ達がさっさと店内に入って行ってしまっていた。俺も少し慌てて後を追う。
「どうも。予約してた赤き豪鉄です」
「はい。赤き豪鉄の皆様方ですね。ご案内します。こちらへどうぞ」
入ってすぐにある会計カウンターに居た店員に案内され、奥の小部屋へと通される。
まるで、少し値段の高い焼肉屋に行った時の事を思い出す。他の客が見えないよう部屋を区切り、周りの目を余り気にせずに食事が出来る造りだ。
片側に赤き豪腕の3名が詰めて座り、対面に俺とフィーネで座る。
「ご注文が決まりましたら、そちらのボタンを押してお呼び下さい」
店員が立ち去って行くのを見送ったアルサがメニュー表を取って俺達に渡してくる。
「好きな物を頼んで良いよ」
見せられたメニュー表には、日本語でメニューが書かれ、その上に翻訳をするかのようにこの世界の文字でメニューが書かれていた。しかも、添え絵も付いている。下手だけど。
なんて客に優しいメニュー表なんだ。
「んー…エルは何を頼むの?」
「む?俺は"特盛・日替わり定食"だ」
メニューをチラ見した時から決めていた。
「じゃあ、私もそれで!」
○○○
メニューの注文を終えて、食事が運ばれてくる間の一時。
「あ、そう言えば、エル君。フィーネちゃんの使ってた技の話をサルダン達に聞いたんだけど、それってエル君が教えたんだよね?」
「ああ」
「どんなのか実際に僕は見てないから分からないけど、それってどこかの流派だったりするの?」
ん?そうだな…強いて言うなら…。
「桐乃絵流」
スライムと融合してしまった身体を慣らすために何度か桐乃絵と模擬戦をしている時に覚えたモノだからな。教わったと言っても過言ではない。
だから、桐乃絵流だ。
「うーん…聞かない流派だね。失礼だとは思うけど、余り有名じゃないのかな?」
「ああ」
そりゃそうだろう。だって、つい今しがた考えた流派だからな。
「でもよ、ラミラと対等どころか、倒しちまうほど強力な技ばかりだったんだぞ?それが無名だなんておかしくないか?」
「ふむ…」
ラミラを倒したのは技よりもフィーネの実力によるものが大きい。言ってしまえば力技だ。
そんな特殊な技を使ったわけじゃない。
それに、技もそこまで大したモノではない。この世界ではありふれたものだ。
だから、俺は答え方に少し迷った。
「桐乃絵流は本来、剣と盾が武器だ」
「ん?あっ!そう言う事!」
「あ?俺は分かんねぇぞ?」
「ウチもだ」
「…?」
理解したのはアルサだけか。だが、それで十分だ。後はアルサが説明してくれるだろう。
「フィーネちゃんの戦い方は右手で攻撃して、左手で防御でしょ?」
「うん」
アルサに聞かれて、フィーネが頷く。それを確認した後、続いて疑問をサルダンとラミラに投げかける。
「それに剣と盾を持たせるとどうなると思う?」
「右手が攻撃だから剣で、左手が防御だから盾…あ!そう言う事かっ!」
「ん?ウチはサッパリわかんないぞ?」
「要するに、桐乃絵流は本来剣と盾を使う流派なんだけど、それをフィーネちゃんは素手で模倣してみせたんだよ」
その通りだ。武器の扱いは一通り桐乃絵から学んだ。その中で武器がない場合の対処法として、フィーネには剣技の応用の延長線上にある戦闘方法を考えただけだ。
「だとして、ウチをぶっ飛ばした力はなんだ?あんなの剣技にあったか?」
「盾の武技にあるシールドバッシュじゃないの?」
「武技を素手で使う奴なんて聞いた事ないぞ?それに、武技はそう簡単に覚えれるもんじゃねぇ」
三人の眼差しが早く答えを出せと言わんばかりにフィーネに向く。
「え?た、ただの身体強化なんだけど…」
その視線を受けたフィーネはしどろもどろになりつつも答えると、途端に三人共時間が止まったかのように固まってしまった。
なぜだ?
「お待たせしました」
タイミングを見計らったかのように料理が運ばれてきた。固まったままの三人は放っておき、運ばれてきたばかりのホカホカ料理を見て心を躍らせる。
本日の日替わり定食はハンバーグ定食だったようだ。鉄板の上でジュージューと良い音を奏でている。
器をはみ出すほどボリュームたっぷりなハンバーグを主役に、皿に山盛りにされた焦げ茶色の白米。添え物のようにチョコンと野菜が置かれ、黄金色のスープが最後に置かれる。
匂いを嗅いだだけで涎が出てくる。
「いただきます」
「いただきますっ!」
あぁ、美味そうだ。でも、主役はあとの楽しみだ。まずは野菜から頂こう。
○○○
空になった器を前に手を合わせて合掌し、
「ご馳走様だった」
「ご馳走様でした」
と、食後の言葉を口にする。
「二人ともよく食べるんだね」
「ガハハハハッ!さすがは強いだけあって、食う量も多いなっ!」
「負けた…また負けた…」
ラミラだけなぜか落ち込んでいるが、それは放っておこう。
俺とフィーネの食事量は同等量だ。なぜなら、俺はフィーネに食事量を合わせたから。正直に言うと、まだ俺の胃袋は満たされていない。
しかし、空腹感は感じないので特に気にはならない。
食後に出された熱々のお茶を臆す事なく呑み、体の芯から温められるような感覚を愉しんでいると、ようやくアルサが俺達を誘った理由…本題を口にした。
「ねぇ、エル君。話は変わるけど、明日に入学生だけの闘技大会があるんだ。それに参加してみない?」
「フィーネ、お前もだ」
落ち込みから復活したラミラがフィーネに尋ね、フィーネが俺に『どうしよう?』と伺うような眼差しを向けてくる。
そうだな…。
「拒否する」
「だよね。エル君も男なんだし…って、え!?参加しないのっ!?」
どこに驚く要素があったんだ?
闘技大会って、聞くからに危険そうじゃないか。そんな事にわざわざ首を突っ込む筈がないだろう。
最近忘れがちだが、俺は戦闘を好む人間じゃない。俺は部屋や倉庫にこもって物作りをしたい人間なんだ。
「わ、私は参加するわ!いや、します!」
「おう!そう言ってくれると思ってたぜ!」
フィーネは参加するようだ。
「エル君も参加したらいいのに。上位3位以内に入れたら、授業料や寮費は無料になるし、学院での生活もかなり融通が効くって聞いてるよ?」
「必要ない」
金ならある。島の連中が開発・製造した物品の数々。世界各国に散らばる社員達の物品販売。他にも、収入源は沢山あって金には困っていない。
「そっか…」
「ああ」
ハクァーラ曰く、俺が月に稼いでる金額は一年貯めると新たに国を立ち上げれるほどらしい。それがどの程度大きいのか分からないけど、凄い事らしい。
そんな事よりも、そもそも俺が学院に通う理由は俺がまだ知らない知識や知恵を得る為だ。
バイクが完成した今、新たな知恵を得て現段階のバイクを進化させる事が目的となる。
より燃費良く、より扱い易く、より多種に。完璧までは求めていない。楽しさを追求した乗り物を作り上げたいんだ。
そんなわけで、闘技大会などと言う事にわざわざ首を突っ込む必要なんてありはしない。
「そっかぁ。でも、大会直前まで受付はしてるから、参加するならいつでも声をかけてくれても良いんだよ?」
「ああ」
参加するつもりなんてないけどな。
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