自称『整備士』の異世界生活
閑話@3
「聞け。これは銃と呼ぶ武器だ。この口から弾を放つ。弾切れだと、こうする」
種類はアサルトライフルと呼ばれるだろう銃。しかし、形は完全にメカニックのオリジナルであり、中身の構造もオリジナルである。
メカニックは手慣れた手付きで弾倉を入れ替え、予備の弾倉と一緒にして戸惑いを隠せきれていないクラフトに押し付けるように手渡す。
「やってみろ」
弾倉が空になった銃がもう一丁ある。さっきのを手本にして弾倉を入れ替えてみろ。と、メカニックは言っているのだ。
だが、クラフトは先程の銃を発砲した時の衝撃や驚きで手が震えて、弾倉の入れ替えもまともにできない。
受け取った弾倉を手から落として、慌てて拾うも、また落とす。
それを黙って見続けるメカニックに気が付き、クラフトは一度大きく深呼吸をして自身の頬を叩いて気持ちをリセットした。
深く息を吸い込み、深呼吸。
銃から空の弾倉を外し、弾丸がギッチリ詰められている弾倉を取り付ける。しっかり見て覚えていたようだ。
「ふむ」
それを確認したメカニックは、満足そうに頷いてクラフトに背を向けて歩き出した。向かう先は村の中心。
しかし、前方の建物が邪魔で、回り道をしなければーーいや、その必要はなかったようだ。
今しがた道ができた。
建物の扉を蹴破り、不法侵入もなんのその。なんの躊躇もなくズカズカと建物に上がり込み、対面の壁を蹴飛ばして穴を空け、先へと進む。
メカニックにとって道とは自らが切り拓くものなのだろう。もっとも、別の意味でだが。
「し、失礼しまーす…」
建物の持ち主に申し訳なさげそうな顔をしながらメカニックの後を追うクラフト。
その手には大切そうに二丁の銃が抱えられている。
話は変わるが、その銃に名前はまだない。制作されて一月も経過していない、メカニック…いや、エルの新作品である。
今回使用したのは、ただの性能テストのため。
モデルはFN-SCARと呼ばれるものだが、エル本人がモデル武器をうろ覚えの為、相違点が多い。中には適当に補完したような箇所も見受けられる。
例えば、薬莢が飛び出す場所。元来ならば右手側のはずだが、なぜか上側に出る。しかも、勢いよく。それでもって、スコープなどの照準器は存在せず、感覚と勘と目視での射撃しなければならない。
構造としては、初撃こそはコッキングレバーを引いて弾倉の弾をセットしてやらないといけないが、それ以降の連射は発砲した際の反動を利用して薬莢を押し除け次弾装填となる。
大きな違いがあるのは弾丸の方だ。それは全てエル手製のもので、完璧に均等に造られてるわけでもないので多少の歪みはある。が、それでもかなり正確さを持った弾丸。
弾丸には先端に被甲があり発砲されると後ろ側を残して先端だけが飛翔する。では、後ろ側のものはなんだと言う話だが、それは先端を飛ばす為の火薬の入った部屋なのだ。
銃内部にある撃針によって雷管と呼ばれる部分に衝撃が与えられ火花を散らす。それに誘発される形で火薬が爆発させられ、弾丸と呼ばれる被甲が飛ぶ仕組みとなっている。
しかし、エルは火薬がないからとこの世界の物で誤魔化した。火薬の代わりに液体エーテルを封入したのだ。故に、雷管はなく、火薬も使用していない。ただ、本来雷管がある箇所には薄く柔い鉄板があるだけで、叩くと容易く割れる。
他の弾丸も誘発する可能性もあって、使用者ですらとても危険な状態に晒されるような諸刃の剣ならぬ諸刃の武器である。
そんな武器を渡した。その意味は言わずもがな。メカニックはクラフトを試作品のテストをする役割に勝手に任命したからに他ならない。
それを知らないクラフトは"危険"が付き纏う銃を大事そうに両手で抱えながらメカニックの後を追う。
もし転倒して銃を地面に落としたりしたら…なんて、考えたくもない。さっきメカニックが地面に落とした時のような幸運が2度も訪れるとは限らないのだ。
落とせば暴発する可能性があるのだから、扱いには十分に注意が必要な代物となる。
そんな大事な事をクラフトは知らない。知らされていない。
とは言え、そらを知ってメカニックに話したとしても『それがどうした。使えれば問題はない。試作品だからこそ多少欠陥があるのは当たり前だ。細かい事は後から改良すればいい』とでも言って切り捨ててしまいそうだが。
さて、話を戻そう。
建物に侵入し、壁を一枚。二枚。三枚。四枚。五枚を破壊し、最後に扉を開けて外に出れば、眼前にはオークの群れが待ち構えていた。数は50を超えるだろうか。村の中心地の空白地帯の半分以上を占拠するオークの群れだ。
全員が武装し、今から来たる戦闘に備えているようだ。
それもそうだろう。メカニック達は周囲に爆音が鳴り響こうが関係なしだ。見える者。立ち塞がる者を屠ったとしても、どこからか偵察のオークが潜伏していたかもしれず、メカニック達が今から来る事を事前に知らされていたかもしれないのだから。
いや、実際にそうなのだ。
