自称『整備士』の異世界生活
閑話@1
閑話〜メカニックの冒険譚1〜
メンテナンス・ハンガーが設立された数日後。エルの実家裏にある巨大倉庫のエル専用執務室にて。
目の前には怯えを露わに縮こまる少年がいた。白磁器の肌。白銀色の短く切り揃えられた髪。目立つ尖った耳。幼い容姿の子供。見てくれと同様に、心も、精神も幼い。
そんな少年をカッカが連れてきた。
「旦那。こいつが例の冒険者になりたいって言ってたガキだ」
「ああ」
エルが書類から目を逸らして少年を見遣る。その瞳は見た目とは裏腹に、子供とは思えないほど冷徹で…白銀色の髪を持つ少年はビクリッと震える。
「名前を言え」
「え、あの…オ、オイラ…っ!」
パンッと喝を入れるかのようにカッカに背を叩かれ、下を向いていた視線が前を向く。同時に、エルと目が合って「うっ…」と尻込み。しかし、その場で踏みとどまって腹から声を張り出す。
「シルバ!オイラの名前はシルバですっ!」
「ふむ」
シルバーだからシルバ、か。と納得しつつ目を細めてシルバを爪先から頭の天辺まで観察する。
観察を終えると、ふと視線をカッカに向けて名を呼ぶ。
「カッカ」
「あいよ。じゃ、また用があったら呼んでくれや」
エルが言いたい事を理解したカッカは返事をするとエルに背を向けてエルの執務室を後にする。
「シルバ。お前は冒険者をしたいのか?」
「は、はい!」
カッカがいなくなり、心の拠り所がなくなったシルバの緊張感の高まる。しかし、拳を強く握りしめて腹から声を出して大きな声で返事をする。
「なぜだ?」
エルが椅子から降りて、シルバの前に立つ。その背丈はとても小さく、体格も大きくはない。見るからにシルバよりも歳下で、なのに、どうしてか、そうは見えない。
エルになぜ冒険者をしたいのかと問われたシルバは一瞬言葉を詰まらせてしまう。
なぜなら、その理由はとてもちっぽけで、エルに話して納得してもらえるとは思えないような内容だったからだ。
しかし、彼には取り繕う事や形だけの嘘を吐けるような頭を持ってなく、ただ正直に話した。
なぜ冒険者をしたいのか。その真実を。
「む、昔、冒険者に助けてもらったから…だから!オイラもそんなあの人達みたいな優しい冒険者になりたいと思ったんだ!…ですっ!」
「………」
エルは思案する。真剣な表情で、尚且つ、冷たい眼差しをシルバに向けて深く考える。
腹が減ったな。昼飯は何だろう?なんて、どうでもいい事を。
そして、数秒も経たない内にエルの中で答えが決まる。
肉が食べたい。
「わかった」
だから肉を狩りに行く。
「行くぞ」
執務室を出て、廊下へ。しかし、下の階へ降りる訳ではなく、すぐ側にある部屋へと移動する。
「ここは…?」
扉だ。ありとあらゆる形や色の扉が意味もなく無造作に点在する部屋だった。気になって近くの扉を開けてみるも、何もない。部屋の先に見えるべき続きがあるだけ。
「知る必要はない」
シルバの問いに対して冷たい声音で吐き捨てると、迷いなく正面の扉に手を掛けて開け放つ。
しかし、その先は見えるべき地続きの光景しか映っていない。
何がしたいのか。そう思った途端、エルが扉を潜りーー消えた。
「っ!?」
扉を潜った途端、一瞬にして姿形、ましてや存在感そのものを消失させたのだ。
シルバは目を見開き、慌てて周囲を見渡す。だが、いるはずのエルの姿はどこにもなく……。
「何をしている。早く来い」
何もない扉の先からニュッと腕が伸び、シルバの腕を掴んだと思えば、扉の先へと引き摺り込まれた。
そして、景色は一変しーー。
「え…」
さっきまでと同じような部屋。しかし、明らかに違う。あの無造作に置かれた扉が点在する部屋ではなく、閑散とした何もない部屋。振り返ると、通って来た時と同じ扉がポツンと置かれているだけ。