メカニックは建物の影に隠れていたオークをワザと見逃した。そして、そのオークはメカニックの予測通りリーダー格に報告をした。
故に、戦闘準備万端なオーク達が待ち構えていた。こうなるのは必然的だろう。
しかし、メカニックは一切の動揺を見せず、堂々と前進する。
オーク達は武器の柄を強く握り締め、今にも飛び掛かってきそうな勢いだ。
「ふむ。クラフト。……やれ」
「う…うんっ!」
メカニックの一言が引き金となり、オーク達が雄叫びを上げてーー連続した炸裂音に掻き消され、無慈悲な殺戮が開始された。
「さて俺も…やるか」
銃声でメカニックの声は誰にも届きはしない。が、その言葉は行動によって示される。
おもむろに片手を天へと掲げれば、その手から可視化できるほど膨大で強力な魔力の旋律が立ち昇り始める。
それらは線や点へと形を変え、組み合わさり、混ざり合い、形を成し、色を手に入れた。
その名はーー剣。
ただの無骨な剣。鈍色に輝く普通の剣。しかし、数が尋常ではない。
数十。数百では収まらない。空を覆い隠すほど莫大な量。その数、1007本。メカニックが同時に生成できる最大量だ。
しかし、太陽の光は届いている。ほんの僅かな違和感を感じなければ気付かないだろう。
誰かが顔を上げて恐怖し、発狂するも、すでに遅い。
それは一瞬の出来事だった。
メカニックが手を振り下ろした刹那ーー百を超える剣がオークの群れに降り注いだ。
オーク達は自分の死に気付けただろうか。銃撃で死んでいったオーク達は死に気付けただろうか。中には当たり所が悪くて即死できない物もいたが……だが、しかし、メカニックに一切の慈悲はなかった。
メカニックが降り注がせた剣は決して刹那の死を与えない。何本もの剣に体を貫かれたオーク達は苦痛と激痛を死ぬ直前まで与えて死んでゆく。
自慢の自己回復能力なんて何の役にも立たない。それらは何の変哲もない鉄の剣だが、しかし、弾丸の如く勢いで放たれる歴とした武器だ。
逃げる事も、避ける事もできやしない。致命傷を僅かに避けれたとしても、地面に縫い付けられ、追い討ちとして遅れて襲い来る剣達に串刺しにされる。
銃撃で死んでゆくオークの数よりもより一層多い数が串刺しになり、地獄のような阿鼻叫喚が途端に辺りを支配する。
そして、それも数秒で収まり、不気味なほどの静寂が訪れた。
「この程度か」
不満気に自分の手を見やるメカニック。
それは、オークが弱かったからではない。自分の能力に満足していないようである。
空にはまだ剣が残っているが、残りは不要だと言わんばかりに手を払えば、生み出された剣達は一斉に魔力の塵となって空に舞う。
もはや地に足を付けるオークは存在していない。
「フゴッ…フググ…」
いや、まだ一匹生きていた。
オークの長だろう一匹。
他のオークよりも二回りほど大きな身体に、頭には木を削って作っただろう不格好な王冠を被っている。
肉が厚くて内臓まで剣が届いていなかったのだろう。脚の傷は一見すれば重症そうだが、剣で受けた傷は瞬く間に癒え、数秒も経たずして体中の傷は癒えて完治した。
ーーが。
相手が悪かった。そうとしか言いようがない。
「フガーーーッ!?」
雄叫びを上げようと身体を持ち上げた刹那、オークの長。オークキングは首を落として絶命した。
ゆるりと仰向けに倒れ込むオークキング。身体に力を込めようとしても、力が入らない。
どうして倒れているのか判らなければ、何が起きたのかすら理解できない。
そうして、オークキングは永遠の眠りについた。
何が起きたのか。それを知るのは、誰に気付かれる事もない速度でオークキングの背後に移動していたメカニックだけだ。
コロリとオークキングの首が転がり、メカニックの足に当たーーらなかった。
当たる前にメカニックが一歩足を引いた。
まるで汚いと言わんばかりに冷たい瞳をオークキングの首に向けて、クラフトの元へと戻り、一言。
「次だ」
「え、で、でも、村の人達は…?」
周囲を見渡すクラフト。この村は占拠された。だから、村人達も…。そう思った。が、それは違う。
メカニックがとある建物を指を刺す。そこに村人達が閉じ込められていたのだ。
それをメカニックは知っていた。知っていたが、助けようとはしない。
メカニックと建物を巡視するクラフト。メカニックは既に村を出ようと歩き始めている。追わなければ置いていかれるだろう。しかし…でも…。
「メカニックさ…メカニック!村の外で!村の外で待ってて!すぐに戻るから!」
そう言ってクラフトは村人達を解放する為に駆け出した。
「オイラは冒険者のクラフト!みんな!もう大丈夫!魔物はみんなやっつけたから!」
後に、この件は瞬く間に世界中に拡がり、"哀れなオークキング"の題名で語り継がれた。
冷徹無慈悲なメカニックと優しき慈愛あるクラフト。伝説として後に語られる二人の冒険者の始まりの物語として。
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