開け放たれたままの扉の先は部屋の続きがあるだけ。
シルバの頭の中にクエッションマークが沸き立つ。
「行くぞ」
パタンっと扉を閉めて、なんの説明もなく歩き出すエル。
聞きたい事が山程ある。しかし、シルバは置いてかれまいと慌ててエルの後を追う。
部屋を出て、対面の部屋へと移る。そこには木箱が大量に置かれた倉庫のような部屋だった。そこで、エルは木箱の上にポケットから金色のカツラを。真っ暗な仮面を。ボロボロのローブを順番に2つづつ置いていく。
「着替えろ」
それだけ言って、エルはシルバが理解するのを待つ事すらせずにさっさと仮面を付け、カツラを被り、ローブをーークルッとターンして着ると、なぜか背が伸びた。
どことなくガタイも良くなった気がする。…いや、気の所為だ。背に合わせて体が大きくなっただけだろう。
しかし、なぜか体が大きくなった。それこそ、成人男性ほどまで大きくなったのだ。さっきまでシルバが抱いていた疑問なんて吹き飛び、目を見開いて驚愕を露わにした。
「早くしろ」
驚いている暇なんてエルは与えてはくれない。少し野太くなった声で指示を出してくる。声の中に含まれた威圧感は有無を合わさぬ口調で、慌ててシルバは用意された衣類を身に付ける。
「で、できました」
シルバが仮面を付け、カツラを被り、ローブを身に付けたのを確認したエルは、シルバの脱げたフードを被せ、無言で部屋を後にする。
置いて行かれまいとシルバはエルの後を追う。
階段を降り、下の階へと移動すると何も置かれていない広いだけの部屋に出た。まるでワンフロア丸々ぶち抜いて作ったような、柱も何もない部屋。その中央でエルは立ち止まり、振り返ってシルバを見やる。
「説明する。俺はメカニック。メンテナンス・ハンガーの社長であり、Dランク冒険者だ」
そう言って首から下げている元は綺麗な銀色だっただろう霞んだタグをシルバに見えるように掲げる。
「え、でもーー」
「質問は必要ない。覚えろ」
「は、はい」
「敬語も必要ない。覚えろ」
「はい…いや…う、うん。分かった」
仮面の隙間から見えるエルの瞳がシルバの返答に満足したかのように瞑られる。
「冒険者をする時のお前の名はクラフト。覚えろ」
「わ、わかった。オイラの名前はクラフト。クラフト…クラフト…」
シルバは忘れないように与えられた名を繰り返し口にする。
「理解したら来い。登録へ向かう」
「はっ…ちがっ…う、うん!」
シルバ…いや、クラフトを置いていく勢いで先は先へと歩き出すエル…ではなく、メカニックの後を急ぎ足で追い掛ける。
何もない部屋の奥にある扉を潜れば、そこは見知らぬ街中だった。
その街の名はサルーク。エルの村から二つも街を経由した先にある街だ。そこへ瞬時に移動したのだ。が、クラフトはその事を知らない。
人々が行き交う通行量の多いメイン通りだ。すれ違う人や通り掛かる人達の奇異の視線に晒され、中には怯えを露わにして駆け出す者達を横目に辿り着いた冒険者ギルド。
今しがたギルドから談笑しながら出てきた冒険者達がメカニック達を目にするや否や、今の今までの笑顔が嘘のように顔面蒼白にし、慌ててギルドへと駆け込んだ。
そんな事などお構いなしに、メカニックは躊躇なくギルドへと足を踏み入れ、クラフトもその後に続く。
ギルドに入ると、街中を歩いていた時とは全く違う視線に晒される。
「お、おい…マジかよ…」
「さっきの話は本当だったのか…」
「死神が来やがった…」
「やべぇ。やべぇぞ…」
「お、俺、用事を思い出した!」
「バカ!やめとけって!動かない方が身のためだって!」
なんて口々に囁かれる。
しかし、メカニックがその視線や言葉に構う事はなく、ましてやクラフトが視線を気にして周囲を伺えば、皆が皆、同様に、まるでメカニック達と目を合わせてはいけないルールでもあるのかという勢いでバッと視線を逸らす。
酒場を抜けて受付に辿り着くと、そこにいた受付嬢は冷や汗を垂らしていた。それでも、引き攣った笑みを浮かべて営業トークを口にーー。
「登録だ」
「は、はひっ!」
出来なかった。
まるで喋る爆発物を相手にするかのように、受付嬢は緊張に緊張を上塗りしたかのような動きで慎重に慎重を重ね、丁寧に登録用紙を用意してカウンターに置く。
「書け。クラフトだ」
「あ、あの…特技とか…」
チラリとメカニックの視線が受付嬢へと向けられる。と、受付嬢は「ひっ!?」と上擦った悲鳴を上げて口を閉じ、視線をメカニックに合わせないようにしながら急いで登録用紙の名前欄に『クラフト』と記入し、これまた大急ぎで登録用紙片手に逃げるように従業員用の部屋へと向かってしまった。
「ふむ…」
これにはメカニック本人も何か思う事があったのか。考え込む素振りを見せた。
が、それは一瞬の出来事。すぐに思考を終えてポケットに手を突っ込む。
ピリピリとした緊張感の漂う空間。その原因がわからないクラフトはキョロキョロと周囲を見渡して小さく首を傾げる。
それから1分も待たずして奥の従業員室から先程の受付嬢ではなく、髭の濃い中年の男性が出てきた。
「おぉ。死神…じゃなかった。メカニックだったな」
「ああ」
随分と親しそうにメカニックに話し掛かる中年男性と、それに返答するメカニック。どよっと周囲が騒めく。
囁き声を聞く限り、その中年男性はこの冒険者ギルドのギルド長らしい。
さすがギルド長だとか何とかと言った話し声が聞こえて来る。
「もう以前みたいな事はやめてくれよ?お前さんが大暴れした所為で貴重なBランク冒険者が二人も引退しちまったんだぞ」
以前、初めてメカニックがこのギルドに訪れた時、柄の悪い冒険者にメカニックが絡まれると言った出来事があった。
しかし、そんな事は冒険者の中では日常茶飯事。その時は誰も止めようとせず、笑って見てる輩もいた。
だが、相手が悪かった。メカニックはその連中を容赦なく。それはそれはやり過ぎな程にボコボコにして瀕死まで追い込み、笑っていた輩は乾いた笑みに。ヤジを飛ばしていた輩は無言になって戸惑い、興味を抱かなかった者達や仕事をしていた受付達ですらメカニックに絡んだ哀れな冒険者達を心配し始めた。
さすがにやり過ぎだと思って仲裁に入った冒険者。が、彼等も巻き添えを喰らって重症。これは不味いと思って立ち上がった冒険者達も巻き添えを喰らいーーその場に居合わせた冒険者全員が重症か致命傷を負い、この冒険者ギルドが営業できなくなるような悲惨な状態となった過去がある。
だと言うのに、それらを行った当の本人は一切動じる事なく冷たく言い放つ。
「興味ない」
「ああそうかい。お前さんはそういう奴だよな」
そう言うと思ったよ。と、ギルド長は肩を竦める。
「まぁいい。で、登録の件だな。クラフト…ってのは…そこの坊主か?」
「ああ」
「相変わらず口数の少ない奴だな。気味が悪くて仕方ない。ほれっ、坊主。受け取れ」
ポイっと投げられたギルドタグ。慌てて受け取ろうとしたクラフト。だが、手の隙間からポロリと落としてしまい、拾い上げる。
鈍色のタグ。Fランクの証だ。裏面を見れば、Fと描かれている。
「ステータスカードは要るか?要るなら作るぞ?」
「必要ない」
「だろうな。誰もお前さん達とパーティーなんて組みたくないだろうしな」
クラフトは周囲を見渡す。全員が即座に視線を逸らし、誰も視線を合わそうとしない。
「黙れ」
「悪い悪い。気に障ったなら謝る。だから、暴れないでくれ」
「………」
メカニックが黙り込んだのを見て、失言で若干冷や汗をかいていたギルド長が心の中でホッと息を吐く。
「取り敢えず軽く説明するぞ。お前さんの紹介だから坊主のランクはFからになるが、二人でパーティーを組むのなら…って、その姿を見る限りパーティーを組むんだろ?だったら、受注できる依頼は前までと同じだ。あと、報酬はどうする?前までと同じようにギルド口座に全額振り込むか、それとも二等分するか?」
「振り込め」
「わかった。それで、今回は依頼を受けてくれるのか?お前さんに丁度いい依頼が幾つか上がってるぞ」
「受ける」
「はいよ。それじゃ、依頼用紙を持ってくるからちょっと待ってろよ」
「ああ」
ギルド長が奥へと引っ込み、またもや待たされる。
その隙間にクラフトがメカニックを見上げて質問を口にする。
「な、なあ。エーー」
エル。その名を呼ぼうとした刹那。クラフトの顔面が万力のような力で押さえ付けられた。
「うあ゛っ!?あ゛ぁ゛あぁっ!!」
「俺の名はメカニック。忘れるな」
ペイっと投げ捨てられ、床に尻餅を着くクラフト。再び見上げてみれば、メカニックの視線は全くクラフトを捉えていなかった。
しかし、なぜだか背筋に寒気を覚え、膝がガクガクと震える。『これは恐怖だ』そう気付くのにそこまで時間は要しなかった。
質問を喉の奥に仕舞い込み、まるで産まれたての子羊のようにカウンターを杖にして立ち上がる。
「後で武器を買う。考えておけ」
「あ、えっと…うん。分かった」
全く視線を向けようとしないメカニック。だが、それでいい。なぜなら、クラフトは怖くてメカニックを見れないから。
恐怖を理解してしまい、チラリとも見れやしない。なんとか恐怖を振り払おうと思考を他の事ーーそう、例えば、後で買う武器の事を考えても、一度植え付けられた恐怖はなかなか拭えない。
「待たせたな。纏めるのに少し時間を喰ったが、許してくれ。まぁ、見て受ける依頼を判断してくれ」
ギルド長が戻ってくるや否やドシッとカウンターに置かれた分厚い冊子。一ページ目から依頼が描かれている。
依頼用紙をそのまま一冊に纏めただけのようだ。
「ああ」
冊子を受け取り、パラパラと本当に読んでいるのか怪しい速さでページを捲りーーその中から3枚の依頼を引き抜き、ギルド長に渡した。
「この三つだな。タグを貸してくれ」
「ああ」
メカニックがタグを渡す。
「坊主もだ」
「あっ、う、うん」
ギルド長が二枚のタグと三枚の依頼用紙と依頼用紙を纏めた冊子を持つと、従業員室へと向かい、すぐに戻ってくる。
「受注完了だ」
そう言いつつギルド長が二枚のタグと三枚の依頼用紙を返却する間際にチラリとクラフトを見やる。
「ああ、そうだった。この支部でこれからお前さん達の担当は俺になったから、何かあったら俺に言ってくれ。受付達がお前さんを怖がってるんだ。あと、坊主は初対面だから名乗っておくが、俺はこのギルド支部のギルド長のテリーだ。覚えておいてくれ」
「テリーさん?」
「その姿で"さん"付けはやめてくれ。背中がむず痒くなる」
「じゃあ、テリー?」
「ああ、それでいい」
満足気に頷くテリー。そんな会話をしてる間に、興味がないと言わんばかりにメカニックは踵を返してギルドの出入り口へと歩き出していた。
慌てて追おうとしたクラフトだったが、最後にテリーが置き土産のようにクラフトに声を掛ける。
「坊主はまだ話が通じそうで安心したぞ。アイツは狂ってやがるからよ。まぁ、くれぐれも死ぬなよ?」
「う、うんっ!」
テリーが心配してくれてるのだと思って、元気よく頷いてメカニックの後を追うように駆けて行くクラフト。
しかし、その時のクラフトはテリーの言った言葉の本当の意味を知らずにいたのだったーー。
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